VSスティさんその2

 さて、俺が自身の肉体の限界を越えて更に加速出来た方法だが、これはアルレシアの助力を得て為し得ている。

 まぁ、簡単に言えば魔法弾による一時的なブーストだ。俺の背に乗っているアルレシアに後方に最大出力の魔法弾をぶっ放して貰い、推進力を得てスピードを上げたのだ。

 本来なら手を翳してそこから魔法弾を放つ。それはアルレシア個人がそうやった方が狙いをつけやすく魔法弾を放ちやすいからそうやっていたに過ぎない。別に手を翳さずとも魔法弾を放つ事は出来る。模擬戦で不意を突く形で後ろから攻撃したディアがアルレシアの後頭部から放たれた魔法弾に対処出来ずに敗北した事があった。

 今回は狙いをつける必要もなく、そして俺の速度や魔法弾の反動で振り落とされないようにフリルを掴む必要があったのでアルレシアは手を翳さずに背中から魔法弾を放っている。

 この急加速を会得する為に色々と苦労があった。まず、俺が加速の際に躓いて転ばないようにする事。急ブレーキを掛けられるようにする事。アルレシアは背中から放つ魔法弾の方向をきちんと調整する事。そして何より吹っ飛ばされないようにきちんとした姿勢でいる事が求められた。

 一朝一夕で身につけられれば御の字という事で、猶予を与えられた二日のうち初めの一日はこれだけに没頭し、何とか形にする事に成功。最後の日はこれを用いてのディアやアオダくん達との模擬戦だ。これにより、動く標的にある程度の軌道修正をしながらの突進を行う術を身に着ける事が出来た。

 現在の俺の身体能力と、そしてアルレシアの最大威力の魔法弾により、速度は約一・五倍にまで上げる事が出来た。それでもスティさんには避けられてしまったけど、鎧に傷をつける事が出来る威力を出す事が出来たので、このまま突進攻撃を繰り出して行こうと思う。

 愚直でワンパターンな戦法で、対策を取られればそれまでだけど、奥の手はまだ残っている。それに感づかれる事はほぼないと自負出来るけど、何かの拍子で感づかれるかもしれない。

 少しでもスティさんの意識を逸らせるのであれば、愚直でもいいので高威力の突進攻撃を繰り返した方がいいだろう。

 俺はまたスティさんへと突進する。今回は初っ端からアルレシアが最大威力で魔法弾を後方にぶっ放して初速から一気に加速する。

 スティさんは今度は困惑せず、真っ直ぐと俺を見据えると……そのまま俺に向けて突進してきた。正面から迎え撃つスティさんの速度も初速から俺と同等のスピードに達しており、そのまま俺とスティさんの角は一瞬でぶつかり合う。

「ブォウ!」

 いったい‼ ものすっごくいったいっ‼ 鼻付近に付いてる角の根元から無理矢理引っこ抜かれるかのような痛みが駆け巡り、思わず涙目になる。

「それくらいで痛がっていては折角の突進攻撃が台無しよ」

 対するスティさんは涼しい顔をしている。痛くないの……? 本当に?

 くそぅ……この速度での突進攻撃で直撃した試しは今まで一度も無かったからな。ディアやアオダくん達との模擬戦でも怪我をさせる危険性があったから直撃を狙わずに掠らせる感じで当ててたし……。まさかここまで痛い思いをするとは思わなかった。

 こんな事なら、衝突実験でもしておくべきだった。毎回激痛が走るなら、乱発なんて出来ないぞ。

「そして、その痛みで注意が散漫になってしまうわ」

 と、スティさんは痛みで硬直してしまった俺に向けて無慈悲にショルダータックルを繰り出してくる。無論、肩も鎧で覆われているので通常のショルダータックルよりも固くて痛い。

 スティさんのショルダータックルは俺の側頭部にヒットし、脳が揺さぶられてその場に崩れ落ちる。意識も飛びかけたけど、そこは気合で踏みとどまった。けど、足に力が入らずがくがくと震えている。ヤバい、動けない……。

 スティさんは動けない俺に更に追い打ちをかけるようにショルダータックルを……。

「とりゃあ!」

 かまそうとした瞬間にアルレシアがスティさんの背中へと乗り込んだではないか。そして鎧の隙間に手を翳して魔法弾を放つ。

「甘いわね」

 それを予期していたスティさんはアルレシアが魔法弾を放った瞬間に光のバリアを展開して魔法弾を打消し、アルレシアを吹っ飛ばす。

「あだっ!」

 今更だが王族らしからぬ声を上げ、アルレシアは顔面から地面に落ちる。

「いちちちち……やっぱそう上手くは行かないか」

 鼻を強く打ったらしく赤く腫らしたアルレシアは涙目になりながらもスティさんに魔法弾をぶっ放しながら段々と距離を取っていく。その魔法弾は特に目を狙っており、光のバリアによってダメージは与えられていないが視界を邪魔する事には成功している。

 アルレシアの攻撃は光のバリアで打ち消しているスティさんだが、ノーダメージとは言え流石に視界を塞がれるのは鬱陶しいのかアルレシアへと向かって行く。

 思惑通りに事が進んだらしく、アルレシアはほくそ笑んだ。どうやら、スティさんを俺から離す為に敢えて俺から降りて攻撃を始めたみたいだ。

 だけどそれは、アルレシアにとってかなり不利なものになる。アルレシアの攻撃はスティさんに有効とは言い難い。最大威力の魔法弾を放ったとしても、鎧に多少の傷を残す程度で終わってしまうだろう。それだけの為に魔力を多く消費するのは得策でない事を彼女自身が分かっているので最大威力で魔法弾は放たないだろう。

 そして、アルレシアの走力ではスティさんに直ぐに追い付かれてしまう。現に呼吸を二つ置く間にスティさんはアルレシアの目の前まで移動しており、そのまま頭突きやら角で攻撃をしていく。

 アルレシアは魔法弾での攻撃をやめて回避にだけ集中する。それらをなるべく最小限の動きで、紙一重で躱していくけど、ここでもアルレシアの癖が出てしまい、避けられない攻撃が出て来る。

 アルレシアは相手の行動を見てから動く癖がある。それは単純に彼女が先を予測しないのと、動体視力や身体能力が結構いいので見てから動いてもあまり問題がないからだ。

 しかし、自分よりも癖が強い相手だったり、実力が上の相手にはその方法では避けきれない攻撃をされる可能性がある。

 実際、今スティさんがフェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出し、アルレシアはそれに反応してしまい、攻撃が掠っている。流石に直撃は貰っていないけど、確実にダメージが蓄積して行っている。

 何回かそのような攻撃が繰り返され、アルレシアの肌には裂傷が刻まれていく。避ける事に集中し過ぎて、息も上がってきている。このままではそのうち直撃を貰って行動不能になる危険がある。

 なんて思っていると、スティさんのフェイントにまんまとつられて動いてしまったアルレシアの胴体目掛けてスティさんは頭突きを繰り出したではないか。あれをもろに喰らったら、アルレシアの意識は途絶えるな。そうなると、俺一人でスティさんの相手をする事になり、勝ち目は潰えてしまう。

「今っ!」

 スティさんの頭突きが当たる寸前、アルレシアの身体は一瞬で搔き消える。スティさんは消えたアルレシアを追って俺の方へと首を巡らせる。アルレシアは、俺の背中に乗っていた。

 アルレシアはスティさんの攻撃が当たる直前に転移魔法を使って回避し、俺の背中に乗ったのだ。転移魔法は乱発する事が出来ず、現在のアルレシアの魔力量では一回が限度だ。アルレシアはいざという時に転移魔法を使えるだけの魔力を残すように注意をしていた。

 しかし、乱れ撃っていた魔法弾と今の転移魔法でアルレシアの魔力は殆どなくなってしまった。なので、魔法弾によるブーストは使えなくなったし、アルレシアの援護射撃も出来なくなった。

 状況としては悪い方へと傾いている。このままでは確実に俺達はスティさんに有効打を与える事も無く負けてしまうだろう。

 ……奥の手が無ければ、だけど。

 今の所奥の手はアルレシア以外は知らないから、魔法弾ブーストよりも初見での対処はされにくい筈だけど……。それでも奥の手を使うタイミングをしっかり考えないとな。

「悪いけど、あとは頼んだ」

「ブォウ」

 アルレシアが時間を稼いでくれた御蔭で動けるようになった俺は一鳴きすると、スティさんへと向き直って四肢に力を籠める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る