第85話 最後の旅立ち その4
時間になって新幹線が動き出したところで、早速私は質問を再開した。
「3人の共通の知り合いって事はやっぱり使徒なの?」
「ええ」
この質問には龍炎が答えてくれた。隣りに座った有己はまだそれが誰なのか見当がついていないらしい。そんな彼を無視する形で私は話を続ける。
「え?でも使徒って……」
「ハンターに囚われた使徒は開放されてまた全国に散りましたよ」
「ああ、そうなんだ」
私は闇神様に意識を乗っ取られている間の記憶がない。だから使徒が今そうなっている事をここで初めて知った。ハンターに封印されていた使徒が開放されたのは何となく把握はしていたんだけどね。それにしてもいま使徒が全国に散らばったのって何か意味があるのだろうか?
私がそう思っていると、その疑問が伝わったみたいに有己が意味ありげな事を芳樹に訴える。
「使徒が開放されたのは戦いが近いからなんだろ?大丈夫なのか?」
「龍樹がそう判断したんだ、勝利の確約は出来なくても健闘はしてくれるだろ」
この物騒な発言を私はすぐに受け入れないでいた。すぐに詳しい話が聞きたくなった私はみんなに話を振る。
「え?戦いって何?これからまた何か争いが起こるって言うの?」
「今はまだ何とも言えません。きっと聖光に会えば全てが分かるはずです」
私の疑問にはまた龍炎が答えてくれた。ちょっとはぐらかされたような感じだったけど。これはつまり使徒達もまだはっきりした事が分からないまま動いているって言う事?それとも真相は全て分かってはいるけど今は話せないって事?
隠し事をされるのは好きじゃないけど、これが重大な話なのだとしたら流石に公の場でもある新幹線の車内じゃ話せないのかも。私はそう好意的に解釈して、この話をするのはここで止めた。
とは言っても東京から岡山までは遠い。新幹線で行っても結構な時間がかかる。会話が途切れると暇で仕方がなくなる訳で。時間を持て余した私はまたつぶやくように会話を始めた。
「にしても岡山かぁ~。遠いね」
「何、寝てればすぐだろ」
また有己はこの道中でも寝て過ごそうとしているようだった。確かに寝ていればあっと言う間に時間は過ぎていく訳で、しかも体力も温存出来る、いい方法かも知れない。ただひとつのリスクを除けば。
私はそれを得意顔の彼にわざとらしく指摘する。
「有己、寝過ごさないようにね」
「バーロ、そんなヘマするかよ」
「どうだかね~」
そんなやり取りをしてた数分後にはもう有己はぐっすりと眠っていた。早い、早過ぎる。ま、寝付きがいいのはいい事だよね、うん。
新幹線はその後も何事もなく線路をゆうゆうと速度を出して走っていく。折角窓側の席を用意してもらったのだしと、私は流れる景色をぼうっと眺めていた。
「まだ静岡か~」
「富士山、立派でしたね」
「うん。私富士山を生で見たの初めてかも」
「それは良かったですね」
有己が寝てしまったので、私の話し相手は龍炎が全て引き受けるかたちになった。彼はどんな話も柔軟に聞いてくれるので嬉しい。聞き上手でもあるのでついつい色んな話をしてしまうんだよね。と、言う訳で会話は結構いい感じで弾んでいた。
「富士山の麓には有名な遊園地があるんだよ。行きたかったなぁ」
「この旅が終わったら行ってみましょうか」
「うん、行こう!他にも大阪にあるテーマパークにも行きたいし、後は……」
やっぱり遊びの話はいいな。心が明るくなる。行きたいところはいっぱいあるよ。こんな話をすると、有己だったら何だかんだ言って文句を垂れまくりそうだけど、龍炎はちゃんと話に乗ってくれて私を決して不快にはさせない。ガサツで自己中な今眠りこけている彼にも見習って欲しいよ。
こうして私の欲望たっぷりの妄想トークを龍炎はニッコリ笑って受け入れて話を進めてくれた。
「じゃあ、行きたい所を全部周りましょうか。しおりさんは我が主が大変お世話になっていますから」
「その時はこの4人で行こうね!」
「はい、楽しい時間を一緒に過ごしましょうね」
本当にみんなで遊園地に行けたら楽しいだろうな。早くそんな平和な感じになって欲しいよ。この先に待ち構えているのもまた戦いらしいけど、それらが全て終わったら平和で落ち着いた何事も起こらないのんきな日々が戻ってきますように。私もいい加減家に帰りたいし……。
そうして、言いたい事を全て言い切った私はいつの間にかまぶたを閉じてしまっていた。
「むにゃむにゃ……」
「可愛い寝顔ですね」
龍炎は私の寝顔を見ながらそうつぶやいた。4人中2人が眠ってしまったので、彼の言葉は必然的にもうひとりの同席している使徒に向けたものになる。
けれどその相手は言葉を返さずに真剣な顔をしてただ黙りこくっていた。
「芳樹?」
「ああ、悪い。何だ?」
「いえ、何か浮かない顔をしていたので」
普段と様子の違う芳樹を龍炎は気遣った。無言の理由を聞かれた彼はゆっくりとその思いを口にする。
「もし最後まで我が主が開放出来なかったら……」
「しおりさんは私が必ず守りきります!」
「そっか、頼む」
芳樹はそう言うと口をつぐんだ。その重い雰囲気に覚悟を感じた龍炎は、彼を慰めるように言葉をかける。
「芳樹らしくないですよ。折角この時の為に……」
「ああ、そうだな……」
「まだ時間はあるんです。私達も少し休みましょう」
そうして結局4人全員がまぶたを閉じた。新幹線は順調に時刻表通りの予定を消化していく。名古屋を過ぎて、京都を過ぎて、大阪へと向かって。この先に何が待ち受けているのか、それはまだ何も分からない。眠りの奥深くに沈んでいった私も、この新幹線内では結局闇神様には会えずじまいだった。
この旅の果てにあるものがどうか穏やかなものでありますように。天神院家の当主の人が優しいものでありますように。全て終わった後にみんなで遊園地ではしゃげますように。
私達を乗せた新幹線は西へ西へと進んでいく。嵐の前の静けさのように余りにも順調に事は運んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます