第57話 反撃 後編
芳樹の言葉に有己は憎まれ口を叩いた。ここまでの会話を黙って聞いていた私の中に疑問が不意に浮かび上がる。そこで会話が途切れた瞬間を見計らって私はそれを口にした。
「でも待って。それじゃあ仲間がやられてるのにずっと見て見ぬ振りをして来たの?」
「弱いやつは倒されて当然。世の理だろう?」
私の質問に対する芳樹の答えは情も感じられない非情なものだった。当然のように有己がそれに反発する。
「てめっ!」
彼に胸ぐらをつかまれた芳樹はそれでも一向に態度を変える事なく、怒りに震える有己の顔をまっすぐ見ながら淡々と自身がそう言う態度を取る理由を口にする。
「それに使徒はそのまま消滅した訳じゃない。そもそもハンターに使徒を倒す事なんて出来ない」
「どう言う事?」
芳樹の言葉の意味がすぐには理解出来なかった私は彼にその理由を訪ねた。芳樹は有己の腕を払いのけると服の乱れを整えて、それからハンターに倒された使徒に対して知られていなかった事実を口にする。
「我が主と同じ事さ。使徒はハンターに封印されているだけだ。何も問題はない」
「そう言う事でしたか」
彼の口から語られた言葉を聞いた龍炎がぼそりと納得したように口を開く。そこで有己が芳樹に改めて質問する。
「つまりはみんな助け出せると?」
「当然」
「よっしゃあ!やる気が出て来たあ!」
倒された使徒を助け出す事が出来ると分かった瞬間の有己の喜びようったらなかった。私が彼と出会ってからで一番喜びを顔に出している気がする。
そりゃあもう倒されて会えなくなったと思っていた仲間とまた再会出来るかも知れないってなったら嬉しいに決まっているよね。
そんな有頂天になっている有己の様子を目にした芳樹はまたしても彼に対して皮肉を口にする。
「これ位の事にも気付けないとか、よく使徒やってるなお前」
「何だとてめー!表出ろコラ!」
その一言でまた場の雰囲気が険悪になる。全く、何でこうなるんだか……。私はため息をひとつ吐き出すとすぐにこの喧嘩を止めようと両手を広げて2人に対して声をかけた。
「ちょ、落ち着いて2人共!」
私の説得で仲の悪い2人が物理的に殴り合う事はどうにか避けられたものの、有己の機嫌は悪いままだった。それに対して喧嘩をふっかけた方の芳樹はと言えば、全く悪びれもせずにまたすぐにでも挑発をしかねない雰囲気のまま。2人の実力差から言って芳樹が有己をからかっていると言うのが実情なのだろう。
そんな2人のやり取りをあまり気にする事なく、と言うかほぼ無視しながら龍炎は淡々とハンター本部襲撃計画のプランをノートPCのキーボードをカタカタと叩きながら構築していく。2人のやり取りを気にしないのは彼らが本気でやりあう事はないと知っているからなのだろうか。
もしかしてこの状況にハラハラしているのは私だけなのかな……。私は使徒同士の繋がりを全然知らないから仕方ないよね。
ある程度計画のすり合わせが出来た所で、おもむろに龍炎が私達を前に完成したプランを提示する。
「ではこの計画と私達のプランを合わせてこれでどうでしょう?」
そうして見せられたノートPCの画面を全員が興味深そうに眺め、それぞれがその感想を口にする。
「ほう、いい感じだな」
「じゃあ、決行は明日で」
「よし!反撃開始だ!」
龍炎の立てた計画に対し、芳樹はうなずき、有己は興奮しながら同意する。同じ計画を目にした私は正直言ってタイムスケジュールを確認出来たくらいで具体的な計画の完成度がどれくらいのものかまるで見当が付かない。
ただ、使徒達がそれぞれ文句ひとつ言わずに受け入れているのだからそれは素晴らしい計画なのだろうと自分を納得させた。
こうして話し合いは終わったと言う事で、緊張感から解き放たれた私は自分の要求を口にする。
「取り敢えず私はお風呂に入りたい」
「いいぜ。でもその前に夕食だ。良いものを沢山食べさせてやるぞ」
気がつけばもうとっくに日は落ちていて、そのまま夕食を取る流れになった。食事は別の部屋でと言う事で指示された部屋に向かうと、既に食事はしっかりと用意されており、私達はセレブ御用達の高級な食事をお腹いっぱいに堪能する。まさか旅の最後にこんな豪華な体験が出来ると思っていなかった私は、これが夢ならばずっと覚めないで欲しいと本気で願っていた。
食事の後は何の縛りもない自由時間。私はまず希望通り入浴を楽しむ。ゴージャズな部屋にはゴージャスな浴室があり、今までで一番贅沢なバスタイムを楽しむ事が出来た。
それから用意されていたバスローブを羽織ってみたりしてセレブ気分を味わうと、久しぶりにテレビを見たり、両親に電話をしたりと充実した時間を過ごした。
楽しみにしていたテレビ番組を久しぶりに楽しむと、今までの旅の日々と言う非日常の世界から日常の世界に戻って来たみたいで、それまでの当たり前だった事がとても輝いて感じられる。
もうすぐ全てが終わる。追われる日々が終わると考えると、高級なベッドで横になっても中々興奮で寝付けないのだった。
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