君の彼女
いま僕の前で笑っている彼女は、たぶん僕のことを好きだ。
なんでそう言い切れるかって?
そんなの簡単さ。相手の目を見て、口元を見て、表情を感じ取って、話し方に気を付けて聞いていれば、気持ちなんてものは大体読めてしまう。
「ねえ、今度の土曜休日にどこか一緒に行かない?」
僕がそんなことを思っているとも知らずに、彼女は少し甘えた感じで言ってきた。
「次の土曜休日は来週か……、そうだなー……」
僕は予定を考えるふりをして、『お願い』のポーズをしている彼女をそっと見た。
おそらくどの角度から見てもきれいであろうその輪郭、ラメの入ったリップクリームが塗られて、てらてらと光っている唇。形良くとがった耳には、安物のピアスが光っている。
はっきり言って、イイ女である。昔風に言えば上玉だ。
「いいよ、その日は空けとく」
「ほんと!? やったー」
無邪気に笑う彼女を見て、僕はまんざらでもない顔をした。
そう、僕だって高校二年の健全な男子だ。可愛い子に誘われればもちろん嬉しいし、こんなふうに相手がデートの約束を取り付けたくらいで喜んでくれると、自然と口元が緩んでしまう。
「それじゃあ、楽しみにしてるね」
彼女はそう言うと、制服を翻しながら屋上を出て行った。
昼休みの日課となっている昼寝の時間を邪魔されたにも関わらず、僕は上機嫌でごろんとその場に寝そべった。
初夏の太陽に温められた屋上に寝転がっていると、うとうとしてくる。
僕は五時間目の授業をサボることに決め、そのまま意識を手放した。
五時間目の終了のチャイムと同時に、僕は何食わぬ顔で教室に戻った。
「このやろ、サボりやがって」
僕が教室に一歩踏み入れたと同時に、でかい声と鍛え上げられた二の腕が襲ってきた。
「いてっ、痛ぇって!」
首に巻き付けられた腕を何とかふりほどいて、僕は首をさすった。
「ったく、弱っちい首してんな」
「おまえの力が強すぎんだよ。いつか誰かの首の骨折るぞ、杉本」
こっちは真剣に言っているのに、杉本は何が可笑しいのか爆笑している。
杉本は柔道部の部長で、良くも悪くも素晴らしい柔道の才能を持っている。その代わり、お決まりのように頭の方はさっぱりだ。
「それより、ちゃんと言ってくれたか?」
僕は少し心配になって、そう訊いてみた。
「ああ。保健室で先生口説いてますって、ちゃんと言っといたぞ」
「誰があんなおばさん口説くかよ」
僕たちがふざけあっていると、周りの男子もいつの間にか便乗して、尻軽男だの、ホストだの勝手なことをほざいている。
「あ、おい。由喜ちゃんと理佳子、来てるみたいだぞ」
ふざけあっていた男子の群れから、杉本ともう一人が反応した。
いそいそと二人の女の子たちの方に行く杉本らを見やりながら、僕は苦笑混じりのため息をついた。
「ほんといつ見ても、美女と野獣だよなー」
まるで僕の気持ちを代弁したかのように、隣にいた奴が呟いた。心の中で、まったくだと思ってみる。 奴の背中が信じられないくらいデレデレしているのを、それ以上見ている気になれなくて僕は窓の方に目を逸らした。
周りにいた男子たちはいつの間にか散らばっていて、僕はここぞとばかりに彼女たちのところから戻ってきた杉本に訊いてみた。
「なあ……」
なんでおまえみたいのが良いんだろうな、そう訊きたいのにやっぱり声は出なかった。かわりに、
「その気持ち悪い顔、なんとかしてくれよ」
「なんだよー、ヤキモチか?」
余裕の顔で返されてしまい、僕は小さく舌打ちをした。
「んなわけねぇだろ。それより、ほら。今度は部活の後輩が来てる」
僕が指さした方に、大人しそうな後輩が教室に近寄りがたそうに立っていた。杉本は彼女の元に飛んでいった時と同じ勢いで、後輩に駆け寄る。
杉本はもちろん悪い奴じゃない。ただ相手を思うあまり束縛する癖があるのを、彼女も後輩も知っているのだろうか?
後輩が憧れを宿したキラキラした目で、杉本の話を聞いているのが見える。
あれでも後輩からは、かなり頼りにされているそうだ。まあ、杉本を頼りにしたくなる気持ちは、同学年の僕から見ても分からなくはない。
話が終わらないらしく、杉本に帰ってくる気配をない。僕は仕方なく次の授業の準備を始めた。
彼女との約束の日、僕はこともあろうに思いっきり寝坊してしまった。
なにも三時間前からそわそわしていようと思っていたわけではないが、せめて三十分くらいは、これからのことを考えて楽しもうと思っていたのに、僕が目を覚ましたのは出発する十五分前だった。
慌てて洗面所に駆け込み、寝癖で立っている髪を撫でつける。歯を磨きながら、母さんのいる台所に向かって文句を言ってみるが、反応がないところを見ると、すでに出掛けてしまった後のようだ。
適当な朝飯を食って、僕は待ち合わせの場所に急行した。
最近出来たばかりのカフェで待ち合わせ。その後、映画館にでも誘ってみようかとか、天気も良いしいっそのこと遊園地にでも、などと考えながらカフェに着いた僕の目に、期待を隠せない表情で腕時計に目をやっている彼女の姿が映った。
学校で見るときと違い、彼女はかなり大人っぽく見えた。
同い年なのに、これじゃあ僕が年下に見えやしないかと、ちょっと不安になるくらいだった。どうして女の子ってのは、こうもギャップの操り方がうまいのだろう。
僕を見つけるなり、彼女はこちらが恥ずかしくなるほど嬉しそうな顔をした。
つられて僕まで照れてしまう。
「悪い、待たせた?」
「うん、ちょっと待った。でも人待ってるの好きだから」
待ったことを隠そうとしない彼女に、僕は好感を持つ。
と、ふいに携帯が鳴った。
彼女はバッグから携帯を取り出し、僕に断ってから電話に出た。
「今? そう。全然そんなんじゃないって。信用ないなー」
彼女は僕にデートの誘いをした時のように、甘えを含んだ声で言った。
仕方のないことだ……、僕は自分に言い聞かせる。
どうしてか、なんて訊くなよ?
いま僕の前で笑っている彼女は、一分でも早く電話を切ろうと必死になっている。
それがすでに答えになっているはずだ。
そう、この女の子は――君の彼女。
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