アルレシア

 と言うか、この少女が王族ねぇ。日本にいた時の記憶も含めて初めて生で見たよ。

 でも、王族ってもっとそれっぽい恰好しません? もっと煌びやかだったり、豪奢だったり、嫌に威圧しそうなものだったりさ。

 この子は明らかに王族って言うよりもハンターですって言った方が信じられる動きやすい格好をしている。王族ですって言われても首を傾げざるをえない。

 にしても、人間の王族がこんな所にまで一体何の用だろう? 守護獣の皆が排除しようとしてないから、敵ではないんだろうけど。と言うか、敵ならフォーイさんが魔法で傷を治さないか。

 で、ここにどうやって来たんだ? 外へと続く道を守っていたスイギさんが気付かなかったってどういう事? 魔法で透明になって抜き足差し足で進んできた? いや、でもそうなると吹っ飛んで来た理由が分からない。足元を取られて盛大に転んだ……にしてはやけに勢いがあったし。

 う~~~~ん、分からん。

「…………んにゅ?」

 首を捻って思考を巡らせていると、気絶していた少女がゆっくりと目を開けて変な声を漏らした。

 上体を起こし、胡坐をかいて眼を擦り、軽く伸びをする。

「ん~~、何かよく寝た気がすふぁう」

 鈴の音のような声を響かせ、少女は言葉の途中で大口を開けてあくびをかます。そんな大きな口を開けてあくびなんてしたら、その可愛い顔が台無しな気がする。

「……あー、えっと? オレ何やってたんだっけ?」

 と、今度は目を瞑って腕を組んで思案顔を浮かべる少女。つか、この娘俺っ子ですか。日本にいた頃はリアルで見た事は無かったぞ。あくまで空想上の存在かと思ってたけど、こうして本物が実在するのか。

「うーん、う~ん、何だったかな~?」

 どうやら、吹っ飛んできた衝撃で少し前の記憶も吹っ飛んでしまっているみたいだ。

 暫く少女は考え込んでいると、唐突に目を開けて手をぽんと叩いた。

「あー、そうだったそうだった。王族のしきたりだか試練だか何だかをこなさなきゃならないんだった」

 王族のしきたり? 試練? 一体何の事だ? と言うか、しきたりと試練じゃかなり意味合いが違う気がするんだけども?

「やはり、そう言った理由でここに訪れたのか」

 と、フォーイさん含め、守護獣は少女の呟きに対して全員納得顔をしている。俺とディアは全く分からずに首を傾げるばかりだ。

「ん? おぉ! 聖獣がこんなにいっぱいだと⁉」

 フォーイさんの言葉が耳に届いた少女は、俺達の姿を見ると驚きと興奮によりその翡翠色の眼を大きく開けて輝かせ始めた。頬もうっすらと赤味を帯び始めている。

「おー! おー‼ おぉー‼ 図鑑でしか見た事のないホワイトセラスにシャーマンゴリラ、ブライソン! それにディアールダにグリーネク! セイバーラビット! ダイヤモンドタートル! 他にも他にも! あと見た事のない竜っぽい奴までいるーっ‼ ここはオレにとっての楽園かーっ⁉」

 この少女、興奮し過ぎである。鼻息まで荒くし、目も何処となく血走っているし、マシンガントークばりの早口を紡ぎ、もう卒倒するんじゃないかって感じがする。どんだけ動物が好きなんだろうか? と言うか、聖獣が好きなんだろうか?

 実は、この箱庭の森は人間には聖獣の里と呼ばれているらしい。その理由は、人間にとって聖獣とカテゴリされる動物が多数この箱庭の森に生息しているから、だそうだ。

 しかし、多くの人間にはこの箱庭の森の場所は知られていない。ごく一握りの人間だけしか知らず、知っている者は影ながら箱庭の森を見付け出そうとする者の邪魔をしているとか何とか。

 なので、人がこの場所に来る事はほぼ有り得ない。ここに来る外敵は人間以外の生物だ。ワイバーンとか、魔狼とか、ファンタジー世界の定番の種族ゴブリンとかオークとか。

 人の手がつかず、そして守護獣によって守られるこの箱庭の森は、この少女が言った通り楽園かもしれない。

「……今回の王族も、何やら個性的だな」

「そうね」

 フォーイさんの苦笑交じりの言葉に、スティさんが同感とばかりに首肯している。

 と言うか、今回? 少女の口振りからもすこし予測は出来たけど、王族は以前にもこの箱庭の森に来た事があるらしい。だからフォーイさんはこの少女のイヤリングの宝石について知っていたのか、

 という事は、王族のしきたり? 試練とやらはこの箱庭の森で結構長い間続いているみたいだな。

「王族の娘よ、名は何と言う?」

「きゃぁぁあああああああああ! 喋ったぁぁああああああああああああ! …………げふん」

 フォーイさんが名を尋ねると喋った事に対して更なる興奮を覚えた少女だが、呼吸三回分置くと体裁を取り繕うようにわざとらしい咳払いをして居住まいを正し始める。

「お初にお目にかかります。私はサフィーナ国が王サイロン=ロア=テルデンシアの第一子アルレシアと申します」

 先程とは打って変わって背筋をぴんと伸ばして顔を引き締め、王族の気品を醸し出し、年不相応の荘厳な雰囲気が滲み出ている。さっきまでのとギャップがあり過ぎる。一人称もオレから私になっているし。まさに王族って感じの気配がびんびんと伝わってくる。

 ……まぁ、さっきの興奮して血走った姿を見てるから、何とも言えない気持ちにもなってるけどさ。

「アルレシアか。そう畏まらずともよい。ここにいる間ずっとその調子では気疲れするだろう。自分にとって一番楽な調子で接してもらって構わない」

「お心遣い感謝いたします。では、お言葉に甘えて……あー、やっぱ王族口調は疲れるわー」

 フォーイさんの言葉に少女――アルレシアは一礼して一言断ると一気にさっきの状態に戻った。うん、オンオフはっきりし過ぎである。

「さて、私はフォーイという。一応、ここでは最年長ではないが代表者という事になっている。して、アルレシアよ。ここへと来る前に一つ知らせを寄越すのが礼儀と言うものだが」

「あ、その事に付いてはすみません。実は、今日知らせをこちらに届けようとしたんですが、ちょっと誤ってオレも巻き込まれて来ちゃったもんで。あ、これ今更ですけど知らせです」

 ややきつい眼差しを向けたフォーイにアルレシアはやや乾いた笑みを浮かべ、ズボンのポケットから手紙を取り出して彼に渡す。何やら押印された蝋できちんと封がされている。

 フォーイは封を破って中を一読すると、何度か頷いて手紙を他の守護獣の面々へと見せていく。ただ、手が使えるのはフォーイだけなのでフォーイがわざわざ皆の前に持って行ってたけどね。

 そして、その手紙は俺とディアには回ってこなかった。

「さて……お前達は鍛錬に戻れ。安心しろ。明日にはお前達にも事の内容が知れるからな」

 と、フォーイさんは俺とディアをこの場から離れるように言ってきた。どうやら、俺達がいたら話の邪魔になるみたいだ。俺とディアはフォーイさんの言葉に従い、この場から離れる。

「一体何なんだろうな?」

 隣りを歩くディアの言葉に、首を横に振って俺も分からないと意思表示をする。

「だよなぁ。ま、明日には分かるってんだから別にいいか。……っし、じゃあ何時もの場所で組手でもしようぜ」

 俺達は気持ちを切り替えて、鍛錬の続きをする為に何時も組手で使用している開けた場所へと向かう為に駆け出す。

















 次の日。

「と、言う訳で。今日から新たにこの人間の子供――アルレシアも鍛錬に加わる事になった。皆、仲良くとまでは言わないまでも共に切磋琢磨するように」

「アルレシアだ。皆よろしくなー」

 早朝に全員集められ、フォーイさんからそんな説明がなされた。

 アルレシアは、満面の笑顔で俺達に手を振った。

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