操甲天使・クローズアウトエンジェルズ!
@monimoni04510
第1話
I
鉄の殻がある。
いや、正確には“鉄”では無い。
繊維化されたチタニウムと各種の非・金属系先端材料によってコンポジットがされた複合装甲成形材による密閉されたチャンバー。それがこの“殻”の正体である。
“殻”は斜め前方に傾いていて、張り子のような大きなふくらみの形状をしている。その内部寸法は、奥行き三メートル、高さが二メートル、幅一.五メートルだった。
しかし“殻”の内部は、その中にさらにもう一層“白身”を作るように、外部視界映像と各種機能情報を映すためのテレビジョン・モニターと、スイッチ、操縦桿類の操作盤等の密集によって、埋め尽くす様に覆われている。
これらは度重なる改造によってどんどんとその数を増して充実していった訳だが、どうも設計者の予想以上に容積が嵩んだらしいそれらによって、前からも左右からも上からも圧縮がされた事により、残された内部空間は心許ない限りであった。
ついこないだまでは、まだ下方向に若干のゆとりがあったのだ。けども、今は昔。
今では“殻”の下面からも、一週間前に生残性向上の為のイジェクション・シート(射出座席)が実験的に組み込まれた関係で、空間はさらに圧迫されていた。
その箱の中には、実に窮屈そうに体をやり過ごした状態で、一人の長身の兵士が梱包パッケージ・封入シーリングされていた。
正確には“乗り込んで”いるのだ。
が、この不愛想な人造の雌鶏の抱える卵の中身であるのだから、さながら鶏卵の殻と黄身の関係にあるといえた。
殻は、移動している。
殻自体が空を飛んで……あるいは地面を滑って…動いているのではない。
殻は、親鳥たる機械に取り付けられているのだ。そして、その子供の雛鳥どころか生命発生以前のまろやかな黄身であろう兵士は、しかしその機械を操縦していた。
フット・ペダルと操縦桿で動かしているのだ。この…やんぬるともできない今一な重量があって、最近この兵士の目下の頓痛である肉体上半身回りの慢性疲労 ――肩コリ――の原因で十中八九間違いがないM984情報処理ヘッドギア。目隠しのように下降展開されたバイザーゴーグルの裏に表示されるリアルタイムの 処理情報と、その向こうの物理モニターのマルチファンクション眺望視界を丹念に精査しながら、進行方向へのパワー・コントローラであるフット・ペダルを車両搭乗騎兵用正式ブーツの硬質感を手に入れた両足の先でコツリと沈ませていて、操向装置でありガンスティックをも兼ねた操縦桿のステアリングを二本の腕で 統制しながら、今、前へと前進している——
ただ、機械…マシンの構造だが、それが奇妙だった。
その機械は、高さがおよそ六メートルの大きさをしている。
そして、最初のインプレッションとして、武骨で大きな二本の脚によって地面から高く吊り上げられた垂直の位置に、これまた大きな胴体と細長い腕がある事が分かる。
それから、右腕の先のマニュピレータに巨大な小銃(ライフル)を持っている、
薄く緑がかったウォームグレイの単色で全身が塗られていて、胸の装甲に〈45ー8141〉と番号がレタリングされている、
左肩の装甲には“01”(ゼロワン)と白いペンキで書かれている、
“殻”の正面に、小隊指揮官機であることを示すための白線が曳かれている。
それから、反対側の肩には“U.N.T”と黒いペンキで雑に書き殴られていた……やけくそのように、
それだけだ。だが、それだけで十分だった。大変にケッタイであるし、もう結構でござろう。
御仕舞に、それが、歩いているときたもんだ。
人型に似たマシンが、直立して、腕を振りながら、二足歩行で夜の森の中を歩いていたのだ。
暗がりの奥にも真っ暗がある闇夜の密林の中、よくみるとロボットの同型は樹影の向こうにもう二つ居た。
ほかに何もうごくもののない密林の中で、人間の意志による制御を以て駆動するメカは、全部で数が三台だった。…作戦小隊なのだ。
つまり、そのマシンは、準・人型の、まるでメック…レイバー…ヴァンツァー…アサルトスーツ……いやいや、これは、ただただまさしく“ロボット”である。
しかし、素直な人間の形をしている訳では無いのだった。
外装は、良く例えるならばまるで黎明期のステルス戦闘機の様でもあり、或いは、生憎とも、戦車というよりは装甲車だった。
なぜなら、ぱっ、と見ただけでも安普請であると見て取れる様な、薄手の装甲だからだ。質感は高級な鋼ではなく、おおまかは軽合金のそれだ。無残にもまる で手間のかかっていないプレス加工と圧延押し出し成型のそれが、恐るべきことにこのロボットの全身の構造物のすべてである。
足回りなど、特に肉厚な部位もあれどそれは構造上頑丈にならざるを得ない駆動用シャシーフレームの露出であるし、それらの組み合わせによって構成された 中途半端な幾何学模様の……小規模鉄工所製の野心的現代アートは、驚愕にも、動くオブジェとしてこの密林を侵攻していた。
これは、このロボットが、今から七ヶ月程前に急造でこしらえられた“決戦兵器”である事に由来がある。
正式名称・Mk42〈シミター〉、兵器としての分類は“直立式装甲兵器”SA(スタンディング・アーマー)と言う。
追々言及する詳しい事情はさておき、ともあれ土木作業用の人型重機メカ…スタンディング・ユンボ…の外装カウルを装甲に取り替えて、他多少も詳しく手入れがされているが、おおまかに戦闘用にしただけの本機である。
原型機のままである主機パワーパックのパワー不足で重装甲化が出来なかった都合上、大きく露出している機体各部のシャシー・フレームとその間接部とも相まって、お世辞にも、余り強そうには見えない。
みてくれにも難点がある。
長い手足と、縦に潰れた胴体。
そしてさらに、手足の付け根は、ぺちゃんこの胴体の左右へ、離れた位置で装着がされていた。人型のようで人型ではない様な、アンバランスだ。
その印象を強調する様に、胸の装甲は、上から見て二等辺三角形のデルタ型に前へと張り出している。
これの先端には、これだけが人間らしい風情がある、センサーやカメラ等を内蔵したロボットの頭……意図的なものなのかはともかく、搭乗員のかぶるヘッド ギアに意匠が似ている……が接続されていて、そして裏側の下面には、まるで戦闘へリコプターの様に、口径二十ミリのバルカン砲が旋回装置………ターレットに装着されており、その黒光りする砲口を歩行の度の上下振動にふらふらと揺らしながら、斜め下方へと向けている…――つまり火器管制がホットになっていない――…のだ。砲口はオレンジ色のキャップで閉鎖がされた状態である。
そして頭部から、その後方…頭部装甲からバルジ状に隆起が続く先の、胴体の“瘤”が異様に膨らんでいる事も分かるだろう。
これに、前述の“殻”…即ちコクピットが、この中に座席部が半埋没する形で埋め込まれている。
その大きく盛り上がった“瘤”の左右には、さらに武装が装着されている。
正面から右側には口径三十五ミリのマウザー機関砲が、反対の左側には、ラックに固定された赤外線探照灯サーチライトが、今まさに暗赤色に点灯した瞬間だった。
改めて、およそ、人間らしくないシルエットだった。
まるで童話の絵物語に出てくる愚鬼(ゴブリン)のような、というのが初めてこれを見せられた時の己の印象であった。直喩的にこの比喩を正すと、とてもではないが正義の御旗の下で戦うメカではない、という直観でもある。
とはいえ、数合わせ同然にスタンディングアーマーの搭乗要員にされた己も、しばらくが経つ。
そんなしばらくたった今でも、やっぱり正しくそうだろう……などと、この機番01の搭乗員である搭乗者の兵士は、そんな感慨の度につい思い出す子供の頃の思い出とかに、笑みともため息ともつかない表情を浮かべるのがいつもの癖になっていた。
……重要であるが、この“ゴブリン”という印象を、士官であり小隊長である兵士01は気に入っていない訳ではなかったりする。
齢二十六を過ぎて、こんなスーパー・スペシャルロボットのパイロットになってしまったよくも数奇な己への嘲りや慰めでもあっただろうし、或いは、子供の頃、大好きだった絵本の中の、一番のお気に入りだった子鬼達への好意の感情を思い出しての物だったのかも知れない。
また、もっと単純に…例え名ばかりであっても、劣勢に追い込まれている自陣営に所属する一士官として、その“最新鋭兵器”を操縦して任務に就く、という事への自負を、少なからずとも自覚していたのは確かだった。
また、こうとも思った。
森の木立を軋ませながらかき分け、密林のさらに先へと前進をする三機の〈シミター〉の機影は、確かに御伽話の世界から、このすっかり血生臭くなってしまった現実(こちら側)へと迷い込んだ子鬼達の様だ…―とも、
はたまたこうだろう。
その自分達こそが、現実に充満した生々しい血の臭いが召喚した、悪鬼どもそのものなのであろう、と……
SAの一歩当たりの歩幅が、三メートル。
この〈シミター〉の小隊は、現在、分速百八十メートル…時速に直して十キロ少々で巡航をしている……最高速ではない。
ゆっくりと、探索をしている状態だ。
三機の〈シミター〉が、隊長機の01を先頭に、やや相互が離れたデルタの陣形で、各機のセンサーで密林の中を走査しているのだ。それぞれの探知半径を、互いに埋め合っている。
前進を続ける機体の脚部…下半身とは別に、二秒間隔で上半身を左右旋回させて、ラックにより固定された赤外線探照灯で森の中を照らし出してもいる。
照射された暗赤色の光線が、木々の枝葉を黒色の影絵に変えながら、延びたり、縮んだり、または左右へと振られたりする。
それが三機分、だ。
密林中が隈なく捜索されて、その向こうへと光線を届けている。
しかし、最もこれは、もしやしても“敵”を探すための物ではない。――語るならば、これこそが自殺行為といえた。
確かに、〈シミター〉の探照灯は、所詮は民生品でしかない原型機から変更されていないがゆえに如何ほどにも頼りない主機からの給電量という前提と、元々 防衛用に緊急で開発がされた初期型Mk30の開発時において、センサーモジュールの可能な限りの最小化と、短期間での間に合わせの大量量産によるセンサー デバイスの調達の都合の弊害……その相乗によって性能が貧弱になるしかなかった頭部センサーアレイの頼りない探知・捜索性能の限界の穴埋めに、要撃・駆逐 用にシミター系のコンセプトが転換されたMk36以降から装備がされた物だ。
ただそれ以前に、人類が地球外へと進出を始め、宇宙の果てに星を見つけ、そして移民を行い、あまつさえその惑星で戦争を始めている時代の…つまり現代の 技術としては、あまりにもアンティークが過ぎる物であった。アクティブ式の投光暗視装置、もしくは赤外線照射式警戒防護装置なんて、今時、戦争博物館でも 珍しい代物だった。如何に物資欠乏の末の民生品転用でも、限界と限度という物があろう。
だから、この投光器は、ごく普通かつまともで、一般的で常識的なシミター乗りからはこう揶揄されているのだ。“栄光あるこの世からの、特別転勤手当”。もしくは、即ち、“自殺装置”であると。
意味はこうだった。
想定される敵機に対し直に赤外線を照射し、照らし出され浮かび上がった敵影を貧弱な性能のセンサーでも性能以上の感知を可能にさせるという原理であると ころの……つまり己から大量の赤外線を焚く事を意味するこの投光器の使用は、まず第一に、相手からは容易に逆探知が可能である。
その上もし、対峙した相手が、センサー性能がこちらよりも優勢で尚且つ長距離からの大火力投射が可能な高機動ホバー戦車、或いは装甲戦闘ヘリコプター、…そして、“今となっては”…敵のSA。それら等であった場合は、〈シミター〉の射程外からの、先制・アウトレンジ攻撃によって、一方的にこちらが撃破される事が必定であろうからだ。
SA同士の白兵接近戦ではかつてこの投光器は効果があった。だが、そうした状況に現在はすでになっている。
ただし、今回ばかりは、この小隊……この隊長の発想は、“逆”の考えで、この自殺装置を運用していた。
平たく言おう。今、敵に見つけてもらう為に使用をしている。
正気なのかって? ある意味正気では無かったろうね。
だが、効果はあったみたいよ。
《…――二時方向より探知波検知、飛翔体反応。誘導弾!》
「手筈通りだぞ、3、2、…――パージ!!」
その瞬間は、一瞬だった。
三機の〈シミター〉が次の一歩でぱったと停車し、装備していた“自殺装置”…―赤外線探照灯を、その懸架ラックとの固定ボルトに仕込んでおいた炸薬を点火させた事で一斉に排除(パージ)!
赤い光線が、サーチライトたちの断末魔の様に空中の夜空へと錯綜した。しかしライトにはバッテリーを繋いであるので、機体から切り離されても十秒は最大照射を続ける計算だった。
直後、急発進。
唸りを上げた〈シミター〉の機体が、安普請そのものな外観からは想像できない華麗な素早さで機動開始……一瞬の間に、木立の狭間の向こうへと擦り抜けていった。べきべきと地を這う木の根をへし折りながら、躍動のごとき踏破によって、各が、点灯を続けながら宙に舞った探照灯から逃走をする。
同時に、バルカン砲に電源が投入された。三本の銃身が束ねられている事が分かるバレル部分が、水平状態に可動したのだ。それから各機の砲口が、一様に隊列二時方向の同じ方角へと示された。
そして、遠くから風切り音が聞こえた、次の刹那には――
…―BAGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!
爆裂(エクスプロージョン)が閃いた!
密林に火の球が炸裂し、熱烈を纏った熱風がすべてのものを灌いだ――併せて数トンの高性能火薬によるオレンジ色の爆光によって、森の夜に一瞬、昼の景色が現出した。
破滅的な瞬間であった。
爆風がすべてのものを同時に焦がしたのだ。
木々は爆風に凪がれ砕かれ、木の葉は燃えて、土は炎に焼かれ吹き飛び、抉られる。
この爆発……大魔導士の魔法でも、魔王の一撃でも当然ない。その正体は、強力な対物ミサイルによる集中飽和攻撃だ。飛来数は、着弾の瞬間までに三十二発がカウントされている。
命多い、眠り静まっていた密林が、生き物たちの断末魔で溢れる煉獄と化した。
ナパームによる焼夷発火で壮絶な火の海が現出していたのはもちろん、誘導弾の弾頭の幾つかは金属片威力効果を持つ物が併用されていたため、オレンジ色に染まった森は一瞬の内に切り刻まれてもいたのだ。爆発地点から600メートル以内は、無傷なモノなど無かった程に!
当然、投棄されたサーチライトたちは、発されていた赤外線を追いかけてきたミサイル群の正確な命中によって機械の天国へと旅立っていた。欠片も残らない程に消滅したのだ。
回避挙動を取る際の宇宙艇のアポジモーターの点火作動の微弱な熱噴射一つでさえ見逃さない〈連邦〉製SS-11b重誘導弾なのだから、このような物などは、ただのわかりやすい的であった。
そもそも150ミリのAPFSDSさえも防御可能な現代の主力戦車をも跡形無く破壊できる威力の規模のミサイルなのだ。一発だってオーバーキルといって間違いがない。しかも、それが合計32発も殺到して、無事でいれる工業製品などなかった。
しかし…
「どうだ!?」
《こちら02、やってやりましたよ!》
《03健在、生きてますっ》
「よおし」
だが…〈シミター〉の三機は、その機影を背後からのオレンジ色に照らされたまま…
――無傷だったのだ!
「作戦ッ、開始っ!」
〈シミター〉の頭部の、そのセンサー部位を保護するカバーが降ろされ、外された。
スタンディング・アーマーの戦争が始まったのだ。それは、この三人の兵士たちの戦争であった。
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