第110話 次元の扉 その3

 この修行は体を痛めつける系じゃなくて想像力を極める系。まさに私ににうってつけだよ!よし!やってやる!

 えぇと、光は闇、闇は光、光は闇、闇は光……うわあああ~っ!この意味の分からない言葉は私をいたずらに混乱させる。

 全くコツが掴めない私におじさんはヒントをくれた。


「イメージの力が世界の認識を変えていきます。まずは常識を捨ててください。あなたは常識を作る側なのです」


「うーん」


 つまり、まずは頭の中を空っぽにすればいいんだ。常識を捨てるってそう言う事だよね。そうすれば自分で新しい常識を作る事が出来る。

 でもあああっ!常識を捨てるって難しいよっ!どうしたって頭の中が空っぽにはならないっ!何をすればいいのか目的は分かってるのに、そこに行く道筋が全然見えないよおっ!


「自由に、ただひたすら自由に。心の扉を開放するのです」


「うーん」


 心の扉……。私の心の中にあるその扉を開放させれば自由になれるの?私は自分で自分を閉じ込めているの?分からない。私自身が分からない。

 私って一体何者なの?潜在意識のもっと向こう側に本当にその答えがあるの?辿り着ければそこに答えが用意されているって言うの?

 おじさんは更に私に向かって声をかけてくれる。そのアドバイスが私の心にゆっくりと染み込んでくる。きっとそれに従うだけでいいんだ。


「あなたの本質は光。その光に闇をまとわせるんです。大丈夫、あなたの中に最初からあるものですよ。思い出すだけでいいんです」


「うーんうーん……」


 結局今回は何かが掴めそうで掴めないまま終わった。こんなペースでいいのかな。時間はあんまりないって話なのに。

 でも何となく修行って感じはする。この道の先に何かがあって、きっとそれはいつか掴めるような気がするんだ、多分。どうにか制限時間内にその感覚を掴められたらいいな。


 一日が終わってお風呂から戻ってくると、別行動で修行していた使徒組が帰ってきていた。食事とかどうしていたのかと疑問は幾つかあったものの、具体的な事は何ひとつ聞けないまま、ただ私は目に飛び込んできた使徒達を見て呆然としてしまう。そうしたら私に気付いた龍炎が話しかけてきた。


「今日の修行はどうでしたか?」


「えっと、何か手応えみたいなのは掴めた気はするんだけど」


 私は素直に今回の成果について口にする。もうちょっと盛っても良かったんだけど、質問が唐突過ぎて気転が働かなかったのだ。そうしたらすぐに有己がツッコミを入れてきた。


「しっかりしてくれよ。この戦いはお前次第なんだからな!」


「わ、分かってるっての!」


 全く、腹ペコマンだってどれだけ今日一日でパワーアップしたんだっての。どうせ聞いても訳の分からない事言いそうだから聞かないけど。使徒組がお風呂に入っている間に私は勝手に布団を敷いて先に眠った。会話で余計な力を使いたくなかったからだ。そうしてその日はあっけなく過ぎていった。



 それからの修業の日々は同じパターンの繰り返しとなった。朝起きたらもう使徒はどこかに出かけていて、私は優子と一緒に朝食。朝食後は講義室でヘッドホンを付けての心の修行。昼食も優子と一緒。お昼からも朝の続き。夕食も優子と一緒。それからはお風呂。お風呂から出て修行報告を龍炎に話して使徒組がお風呂から戻る前に就寝。慣れてくるとそんなに悪くない感じ。

 使徒組も日を重ねる毎に少しずつたくましくなっている――ような気もする。実際はどうだか分からないけど。



 心の修行を始めて4日後、ようやくかなりの感覚を掴めてきた。私はヘッドホンを外すとその感覚の感想を口にする。


「あ、何か分かってきた!」


「やりましたね!第一段階終了です!」


 おじさんもその成果に喜んでくれている。折角なのでこの修行について突っ込んだ質問をしてみた。


「この力って闇神様のものですか?」


「それは光の性質ですね。闇の力をまとうのが次の段階です」


「そっか、次か」


 私は闇神様との付き合いの方が長かったので、てっきり最初に身につくのは闇神様の力だと思っていた。それもあって、そうでないと言う言葉に少しショックを受ける。ただ、次の段階でその力を使う事になるようなので、改めて気合を入れ直して次の修行に臨んだ。


 次の段階も修行方法自体は変わらない。ヘッドホンから流れる音楽とイメージする内容が変わっただけ。


「今度は闇をイメージしてください。今までの旅の経験でもいいです」


「うーん」


 おじさんの言葉を聞いてその通りにイメージを膨らませる。浮かぶイメージが正解かどうかは分からない。闇のイメージはよく分からなかったので必然的に今までの旅を振り返る事になった。短くも濃いイメージ、旅の様々なシーンが浮かんでは消えていく。

 でもこれって闇のイメージなのかなぁ?あんまり闇は感じないよ、あれれ?

 うまく行っていないのが客観的に見ても分かったのか、おじさんはイメージの指示を変えてきた。


「しおりさんは今までにも闇神様に体を貸していた事がありましたよね、その事をまず思い出してみてください」


「うーん……」


 今度は闇神様に体を貸していた時のイメージかぁ。これはこれで難しいぞ。だって自分の意思でそう出来ていた訳じゃないしね。言ってみれば私がもうダメだって現状を諦めた時に代わりに闇神様が表に出てきていたような気がする。

 これを自発的にするって事は自分で自分の体を明け渡すって事?む、難しいよーっ!


「もうコツは掴んでいます。落ち着いて。夢の中で語り合うイメージで」


「うーんうーん……」


 おじさんは励ましてくれるけれど、実行する側としてはハードルが高い。闇神様と語らう時も今まで一度も自分の意志で出来た事はなかった。いつだって闇神様から呼びかけられたから反応していた訳で。あ、もしかしてそうすれば良かったのかな。闇神様ー!私の声が聞こえますかーっ!


 ……この方法が正解だとしてもやっぱりすぐにうまくは行かなかった。ああ、先は長いなぁ。


 自分の中の闇神様に話しかける修行が始まったその日の夕食時、珍しく使徒組と合流した。私が夕食に舌鼓を打っていると食堂に彼らがドカドカと入ってきたのだ。


「うんまうんま」


「で、修行は順調か?」


 その日の夕食の天ぷらを食べていた時に突然有己に話しかけられ、焦った私はすぐにお茶を飲んで心を落ち着かせる。


「と、当然よ!」


「おお、流石ですね」


 虚勢を張ったにも関わらず、この言葉を素直に受け取った龍炎が私を褒めてくれた。私は何だか申し訳なくなって口数を減らす。相変わらず有己は失礼な事ばかり口にしたけれど、あんまり私の耳には残らなかった。むう、早く闇神様の力をモノにして胸を張って報告出来るようにならなくちゃだよ。



 その頃、天神院家では当主の聖光が渦巻く不穏な空を見上げて残り時間を予見していた。


「この様子だともう後数日と言うところでしょうか?」


「どうか覚醒が間に合います事を」


 陽炎もまた私達を心配してくれている。ハンター本部の準備も急ピッチで進んでいた。平和な日常の続く中で、その裏側では慌ただしくその日常を支える仕組みが整えられていく。多くの人は数日後に何が起こるのかを知らない。多くの人が知らない内に秘密裏に全ての出来事がうまく収まるのが理想だ。

 その理想のために使徒達もまたさらなるパワーアップを目指して修業を続けていた。

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