After of 999death~輪廻の結末~

彗星の如く現れた吟遊詩人

—————序章—————

 六畳程の狭い部屋は、妖しげに揺らめく蝋燭ロウソクに仄かに照らされていた。

 部屋の中心には幾何学的な模様が描かれた魔法陣が書かれている。

 何でもその魔法陣の中で死ぬと転生した後の人生が良いものになれるらしい。

 ネットで調べたために信頼性はほぼゼロだが気持ちだけでもと思って作った。

 魔法陣の中へとゆっくり歩を進める。

 調べたとおりに魔法陣の中心へ着いたら儀式用のナイフを掲げ、切っ先に意識を集中させやいばを自分へと向ける。

 そして————


 自分の心臓へとナイフを振り下ろした。


 激痛と共に真っ赤になる視界。

 心臓部から噴き出したおびただしい量の血が魔法陣を血で染め上げていく。

 視界が歪んで見えるほどの痛みが体中をむしばみ機能を停止させていく。

 体が悲鳴を上げているのに対し、勝手に口角が上がっていくのを感じた。


 笑っているのだ。


 自分をここまで追い詰めた世界の悲しみ、こうする事しかできない自分へのあざけり、そして、これから始まるであろう新しい自分への期待、そんな物へ対しての笑みが出てきた。

 最初のうちは体がピクピクと痙攣けいれんを起こしていたが、時間が経つにつれなくなっていき、やがて完全に止まった。

 少年は弛緩しかんした頬に笑みを浮かべ誰も居ない薄暗い部屋の中で眠りについた。




         ◇




「ん・・・・・・? どこだここは?」


 目を開けるとそこは先ほどまでいた薄暗く陰気な場所とは打って変わって明るく神々しい宮殿のような場所だった。辺りを見渡してもどこにも終わりが見えず、青白磁の石で作られた床が永遠に続いている。風がまったく感じられない割には空気はとても澄んでいた。

 少年は本能的にここが先ほどまでいた世界とは違う場所だと感じ取った。


(この場所は・・・・・・天国か何かだろうか?)


 余りの現実的な感覚に一瞬まだ生きているのではないだろうかと錯覚したが、あの重傷でしかも誰も助けに来ない場所で死んだのだから生きているはずがないと考え直す。

 そして何気なく胸に手を当てて驚いた。


「なっ!? 完全に傷が治ってる・・・・・・」


 服をまくって胸を確認してみると、深く抉るように刺したナイフの傷跡はおろか、血の跡さえも残っていない。

 体には何処にも傷一つついていなく、先ほどの苦しみは夢だったんじゃないかと思わせるほどだ。

 目を丸くして自分の体の状態を確認していた所で後ろから声をかけられた。


『久しぶりですね、やはり今回の生でもあなたは天寿を全うすることができませんでしたか・・・・・・』


 その瞬間頭の中を電流が走る。

 一度に大量の記憶が押し寄せぐちゃぐちゃになる脳内。

 余りの情報量に酒を大量に飲んだかの如く目の前が揺れ動いて見える。

 体の奥底から押し寄せてくる何かを噛み殺して耐え、頭の中の嵐が収まるのを待つ。

 しばらくそうしている内に段々と強烈な吐き気と眩暈めまいも収まってきた。


『脳内データの処理は完了しましたか?』


 こちらの苦しみなど意に介さない無感情な声で〝何か〟が問いかける。

 〝何か〟と表現したのは見えた物をそのまま形容した結果こう言わざるを得なかったからだ。頭の痛みを押し殺し、振り返って見た先には何も映らなかい。否、何も映らなかったというよりは視認することができなかったという方が正しいだろう。

 そこには陽炎かげろうの様にもやもやとした形の無い物が浮いていた。それはどう考えても地球上には存在しない生物だ。そもそも人間が定めた生物というカテゴリーに当てはまるのかも分からない。男といえばそうだと言えるし女といえばそうとも言える。そうは言っても両性具有の類ではなく、全ての壁を取り払ったというのが近いのかもしれない。

 冥府への入り口には三頭の番犬が居ると幾つかの世界に伝わっていたが、この形質からかんがみるに、その形を変えた姿の一部が何らかの形で伝承として伝わっているのかもしれないと少年は考察していた。


「死者を歓迎する立場の者ならもう少し気を使ってくれてもいいんじゃないかい? その態度はあんまりだと思うんだが・・・・・・」


 いまだガンガン鳴る頭の痛みに少々ぶっきらぼうに言う。ただでさえ頭痛がするのに、頭の中に直接響くような感じで話しかけられたらたまったもんじゃない。

 しかし、そんな少年の様子など気にも留めずにまったく同じトーンで、


『何度もここに来たあなたに今更気を遣う必要などないと思いましてね。あなたは先ほどまでいた世界で言う常連客のようなものですから』

「もっと正直に言ってもいいぜ?」

『どうせあなたは転生するのでしょうから一々極め細やか対応はいらないでしょうと判断したからです』


 声は全く変わらないのに、今度はため息が混じっているような気がした。

 ————やっぱりそうだったか。あまりにも予想通りの答えにもう笑うしかない。

 それにしても自分よりもずっと卓越たくえつした存在であろうこいつをここまで呆れさせるとは自分もかなり変わった存在なのだろう。

 少年は〝もやもや〟について特に知っている訳では無かったが、何千年という歳月の中でこうして変わらずにいるという事は、紛れもなく不老不死である。


『その様子だとデータの処理は完璧に行われたようですね。それと私の事を〝もやもや〟と呼ぶのはいい加減にやめてください。私にもちゃんとした名前があるのです』

「そうはいっても、お前は名乗ったことがないだろう。名前で呼ぶにしても、そもそも名前を知らないんじゃどうしようもないじゃないか」


 先ほど返ってきたこれまでの記憶の中から目の前の生物の名前に関する物を思い出そうとしたがまったく出てこない。

 それもそのはず。こうして〝もやもや〟と話す時間は精々数分。いつも死からちょっとした会話をするだけで、お互いの事について詮索する機会など殆ど無かった。

 ————まぁ向こうは自分の事をよく知っているようだが・・・・・・


『そんなことはどうでも良いのです。早く転生をするのか消滅を選ぶのか決めてください』


 自分で言ってきた割にはこちらの問いを完全にスルーして〝もやもや〟は急かす。


「そんなもの聞かなくても分かってるだろ。俺は転生を選ぶ」


 その答えを聞いて〝もやもや〟が少し揺れた。


『本当に転生を行うんですね?』


 これまで聞いたことのない感情のこもった声を聞きいぶかし気に思った。らしくないそんな様子を見るのはなかなかに新鮮なもので、気にかかったがそれを消して確固たる意志で繰り返す。


「もちろんだそれ以外の答えは絶対にない」


 いつもならここまで来たらすぐに転生の儀式が始まるのだが今回は少し違った。

 転生の魔法陣は現れず間をおいてから少し低い声で、


『あなたも気が付いているでしょうが、幾度もの転生のせいであなたの霊格はかなり摩耗まもうしています。これ以上の転生をすると先ほどのような人生を繰り替えす確率がかなり高まりますが、それでも転生をするのですか?』


 やっぱりそうか。自分でも薄々感づいてた。元々ろくな死に方をしない俺だったが、最近ではなぜだか無気力になり生きる気がなくなってそのまま何となく自殺、なんて死に方が多かった。やはり長い間生きることによって魂に負担が生じているのだろう。


『気づいていればなおの事、これ以上転生をするのはやめにしませんか?これ以上生きたところであなたが求めるものに辿り着くとは限らないのですよ?』


 〝もやもや〟は心配そうに声をかけるが数えられないほど昔に、心の奥底、自分の根源に刻み付けたあの決意を変えることなどない。


「お前の言う通り俺の求めるものを得ることができるかどうかは分からない。でも俺はこうしなくちゃいけない。そうしないと自分が自分のままで終われない」


 これ以上のお節介は無駄だと悟ったのだろう〝もやもや〟の周りに魔力が漂い始め、二人の間に青い魔法陣が現れた。


『やはりそう答えると思いました。おすすめはしませんが新しい人生を精一杯生きなさい。今度こそ何かを見つけられるように・・・・・・」

「当り前だ。俺だってただ何の意味も無く輪廻転生を繰り返している訳ではないんだからな」


 もう何度目かわからない同じやり取りをまた繰り返す。

 だが今回は今までとは少し違う何かが掴めそうな気がしていた。

 これまでとは違う期待感を胸に秘め魔法陣の中へと足を踏み入れる。


『それでは行ってらっしゃい。1000回目の生をあなたに与えましょう』


(そうか・・・・・・もう1000回目なのか・・・・・・)


 これまでの長く苦しい時間を振り返り少し苦笑いを浮かべる。


「次こそは何か土産話を持ってくるよ」


 白い光に覆われ段々と周りの景色がぼやけてくる。

 最初の頃はこの感覚にも眩暈を感じたものだが今ではもう慣れっこだ。

 自分の体が極小の粒子に変わっていき、それと同時に今までの記憶が失われていく。


 しばらくして魔法陣が消えると、そこにいた少年の姿は無くなっていた。


 そして——————







 それと同時にとある世界の、とある星の、とある国の、とある町で、新しい命が生まれた。

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