第93話 光の代行者の住む島 その4

「私なら大丈夫だよっ!無理なくじっくり登ってるし!」


 何だか有己の言い訳に体よく私の事を使われた気がしたので、目一杯強がって平気アピールをしてやった。すると彼は少しも怯む事なくその話の流れを踏襲して私を気遣ってくれた。


「足が動かなくなったらいつでも言うんだぞ、おぶってやっから」


「あ、ありがと……」


 いつもはそこまで素直に語る事がないため、私は少し戸惑いながらお礼を言う。こいつ、前からこんな性格だったかなぁ?ちょっと調子が狂っちゃうぞ。

 その後も特にトラブルはなく、約500段ごとにある休憩スペースに無事に私達は到着する。


「ふう~。休憩~」


「ここで約半分ですね」


「本当、長いね~」


 私は疲れからその場に座り込んだ。石段を1000段も登ったんだ。流れる汗を手で拭いながらこの場所からの絶景を眺める。まだ半分だけど結構な達成感。両腕を上げての深呼吸も気持ちいい。深呼吸からの流れで腕をぐるぐると回していると、それを見た有己から残りの階段に挑むためのアドバイスをされた。


「しっかりストレッチしとけよ。人間はヤワだからな」


「私を人間の代表みたいに言わないでよ。私はか弱い女の子なんですからね」


 アドバイス自体は嬉しかったんだけど、その言い方に少しカチンと来るものがあったので彼に修正を求める。するとすぐに龍炎も言葉を続けた。


「そうですよ。鍛えた男性ならきっとホイホイと登ってしまえる事でしょう」


「私もピンピンしておりますからな」


 龍炎の言葉に陽炎が同意する。このやり取りで場は軽い笑いに包まれた。汗も引いて落ち着いた私はよいしょっと立ち上がり、早速アドバイスド通りに軽く全身のストレッチをする。凝りがほぐれると何だか身体が軽くなってような気がした。ストレッチって、結構効果あるね。


「じゃ、残り半分、いきますか」


 みんな十分休憩出来たと言う事で、龍炎の声がけによる長い長い石段登りがまた再開される。登り始めてすぐに有己が私の顔を覗き込んできた。


「どうだ?疲れてきたんじゃないか?」


「まだ平気。逆に何だか元気が出てきたよ?」


「へええ、やるじゃねぇか」


 私のやる気のある姿を見て彼は感心する。

 でもこれは強がりとかじゃないんだ。本当に言葉の通り、体の奥底から元気が湧いてくる。まるで不思議な力が背中を押してくれているみたいで、まだ最初の500段の方がきつく感じたくらいだよ。

 普通なら今の方が体力的にもきついはずなのに不思議。これって何か理由があったりするのかも。


 そうして登っていると、周りに漂う気配に何かを感じたのか龍炎が不思議な事を口走る。


「空気が澄んできましたね。流石は神域です」


「おや?分かりますか」


 前をいく陽炎がこの言葉に嬉しそうに反応する。きっと自分の信じたものが認められて嬉しいんだろうな。

 龍炎もまたそう感じた理由を嬉しそうに話している彼に気持ちよく返した。


「属性は違えど、私も神に仕える身、ですから」


 そんなやり取りを聞いていた私は天神院家そのものに興味を抱いて、そのまま思いついた事を何気なく口にする。


「天神院家って昔からこの島にあったんですか?」


「一族の由来は……。最初はこの島ではなかったようですな」


 その何か奥歯のものが詰まったような言い方を聞いた私は、あんまり刺激させないようにやんわりとした表現で質問を続けた。


「じゃあ何か理由があってこの島に?」


「そう言う事になりますなぁ」


 私の質問に陽炎ははっきりした事は言わず、分かっている事を言葉を選んで回答する。向こう側から話さない以上、聞きたい事はこちら側から積極的に口にするしかない。

 と、言う事で私も探り探り会話を続ける。


「この島に行き着いた何か謂れは伝わっているんですか?」


「それは我が一族が光を委ねられてからだと聞いております」


「何だか神話めいた話だね……」


 神様からお役目を授かるなんて言う話、スケールが大き過ぎて私には全く見当もつかないよ。ここからどう話を転がしていこうかと頭を悩ませていると今度は龍炎から陽炎に質問が飛ぶ。おお、ナイスタイミング!


「もしかして日の神のご引退と我が主の封印には何か関係が?」


「それは当主から直接お聞きくだされ。神界の秘密は我々が口にする事は出来ないのです」


 彼の質問はどうやら天神院家のタブーに繋がるっぽい。この返事にずっと横で聞いていた有己が睨みながらツッコミを入れる。


「秘密主義め」


「そもそも知らないのですよ。知ってはならぬとの事で」


 この言葉が正しいのならば、真実は限られた一部の人しか知らないと言う事になる。ハンターの真実を芳樹しか知らなかったみたいに。だからこそこの陽炎の話にも妙な説得力があった。知らないなら語れなくても仕方がないよね。

 と、私がひとり納得してうなずいていると、龍炎から更に突っ込んだ質問が飛びだした。


「長い歴史の中でそのタブーに触れようとした者は?」


「いえ、いませんな」


 この質問にも陽炎は即答で返す。きっと自信があるのだろう。その態度は天神院家の歴史なら全て知っていると言わんばかりだ。やり取りを聞いていた有己はこの返事を面白くなさそうに聞いていた。


「ち、つまんねー奴らだな」


「私達側が主に逆らわないのと同じじゃないですか」


「お前こいつらの肩を持つのかよ!」


 龍炎が陽炎の話を自分達に例えたところで、それを聞いた有己は何故か逆ギレする。もう、こんな時に何で喧嘩腰になっちゃうのよっ!

 神聖な神域でひとり勝手に場の雰囲気を悪くする彼に対して、石段を登り始めた頃から今までずーっと黙っていた芳樹の感情がここで爆発する。


「そう言う話じゃないだろうが!」


「う……」


 怒鳴られた彼はここで口をつぐんだ。それから特に会話らしい会話のないまま1500段目に到達する。ここまで辿り着けた事に嬉しくなった私は、両手を上げてその記念すべき1500段目に足を踏み入れた。


「1500段到達ーっ!」


「やりましたね!後もうちょっとですよ!」


 この偉業を龍炎も喜んでくれた。うんうん、すごく嬉しい。嬉しいついでに私は今の心境を口にする。


「不思議なんだよ。登れば登るほど身体が軽くなってくるみたい」


「それはきっとあなたが神を宿しているからでしょう。本殿に近付けばもっと身体も楽になりますぞ」


 私の疑問の答えを陽炎が教えてくれた。どうやら身体が軽いのは私の中の闇神様が反応しているかららしい。言われただけなら納得も難しいけど、実際に身体が軽く感じるからきっとその言葉は真実なんだろう。と言う訳で私は素直にうなずいた。


「へええ~。そんなものなんだ」


「流石聖地は違いますね」


 龍炎もニッコリ笑いながら同意してくれた。身体が楽になったのもあって1500段目の休憩はすぐに終わる。何だか早く一番上まで駆け上がりたくてウズウズしてきていたんだ。ここでゆっくり休んでなんていられないよ!


「さあ、ラストスパート、頑張るぞい!」


 私が率先して動いたのでみんなもそれに合わせて動いてくれた。やっぱりみんな体力に余裕があるんだなぁ。足取り軽く石段を登りながら、私はこの島についての感想を口にする。


「ここって本当に俗世から離れた別の世界みたい」


「ある意味、それは正解かも知れませんね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る