ドラゴンニーソックス 天女と竜
逃ゲ水
その美脚を見込んで頼みがある
「頼む、この通りだ!」
そう言って少年は手を着いて頭を下げた。その姿からは切迫した様子がありありと窺える。
「え、ええ……」
しかし、頭を下げられている少女、
「頼む! 君のその美脚にしかできないことなんだ! この国を救ってくれ!」
智沙都は渡されたもの——深緑に金の刺繍が施された膝上丈の靴下、いわゆるニーソックスに視線を落とした。
五月十四日の昼休み、智沙都は目の前で土下座している同じクラスの男子生徒、
しかし、屋上に着くや否や明らかに正規のものではないだろう鍵で扉を施錠した久坂は、手早く屋上に誰もいないことを確かめ、そして智沙都に告げた。
「君のその美脚を見込んで頼みがある。君にこれを履いてもらいたい」
そうして差し出されたのが、深緑の布地に金の刺繍が光る、今智沙都の手の中にあるニーソックスだった。
「いや、えっと、意味わかんないんだけど……。まず私美脚じゃないし」
土下座までする久坂の必死さに気圧されながらも、智沙都は頼みを断ろうと決めた。そう、だって私美脚じゃないし、この国を救うとか意味分かんないし、久坂君こんなやばい人だと思ってなかったし。
しかし、久坂は引き下がろうとはしなかった。どころか、熱くなって論破しようと息巻いてしまった。
「いいや、君は美脚だ! その証拠にほら! こんな綺麗なきょくせぶふぁっ」
そして、鼻息荒くまくし立てる久坂は智沙都のスカートに手を伸ばし、あろうことかそれをためらいなく捲り上げた。
一瞬遅れて智沙都の理性は追い付き、スカートを押し下げ、ついでにパァンと音高く平手を放った。
「な、なにがほら、よ! 馬鹿なのアンタ!?」
眼鏡が音を立てて吹き飛び、久坂は打たれた頬を抑えながら膝立ちで眼鏡を追う。その格好はなんとも哀れで、しかしいきなり屋上に呼び出しておいてスカートめくりをしてきた奴だと考えればむしろ当然の仕打ちというか、これで許してやっていいのだろうかという気持ちが……
「いや、すまない。つい熱くなってしまった。しかし、これだけは覚えていてほしい。近いうちにこの国は危機を迎え、それを救えるのは君だけなのだ」
そう言って眼鏡を掛け直した久坂の顔は、左頬に真っ赤な手形がついているというのに真剣そのものに見えた。
はぁ、と智沙都はため息を吐いた。なんともまあ、毒気を抜かれるほどの真面目な顔だ。多分その熱意は本物なのだろうと智沙都は思うことにした。
「……それで、その危機っていうのとこの靴下と私と、どういう関係があるわけ?」
しかし、久坂はそう問われて口ごもった。
「い、いや、それはまだ言うことはできないんだ」
「は? どういうこと?」
「えっとだな……。つまり、僕が君にそれを伝えると、シミュレーションにイレギュラーが生じてしまうのだ」
そう申し訳なさげに目を伏せる久坂を、智沙都は責める気にはなれなかった。しかし、信じきる気にもなれなかった。
「……じゃあ、これは返す」
「ダメだ。それは君が持っていてくれないと困るのだ」
そこは譲れないんだ、と智沙都は内心で呟いた。
「そう、じゃあ貰っておくけど、これをどうするかは私の自由にしていいよね?」
「ああ、君が受け取ってさえくれれば、今はそれでいい」
そういう久坂の顔を見ながら、こういうところで折れちゃうからダメなんだよなぁと、智沙都は気付かれないように小さくため息を吐き、その深緑のニーソックスをポケットにしまった。
屋上での謎の一幕を終えて教室に戻った智沙都は、案の定群がってくる友達から「どうだった?」と異口同音に聞かれる羽目になった。どうもこうもないというのが正直な答えだけど、そう言ったところで彼女らは諦めてはくれなかっただろう。
なんと答えようかと智沙都が迷っていると、少し遅れて久坂も戻ってきた。そしてその頬の手形を見た途端、彼女らは何かを察したように頷きながら解散していった。
彼女らが一体どういう結論に達したのか聞きたいところではあったが、そこで五時間目が始まるチャイムが鳴り、そのままなんやかんやで智沙都は放課後を迎えることになった。
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