第111話 次元の扉 その4
山の上の岩場で意識を集中させていた有己がつい不安を口にする。
「俺達が限界を超えるのも……間に合うかどうかだな」
「有己、気を抜かないでください!」
「わーってる!」
使徒組の修行もまた時間との戦いだった。間に合わなければ弱い戦力で異界の神と対峙しなければならない。だからこそ3人もまた真剣に自分と向き合っていた。
私の闇神様との対話はそれから2日経ってようやく実現していた。心の中に闇をまとわせる感覚も同時に会得に成功する。光と闇の力を自発的に発現させる事が出来るようになって、私はより高次元の感覚を目覚めさせる事に成功していた。
「おおお……見事ですよ」
「何か……分かる。空間が悲鳴を上げてますね」
「きっともう時間があまりないのでしょう」
何だか不思議な感覚なんだけど、全てがはっきりクリアになるって言うのかな。テレビがハイビジョンに、そこから4K、8Kになったみたいな感じ。8Kは私もまだ見た事ないんだけど……。
それはそれとして、空の動きや目に見えない力の流れ、オーラみたいなのも分かるようになったような気がする。
これはちょっとすごいよ。私にこんな力があっただなんて……。
おじさんはニコニコ笑顔のまま、黙って私を見つめている。何も指示されないのでこっちから声をかけた。
「あの、私はこれから何をしたらいいんですか?」
「そうですね、まずはその状態の維持。それが出来るようになったら次元移動の力の取得ですね」
「次元移動……」
その聞き慣れない言葉を私は繰り返す。イメージを膨らませていると、おじさんがその技術の必要性を説明してくれた。
「異界神が現れる場所へ移動するために必要ですので」
「要するに瞬間移動ですね。もう出来そうな気がします。何となくですけど」
「では、試してみますか?」
おじさんにそう言われたので、私は改めて心を鎮めると移動したい場所をイメージする。心の中の宇宙と現実世界の宇宙をシンクロさせると、次の瞬間にはそのイメージが現実化していた。そう、私はいきなり初めての次元移動に成功していたのだ。
私が移動したかった場所、それは――。
「おわっ!」
「むふ、驚いた?」
「いきなり出てくんな!」
修行中に突然現れた私に有己が焦って大声を上げる。そう、使徒達の修業の場に現れたのだ。だってほら、3人がどんな修行をしているのか知りたかったしね。
私の出現に腹ペコマンは無茶苦茶驚いていたけど、他の使徒は冷静に事態を捉えている。うーん、流石。
「その様子だと、習得したのですね」
「うん。出来るかなと思ったら出来てた」
龍炎に修行の成果の報告をして、私はすぐに施設に戻った。まだ使徒達の修行は完成していなさそうだったし、邪魔したら悪いからね。それに私の修行だってここで終わりじゃない。最後の時が来るまでに完璧に仕上げてしまわないと。
次元移動まで習得した私は、指導してくれるおじさんに次の修行の内容を質問する。
「後は最終段階ですね」
「えっと、それって?」
「光と闇の融合です。根元に戻る……。天と地と人。三位一体……」
おじさんの言っている事はよく分からないけど、つまり光の意識と闇神様の力を同時に発現させるって事だよね。むむむっ、そんな事出来るのかな?
私が難しい顔をしたものだから、おじさんは心配そうな顔で覗き込んできた。
「出来そうですか?」
「出来ないと負けちゃうんですよね?じゃあやるしかないです!」
「おお、頼もしい」
「まーかして!」
私は難しいリクエストを安請け合いしてそのまま最終修業に入った。傍から見たら音楽を聴きながら横になっているようにしか見えないと思うけど、実際その通りでもあるんだけど、しっかり目的と時間制限があるんだから気楽じゃあないんだよ!それにイメージが掴みにくいんだよ!
ああ、これは長丁場になるなぁ。今日の内にどうにかコツだけでも掴みたい……。
その頃、パワースポットで修行中の使徒達は、険しくなる空を見上げていた。額の汗を拭いながら龍炎がポツリとこぼす。
「いよいよいつ始まってもおかしくないですね」
「さぁて、我らが救世主様は目覚めてくれたかな?」
同じ空を見上げながら芳樹も皮肉っぽく言葉を続ける。使徒達の修行も最終段階を迎え、それぞれが究極奥義を完成させようとしていた。そうして私と使徒達との修行の総仕上げは、出発ギリギリのその時まで続いていく。
緊張感の高まる中、出雲支部の雰囲気もピリピリしたものとなっていった。
「しおり……」
優子が私を心配してくれている。だーいじょうぶだって。私の中には偉大な神様が宿ってるんだから。負けるなんてありえないよ。と、そう言って安心させてあげたかった。
けれど、最終段階の課題の難度の高さに私は偉そうな事は全然言えない。正反対の属性の力を同時に出現させるんだよ……本当にそんな事が出来るのかな……。光の意識や闇神様の力をある程度引き出せるようになったのもまだつい最近なのに。
ああ、もっと早くに力を目覚めさせられていたならなぁ……。
こっちの世界を攻め滅ぼす異界神が現れるタイムリミットはもうそこまで来ている。相手より先に現場に着かなければ計画は失敗してしまう。そう言う事情もあって、私達はその時よりも早目に出発しなければならない。
例え準備が不完全であったとしても遅れる事だけは絶対に許されないのだ。
こうして私の修行が完成を見ないまま、見切り発車で私達は出発する事になった。私が決戦の専用の格好いい和服アレンジの服に着替えたところで、有己が珍しく緊張した顔で私に話しかけてきた。
「で、どうだったんだ?」
「え?……で、出来たに決まってんじゃないの!」
当然私は強がりを口にする。本当は全然うまくは行ってないんだけど。この私の言葉を聞いた芳樹が厳しい顔で忠告した。
「まだ人の意識が残ってる。それを成功とは言わない」
「う……ごめんなさい」
流石使徒最強、始まりの使徒様の目は誤魔化せない。あっさりと私の状況を読み切っていた。うう、敵わないな。
私が意気消沈していると、名サポーターの龍炎がニコニコと癒やしの笑みを浮かべながら優しく声をかけてくれた。
「ここまで出来ただけでも上出来ですよ。私達もサポートしますから!」
「ま、お前が完璧すぎたら俺達の出番もないからな」
龍炎に続いて有己までもが殊勝な言葉を私にかけてくる。うわ、何だかちょっと気持ち悪いぞ。出来れば彼とはずっと憎まれ口を叩いて叩かれる関係でありたかった。
でも、もうそう言う訳にも行かないんだろう。今度の敵は軽口を言い合って何とか出来るレベルじゃないし。
そう考えると周りのサポートがすごく有り難く感じて、私は思わず胸が一杯になっていた。
「み、みんな……」
出雲支部の玄関前では、今までずっと私を導いてくれたおじさんが改めて私達を激励する。
「取り敢えずやれる事はみんなやりました。後は出たとこ勝負です!」
「しおり!頑張って」
「うん。有難う。行ってくるね」
わずか数週間の間だったけれど、支部の皆さんも私達に暖かく接してくれた。美味しいご飯に暖かいお風呂、お布団もホカホカでいい匂いで優しかった。
こんないい人達を悲しい目に遭わせる事なんて出来ない。私達で絶対最悪の事態だけはどうにか阻止しないと!
私が気合を入れ直していると、芳樹が声をかけてきた。
「じゃあ、頼む」
「うん」
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