アルレシアの使命
外へと続く道半ばで佇んでいるスティさんの下へとやって来た俺。
俺が来た事は分かっている筈だけど、スティさんはこちらを向かずにずっと奥の方へと顔を向けている。
「……あ、えっと」
と、後ろからアルレシアの声が聞こえた。どうやら彼女もあの話を訊いた後に俺と同様にここに向かっていたらしい。
「何かしら?」
スティさんは振り向かずにここに来た用件を聞く。先程とは違って冷たく、そして重く響く声音ではなかった。何時もの調子……にしては何処か素っ気なさを感じる。
アルレシアは俺の横に立ち、言おうか言わないか迷いながらも、意を決して口にする。
「その……スティさんの昔の事、フォーイさんから訊いたんだけど……」
「……そう」
それだけで自分がここに来た経緯が話された事を悟ったスティさんは、深く息を吐き、天井を見上げる。
「大方、私の態度から話した方が良さそうって事で口を開いたのね。まぁ、咎めはしないわ。別に口止めしていた訳ではないし」
スティさんは俺達の方へと振り返り、弱々しい笑みを浮かべる。アルレシアはスティさんの表情を見て、切り出さない方がよかったと後悔しているのが見て取れる。
「気にしなくていいわ。もう終わってしまった事だもの。後悔はあるけど、もうどうにもならないわ」
「うぐっ」
その一言で余計にアルレシアはぐさりと心にダメージを負った。
ステイさんが俺をアルレシアと一緒に行かせない理由は、亡くなってしまった息子さんと姿が重なったからだ。
それに付随して、もう一つ理由がある。それが、アルレシアが受ける王族のしきたりだか試練だかと言う奴だ。
スティさんは相応の危険が待っていると言った。まるで俺を息子のように接してくれたスティさんは俺の身を案じて、その危険が降り掛からないようにとアルレシアと一緒に行く事を許可しなかったんだろう。
でも、その危険と言うのは一体何なのか?
「アルレシア、あなたはその子と一緒に行きたいのよね?」
スティさんは心にダメージを負ったアルレシアに改めて尋ねる。
「あぁ」
アルレシアは心のダメージを奥に引っ込めて、顔を引き締めながら頷き返す。
「なら、前もってあなたはその子に言っていたのかしら?」
「いや」
「約束を守って前もって言わずに、あの場でその子に一緒に行きたいと告げた訳ね」
「あぁ。守護獣以外には一緒に行こうとするもの以外に秘密だって言ったのはそっちだしな。で、もしあの時許可が下りてもきちんとオレの目的を話して、本人が嫌だと言えば諦めたさ」
やっぱり、か。その王族のしきたりだか試練の内容は意図して俺達に告げられなかった訳だ。それだけの秘密があって、尚且つ危険が伴うものとはどれだけのものだろうか?
そして、アルレシアはそんな危険を承知で行わなければいけないのか……。
「……いいわ、その子に目的を話しても。私が許可するわ」
「へ?」
軽く息を吐きながらのスティさんの言葉に、アルレシアは虚を突かれたように目をパチクリさせる。
「その子が知りたそうにしているし、あなたの目的を言ってもいいと言ったのよ。ここまで来たら言わない訳にはいけないでしょう。それを訊いた上で、その子が同行するかどうかはその子が決める事」
スティさんの許可が得られたので、居住まいを正したアルレシアは俺に彼女の目的を語り始める。
曰く、アルレシアの行っていた王族のしきたりだか試練というのは、正確には王族の責務ーー使命らしい。
その王族の使命と言うのは、魔神の封印だそうだ。
アルレシアの一族は、遥か昔に魔神を打ち倒し、身体をバラバラにして封印したらしい。ただし、恒久的な封印ではないらしく、定期的に弱まった封印を修復しなければならないとか。
その頻度は五十年に一度、王族の血を引く者の中で敵性を持つ者が世界の各地に眠る魔神の欠片が封印された地へと赴き、魔力を注いで封印の修復を行う。魔神の欠片が封じられた場所はそれこそ世界のあちこちで、あまりに近いと共鳴して封印を打ち破りかねなかったらしい。
なので、それぞれが共鳴しないように世界各地に点々と封じなければならなかったそうだ。
世界各地を行く封印修復の旅では当然、危険が伴う。野党に襲われたり、魔物に遭遇したり、紛争に巻き込まれたり。そして……悪魔と相対したり。
悪魔は魔神の復活を目論んでいる。当然、魔神の欠片が封印されている場所を探しているそうだ。幸いな事に、今の所封印されている場所は悪魔が近付けない場所にあったり、まだ悪魔に見付けられていなっかりしているので封印が意図的に解かれると言った事はないそうだ。
普通の旅よりも危険の伴うもの。それが、アルレシアが選ばれた王族としてこれから行わなければならないものだった。
だから、アルレシアはここでも鍛錬を積んでいたのか。少しでも、身に降りかかる火の粉を払いやすくする為に。少しでも、リスクを低くする為に。
「……で、あなたはどうしたいの? 一層の危険に身を置いてでも、アルレシアと共に外に行きたい?」
スティさんは俺の眼を真っ直ぐと見据えながら問い掛けてくる。
一層の危険を冒してでも外へ行きたいかと言われれば、それは否だ。ただでさえ魔力と言う他の皆が持っているものを持たないのだ。俺としても、リスクを軽減出来るならばそうした方がいい。なので、アルレシアと共に外へと行くのは得策ではない。
……そうだと頭で分かっていても、俺は首を横に振る事は出来ない。
その危険は当然アルレシアにも振り掛かってくるのだ。
この一年共に研鑽を積んだ仲間が危険に身を置くと知って、そのまま見送る事なんて出来ない。
外の世界の事を語ってくれて、外の世界に興味を持たせてくれた彼女が危険にさらされるのを見過ごす事なんて出来ない。
例え魔力が無くても、アルレシアよりは走力があるから、いざとなったら彼女を乗せて一目散に逃げる事が出来る。……まぁ、アルレシアは転移魔法が使えるけど、そう何度も使えないそうなので、そう言った事態に陥る可能性もなくはないだろう。
独りよりも、ふたりでなら危険を乗り越えられる可能性が高くなる。
そう思うと、俺は首を横に振る事なんて出来ない。
「……そう、あなたは優しいのね」
俺の意志が伝わったのか、スティさんは目を伏せて嘆息する。それはまるで最初から俺がそう言う選択をすると分かっていたかのようだった。
「いいわ。アルレシアと一緒に外に向かうのを許可するわ」
そして、スティさんは俺がアルレシアと共に行く事を許してくれた。
アルレシアはやや沈んだ面持ちだったが、スティさんの言葉で眼を開いてまるで花が開いたかのように表情をほころばせた。
「ただし。条件を満たせばの話よ」
ぴしゃりと、スティさんは目に力を込めながら俺とアルレシアにそう告げる。どうやら、ただでは許可してくれないみたいだ。
「私とあなた、それにアルレシアと一対二で模擬戦を行って、それで私に有効打と言える一撃を私に入れる事が出来れば、外へ行くのを許可するわ。魔法でもいいし、あなたの自慢の角で攻撃してもいい。何でもしていいわ。けど、もし私に有効打を与える事無く力尽きた場合は一緒に行く事を許可しない」
スティさんと、模擬戦だと。
俺とアルレシアとの二人がかりとは言え、スティさんを相手にするのはいささか荷が重い。何せ、スティさんはベルティーさんの次に強いんだ。以前の模擬戦でもスティさんと模擬戦をした事があるが、俺とアルレシアは掠り傷一つ負わせる事も出来ずに何度も負けた。
そんなスティさんに有効打を一撃与えるのが条件、か。これは厳しいな。
「私は本気の本気で行くから、あなたとアルレシアも、死にもの狂いで掛かって来なさい。模擬戦は二日後の正午に行うわ。それまで、あなた達は連係の練習をしたりしなさい」
そう言うと、スティさんは話は終わりとばかりに俺とアルレシアに背を向けて外へつ向かう方に視線を戻す。
俺とアルレシアは互いに顔を見合わせた後、スティさんに向こうに戻る旨をアルレシアが告げて俺達は箱庭の森へと戻る。
「……なぁ、オレに気を遣って無理しなくてもいいんだぞ?」
帰り道、スティさんからある程度離れるとアルレシアがやや遠慮がちに俺にそんな事を言ってくる。
「ブォウ」
俺は首を横に振り、無理はしていない事を彼女に伝える。言葉には出来ないけど、俺は自分の意思でアルレシアと一緒に行く事を決めたんだ。決して気を遣った訳でも、無理をした訳でもない。
「……ありがとな」
俺の意志が伝わり、アルレシアは目を細め、弱々しく微笑みながら俺の頭を撫でて礼を述べる。
「でも、一緒に行くにはスティさんに一撃入れる必要がある、かぁ。行けると思う?」
隣りを歩くアルレシアに、俺は首を横に振ってしまう。
「だよな。でも……一緒に行くには何が何でも当てないとな」
そう、アルレシアと一緒に外に出るには一撃有効打を与えないといけない。その為には各々が全力を出すのは当たり前としても、連携を少しでも上達させないといけないだろう。何せ、個々の技量では負けているのだ。少しでも勝率を上げる為には連携は必須とも言える。
「……一撃、頑張って入れようぜ」
「ブォウ」
アルレシアの決意に満ちた眼差しを受け、俺は強く頷く。
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