エピローグ
水上智沙都は校門の脇に一人立っていた。
目は赤々と燃える夕焼け空を見て、耳は時折通る下校する生徒の足音を聞いていた。
ふわりと、風が優しく吹き抜ける。そこには夜の訪れを知らせる涼しさはあっても、あの日のような肌寒さはもう残っていない。
あれからもう一か月も経つのかと、時の流れの早さに智沙都は妙な感慨を覚えた。
そう、あれから一か月だ。
謎のニーソックスを手渡され、親友の秘密を知り、ものすごい力を手に入れて、国一つを敵に回したあの日から、もうそれだけの月日が過ぎていた。
あの日以降、智沙都は色々な人と会う羽目になった。国籍も人種も肩書きもバラバラな人たちが入れ替わり立ち替わり智沙都を訪ねてきて、その度に智沙都は態度を作るのに苦労した。弱みを見せれば絶対に利用されるのが分かっていたから、智沙都は必要最小限も話さないように努め、相手に重圧をかけ続けた。気分は悪の組織の親玉だった。
今では、智沙都を訪ねてくる人も限られてきて、その回数も少なくなってきていた。彼らの訪問にも慣れてきて、智沙都は前ほど気合を入れて対面しなければならない事態はなくなってきた。とはいえ気を抜くことはできないのだが。
慣れると言えば、智沙都に降りかかった異変の中で意外にも早く日常になじんだのは、よりにもよって超感覚だった。
範囲は全地球、対象は物質すべてに光や電波や生物の気配までという桁外れの能力であるのだが、四六時中感知してしまうせいか気が付けば体は順応してしまっていた。
正真正銘の第六の感覚として使いこなせるようになった超感覚は智沙都が思っていたよりは便利で、例えば今のように前を向いたまま後ろからやってくる女子生徒二人と男子生徒一人を目で見るよりくっきりはっきりと捉えるのにも使うことができる。そして女子生徒二人のひそひそ話の内容も、男子生徒の視線の先にあるものも、手に取るように分かる。それらの対象は、超感覚とは逆に未だに智沙都がなじめない異変の一つ――膝までの深緑のニーソックスと膝上丈のミニスカートだった。
すぅーっと、また風が吹く。空気の流れは短いスカートの裾を揺らし、ニーソックスとスカートの間に少しだけ露出した肌――久坂の奴は絶対領域とか言っていた――を撫でていく。そのくすぐったさと何とも言えない心もとなさは、一か月が過ぎた今でもまだ慣れることができそうになかった。
そもそも最近ではこんな格好をしなくなっていたというのもあって、脚への視線は突き刺さるように感じるうえに、そもそも智沙都は注目を集めるのが好きな質ではない。それなのに、この格好は男子どころか女子の視線までも集めてしまっていて、それは一か月経った今でも収まる気配はなかった。
けれど、こればかりは仕方がないのかもしれないと智沙都は思う。久坂も宣言通りに服装の制限――ミニスカート常時着用――を除いてほぼ完璧に元の姿に戻してくれたし、こんな格好でもドラゴンの力をほぼ問題なく使えることを考えれば、この程度の変化だけで済んでいることはむしろ奇跡的かもしれない。まあ、だとしても慣れないものは慣れないんだけども。
その全ての元凶である久坂航平は、あれからも特に変わることなく教室に姿を見せていた。彼は智沙都のそれまでの日常を破壊した原因ではあるけども、痴漢と盗撮の件を除いては別に恨みつらみはない。
というのも、あいつのおかげで彼女に会えたのだし――
「ちさとちゃーん! おまたせー!」
聞き慣れた、そしていつまでも聞いていたい声が、後ろから智沙都を呼んだ。途端に、智沙都は勢いよく振り返って手を振った。
安藤
そして駆け寄ってきた奈瑠美は、少し困ったような笑顔で智沙都に忠告をした。
「ちさとちゃん、あんまりババッて動かない方がいいよ? スカートめくれちゃう」
「あ、ありがとう。気を付けるね……」
言いながら、智沙都は裾を押さえながら自分の行動を反省した。……うん、やっぱり久坂の奴は許さない。いくら何でもこれは短すぎる。
次会ったときは蹴りの一発でもお見舞いしてやろうと考えてから、智沙都はすぐ隣の少女を見て、にっこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ帰ろっか、なるちゃん」
「うん、ちさとちゃん」
そして二人は寄り添うように家路についた。
互いの笑顔は幸せに満ち満ちていて、それを妨げるものなど何もなく。
橙の空が暮れるまで、二人はゆっくりと歩いていった。
ドラゴンニーソックス 天女と竜 逃ゲ水 @nige-mizu
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