第26話 ラボの暗躍 その4

 けれどナイフ自体は破壊されていなかったのですぐにまたナイフは敵を付け狙う。今度は全ナイフ命中して有己はドヤ顔で宣言する。


「どうだ?」


 数本のナイフが同時に体に刺さって流石にこの敵も動きが鈍くなっていた。しかし目に見える変化はそのくらいで、相変わらず機械のようにこいつは同じリアクションを繰り返している。

 敵のこの不気味なほどに痛みを感じないリアクションに、やがて私達は底知れない恐怖を感じ始めた。


「素晴らしい!数値が上がり始めた!まだ行けるぞ!」


 その頃、ラボでは実験体から送られて来るデータに博士達は一喜一憂していた。恐怖を感じるとそれがストレスになって数値に反映されるのだろう。

 彼らははもっと強い刺激を求め、実験体に指令を送り続ける。


「そらそらそらァ!」


 単調な攻撃しか出来ないと看破した有己はただひたすら敵に闇のナイフを刺し続けた。傍から見たらそれは一方的ななぶり殺しにしか見えなかった。

 見た目はかなりキモいこの敵だけど、ここまで一方的に攻撃を受け続けていると多少の情も湧いてくる。


「待って!」


 私は有己の前に立ちはだかって攻撃を止めさせた。


「何故止める?」


「だって、相手は無抵抗だよ!可哀想だよ!」


 こんなのは違う。って言うか本当はなぶり殺し状態の時の彼の冷徹な顔が恐ろしかったのかも知れない。それが本来の彼らの姿だったのだとしても。

 自分がよく知っている精霊の豹変した姿は見るに耐えないものがあった。

 この私の行動に有己は声を荒げて抗議する。あ、これ、話が通じないパターンだ……。


「馬鹿か!そんなの罠かも知れないだろ!」


「だって、だって……」


「とにかく、こいつはまだ動くし油断ならん!せめて動けない程には傷めつけて……」


 私達がそう言って言い争っていると、視界からまた敵が一瞬で姿を消した。有己の攻撃を何度も受けたのにまるでダメージがないようなその動きに私達は恐怖を覚えていた。すぐに臨戦態勢になった有己目掛けて敵が襲いかかる!


「ヴォォォ!」


「おわっ!」


 さっきまで何も喋っていなかった敵が急に叫び声を上げた事で油断したのか、不意を突かれた彼は敵の超高速タックルを受けてふっとばされてしまった。

 私は一瞬何が起こったのか分からなかったものの、飛ばされた彼を見て大声で彼の名前を叫ぶ。


「ちょ、有己!」


 私が有己の状態に気を取られている間に敵はまたしても一瞬で姿を消した。ふっとばした彼目掛けて追撃するのだろうと私が思い込んでいたところ、敵の攻撃対象が変わっていた事に私は全然気付けていなかった。私の目が敵の姿をとらえた時、もう何をするにも手遅れなタイミングになっていた。


「キャー!」


「ち、油断し……しおりっ!」


 ふっとばされた有己が意識を戻し、私の名前を呼ぶ。その声を私は薄れ行く意識の中で聞いていたような気がする。そう、彼が作り出した闇の空間は闇神様の力を増幅させ、意識がすっかり入れ替わってしまったのだ。

 闇神様と化した私は突っ込んで来た敵を軽く片手で掴んでいた。


「ふん、この程度で我が表に出て来てしまうとはな……」


 敵を片手で掴んだ私はそのまま謎の力を発動させ、こいつを消滅させてしまった。流石闇神様、無敵だね!すっかり起き上がった有己はすぐに主の気配を察し、素早く私の前まで近付くと素早く丁寧にひざまずいた。


「我が主!お久しぶりでございます」


 この時、本当の私の意識は私の心の中で失神していた。敵が突然目の前に来たショックがちょっと大き過ぎたからね。だからそこから先の2人のやり取りは知らない、残念な話だけど。

 闇神様と有己は久しぶりの再開に大いに盛り上がっていたみたい。


 一方のラボでもこの実験の成果に大きく盛り上がっていた。


「おおお!この数値は!信じられない……生物の領域を遥かに超えているぞ」


「これで想定は確証に変わったな……実験体をひとつ失った結果にしては高過ぎるお釣りだ」


「すぐに研究に取り掛かるぞ!次の実験サンプルを第7実験室へ!」


 彼らにとって実験体などただの実験サンプルのひとつに過ぎない。それを作るのにどれだけの犠牲と予算がつぎ込まれていたとしても、そこにコスト以上の価値はなかった。冷徹な科学者達はすぐに新しい研究へとプロジェクトを進めていく。


 有己は闇神様に計画の遅れを報告していた。わざわざ口に出さなくても、闇神様は私の体に宿っているんだから行動はまる分かりなんだけどね。


「手こずっているようだな」


「申し訳ありません……生き残った使徒は必ず」


 報告を受けた闇神様は彼を労うように声をかける。


「焦らずとも良い、まだ時間はある」


「はっ……」


 全てが終わった事でやがて私達の周りに漂っていた闇がゆっくりと晴れていく。闇が晴れる事によって闇神様の意識はまた私の心の中に戻っていった。

 気が付くと一面の曇り空の下で私はベンチに寝かされていた。記憶が途中で途切れていた私は起き上がってすぐに側にいた有己に声をかける。


「あれ?どうなったの?あの謎の生き物は?」


「はぁ……」


 この問い掛けに何を思ったのか彼は大きなため息をひとつ漏らした。その行為の意味が分からなかった私は不快なものを感じ、すぐに抗議する。


「何よ、何か説明してよ!もう訳が分からないんだから!」


 それから彼は私の機嫌を取るように闇神様の意識が表に出た事と、敵は主が倒した事を告げた。結局あの不気味な生き物の正体は分からないまま。

 これで攻撃は終わったのか、まだこれからも続くのか、それすらも分からない。不完全燃焼の気持ちを引きずりながら、私達は使徒捜索を再開したのだった。

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