第72話 現れる未完成生物 その4

 芳樹も鬼島もどこか達観していて余裕を持って状況を分析している。クアルがすぐに攻撃を起こそうとしていなからこそのその態度なのだろうか?見上げるだけの私にその真意は分からない。

 ただひとつ確実な事は、この場にいる最強戦力を持ってしても、空中に浮かぶあの巨大生物の脅威を取り除く事は出来ないと言う事だった。


「ちょ、これってもしかして絶体絶命ってやつ?」


「いざとなれば私が守ります!」


「龍炎さん……」


 龍炎さんの気持ちは痛いほど伝わるけど……。もしクアルが本気で私に向かって攻めてきたらどうなるんだろうな。さっきまでの戦闘の様子を見た限りじゃ、怖い想像しか出来ないよ。どうにか突破口が見つかるといいんだけど……。


 そうして、この危機的状況を前に流石の龍樹も腕を組んで悩み始めた。


「さてと、困りましたね。ラボがここまでのものを仕上げてくるとは……」


「龍樹、お前、こいつについてどこまで知ってるんだ」


 空中に浮かんだ有己が大声で叫ぶ。ハンターのリーダーはその声に顔を上げるとまるで一般会話のように緊張感のない声で返事を返す。


「私が知っている事は全部話しましたよ」


「本当か?」


「今更偽る理由がありません」


 ニコニコと笑う龍樹の顔を見た有己はすっかり毒気を抜かれ、調子を狂わせているみたいだった。しばらくの沈黙の後、表情を戻した彼は言葉を続ける。


「じゃあ、アイツはどうやったら倒せる?」


「そーうですねぇ……」


 この質問には流石に即答は出来なかったようでまた龍樹は悩み始めた。沈黙が続き、すぐに答えが返ってこなかった為、有己のイライラメーターは徐々にスピードを上げて上昇していく。


「テメ、黙ってんじゃねぇ!一刻を争うんだぞ!」


「ここは芳樹君の出番でしょう。彼の力の操作はレベルが違います」


 龍樹に急に話を振られ、名指しされた芳樹は流石に困惑する。


「いや、闇網が破られた今、アレ以上は……」


 何だかその言葉に棘のようなものを感じた有己は突然キレた。


「何だよ、破った俺が悪いって言うのか!」


「そうは言ってないぞ、別に」


 その実りのない言い争いの最中、これまでずっと動きのなかったクアルが突然動き出す。


「ギョワウワウワアァァァー!」


「結局言葉は忘れてしまったようですね」


 この鬼島の分析に、ずっと奴を観察していた芳樹が自説を展開する。


「アイツは最初から喋っちゃいない。通信で外部からの声をそのまま伝えていただけだ。多分その機構が壊れたんだろうな」


 芳樹説を聞いた有己はそこからひとつの結論を導き出した。


「と、言う事は……攻撃が全く効かない訳じゃないって事だよな……」


「どうでしょう?見たところそんなにダメージが残っているようには……」


 鬼島はすぐに彼の言葉をやんわりと否定した。その言葉を聞いた有己は気を悪くする。一度雄叫びを上げたクアルは今度こそゆっくりと動き始めた。

 ターゲットは闇神様、つまりそれを宿した私だ。今度こそ本当にヤバイヨヤバイヨー!


 この危機的状況を前に自分の力では大して効果がないと自覚した有己は、一縷の可能性をかけて必死に懇願する。


「芳樹!何でもあいいからアイツを止めてくれ!」


「仕方ないな。今度は邪魔するなよ!」


 必死に頼まれてその気になった彼が力を振るおうとしたその時、バケモノはまたしてもバケモノらしい雄叫びを上げた。


「キシュイゲラギャグォォォォー!」


「こいつの叫び声、法則性とかないのかよ……さっきからみんな叫ぶ度にパターンバラバラじゃねーか」


 芳樹がその叫び声パターンに少し呆れていると、クアルはついに本格的に動き出す。刹那、その大きな体からは想像出来ない程の俊敏さでまっすぐ私に向かって飛び込んできた。そのあまりに速い動きに私は当然のようにパニックになる。


「うわーっ!きたーっ!」


「闇網3連装!」


 芳樹の術でクアルの動きが止まったのは、しゃがみこんだ私の頭上1m地点。その迫力に私は腰を抜かす。最接近していたバケモノはその後、芳樹の力でまた空中に引き戻された。

 ある程度の距離が開いたところで、やっと私は落ち着いて平常心を取り戻す。


「間一髪でしたね」


「ふぅ、寿命が縮んだよ」


 龍炎も対応出来ない程の速さで向かってきたこのバケモノは、芳樹の封印の中でまたさっきのように少しずつ闇を侵食している。多分この封印もそんなに長くは待たないんだろう。今は取り敢えず応急処置的に危機は脱したけど、これもただの時間稼ぎだよね。

 この貴重な時間の間にアイツを倒す方法を何とかして見つけ出さないと……。


 でもそんな方法って本当にあるの?私は絶体絶命の見えない糸に絡まった自分を想像して身を震わすばかりだった。

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