第53話 最後の使徒 中編

「あいつ、壊れちゃった?」


「元々戦闘狂ですからね、あの人は……」


 戦闘マシーンと化した有己を龍炎はそう表現する。その呆れた戦闘スタイルを私はただ呆然と見守る事しか出来なかった。


「そ、そうなんだ」


「カール、お前の敵は絶対取ってやるからな……」


 怪獣に超高速で迫った彼は隙を見て闇の剣を振りかぶる。眷属を倒された怨念すらこもったその気迫はさすが闇の使徒と言ったところだ。

 しかし、そのタイミングを見計らっていたのは怪獣の方も一緒だった。有己が剣を振り下ろそうとしたその一瞬の隙をまたしても怪獣は見逃さなかった。


「ギョワラァァァァァ!」


 怪獣の雄叫びに危険を察知した龍炎がすぐに私に向かって声を上げる。


「危ないっ!隠れてっ!」


「行くぞおおおっっっ!」


 冷静さを失った有己は怪獣目がけて闇の剣を勢い良く振り下ろす。闇の気が剣の長さを2倍にも3倍にもさせていた。これなら怪獣を一刀両断にも出来る――はずだった。


「ゴワッ!」


 しかし、その剣先が怪獣の皮膚を切り裂く前にその口から吐かれた破壊エネルギーが彼を襲うスピードの方が早かった。

 怪獣はエネルギーを吐き出し続けながらその顔の向きを浜辺にいる私達の方角に向けてくる。このエネルギーが直撃したら一体どうなるんだろう?そんな事を考える余裕すら怪獣は与えてくれなかった。


「うおっ!」


 さっきその攻撃を受けた有己は為す術もなくまた海に落下していく。私はパニックになって、ただしゃがみ込みながら大声で叫ぶ事しか出来なかった。


「キャアアアッ!」


 怪獣の吐く破壊エネルギーがゆっくりと私のいる方向へと向けられる。私はもう諦めて死を覚悟した。強烈なエネルギーが視界を全て強い光に変えていく。

 次の瞬間、パニックと恐怖で私の記憶は飛んだ。


「全く……みんな無鉄砲だなぁ」


 気が付くと私達は謎のフィールドによって守られていた。聞きなれない声と一緒に。恐る恐るまぶたを上げると、そこにはいつの間にか見慣れない少年が立っていた。この突然の状況に私は呆気にとられてしまう。


「こ、子供?」


「やはり……来ると思いましたよ」


「え?それじゃあ……」


 その龍炎の安堵したような声に、私は彼こそが今までずっと探していた人物なのだと察した。予想と全然違うその姿に何て話しかけていいのか戸惑っていると、少年は強い口調で龍炎に命令する。


「自己紹介は後だ、龍炎、ちょっと力を貸せ」


「了解です」


 龍炎は右手を少年の肩に置いて何やら精神を集中させている。多分、彼に力を分け与えているのだろう。10秒程その状態が続いて、その間、ただ静かにまぶたを閉じていた少年はカッと目を見開いた。


 十分な力を得たらしい少年は空に浮遊する怪獣に向かってゆっくりと右手をかざす。


「漆黒……無限回廊」


「ウゴォォォォゥ……」


 少年がそう叫ぶと怪獣の周りの空間に闇の力が充満し始める。そうしてすぐに怪獣の周りだけがまるで異世界のように変化する。この少年の攻撃に怪獣は戸惑い、そして苦しみ始めた。

 どうやらその空間は怪獣にとってかなり居心地の悪いものらしい。まるで水から出された魚のように、あるいは首を絞められた動物のように怪獣は急激にもがき始める。


「境界輪廻!」


 少年はそう叫ぶと開いてかざしていた手を思い切り握る。次の瞬間、怪獣を包んでいた空間は空間ごとバチンと弾け飛ぶ。その後には怪獣も空間も存在していなかった。余りに呆気なく怪獣を倒したその手腕に私は簡単な感嘆の言葉を漏らす事しか出来なかった。


「すごい……」



 この結果は遠く離れたラボにもリアルタイムで伝わっていた。


「実験体27号……消失!原因は分かりません!」


「なん……だと?」


 ラボスタッフの報告を受けたカーセル博士はその有り得ない結果に愕然とする。何故なら事前のシミュレーションではどんなパターンを想定しても実験体が消失すると言う結果にはならなかったからだ。

 計算外の出来事が起こり、カーセル博士は何も考えられなくなっていた。


 力なく椅子に腰を落としたカーセル博士にスタッフから続報を告げられる。


「情報来ました!現場にまた新たな特異点が現れた形跡があります」


「この期に及んで、か……」


 この計算外の出来事が計算外の事態によってもたらされたと分かったカーセル博士は力なく言葉を漏らす。

 しかしそれによって結果的にラボの危機は去ったと言う事で、ニール博士はカーセル博士に慰めの声をかけるのだった。


「今回ばかりはターゲットに助けられたな」


「まぁいい……。次はこれらのデータを踏まえて必ず実験を成功させるぞ!」


 こうして実験体27号を使った実験は思わぬハプニングにより予想外の終わりを告げる。研究に関わった博士達はまた考えをリセットしてこの実験で得たデータを元に新たな研究へと突き進む事だろう。

 転んでもただでは起きない2人の博士は今度こそ使徒を倒し、闇神様のデータを取ろうと再度しおり達の前に現れるに違いない。

 次に彼らが動くのがいつになるのか、それはまだ誰にも分からないのだった。



 騒動も無事収まって、早速龍炎は私にこの件の一番の功労者の紹介をしてくれた。


「紹介します。彼こそが探していた最後の使徒……遠藤芳樹です」


 見つかる時はあっさり見つかるもので、この突然の最後の使徒の出現に私はどう対処していいのか心の整理の出来ないまま、取り敢えず目の前の見た目小学5年生くらいの少年使徒に挨拶をする。


「あ……どうも」


「芳樹、彼女が野中しおり、闇神様の器に選ばれた少女です」


「よろしくな」


「あ、はい」


 彼の方から友好的に手を差し出して来たので、私も反射的に手を差し出し、そのまま握手をする。その小さな手は柔らか暖かく、まるで本物の小学生のように感じられた。


「驚きましたか、彼の外見に」


 龍炎はニコニコと笑いながら私に話しかける。その感情の読めない笑顔の圧に押し潰されそうになりながら私は何とか返事を返した。


「ま、まあ……」


「この姿だと怪しまれないからな」


「でしょうね」


 芳樹は少年の姿である理由をそう説明する。実際、有己だっていつもは怪しまれないように私と同世代の見た目になっていたし、使徒って簡単に見た目を変えられるんだろうな。

 龍炎だってきっとあの姿は世を忍ぶ仮の姿で、本来は闇の使徒に相応しい本来の姿があるのだろう。見たいような、見たくないような……。


 挨拶を済ませた彼はくるりと身体の向きを変えると、海に沈んでいるもうひとりの仲間に向かって怒号を飛ばす。


「おい、有己!いつまで寝てるんだ!」


「うっせー!お前こそどうして今まで顔を出さなかった!」


 芳樹の一言で有己もまるでスイッチを入れたみたいに素早く復活する。さっきの怪獣の一撃をまともに受けて丸焦げになったはずなのに、海面から姿を現した彼はすっかりリセットされたみたいに元の姿に戻っていた。

 きっとこれも使徒の姿を変える能力を使ったものなのだろう。服や体の汚れが一瞬で綺麗になるなんて、何て羨ましいんだ……。


「こっちはこっちでやるべき事があったんだよ!バーカバーカ」

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