人間の少女

 ここ最近のランニングでは胴回りや足首に重りを巻きつけられて否が応でも消費体力の増量と筋肉への負荷がきつくなっていた。

 それでも、これで鍛えられるのならどんと来いと言う心持ちで岩壁を沿いながら必死に足を動かす毎日を送っていた。

 今日も、重りを巻きつけてランニングに精を出していた。

 ランニングは俺以外にも何匹か走っており、その中で特に顔なじみなのは肩にごつい突起を生やした鹿のディアだ。彼は俺と同い年であり、同じように守護獣に鍛えて貰っている。魔法の才能もあるらしく、このまま順当に成長して行けば守護獣になれるとお墨付きをもらっている。

「おい、今日も勝負しようぜ。負けたら垂直跳び三十回な」

 隣りを走っていたディアがそんな誘いをしてきた。ディアとは同い年という事で、互いに競い合ってきた仲だ。俺がここまで鍛錬に身を置けたのは、一緒にディアが鍛えていたからだろう。

 競い合う相手がいると言うだけでも、鍛錬の効率は良くなる。無論、相性もあるが俺とディアの相性は悪くない。一緒に遊んだり、ふざけたりと、同年代の中では一番仲がいい。

 俺はディアの誘いに首肯する。

「よっし。じゃあ、何時も通り外へと続く道の前まで競争な。初めの合図はこれが地面に落ちた時な」

 俺達は一時的に立ち止まり、ディアが近くに落ちていた小石を咥え、それを上に放り投げた。

 小石が地面に落ちた瞬間、俺達は一気に駆け出した。

 駆け出したタイミングは同時だったが、ディアの方が前を行っていた。

 ディアにも重りがつけられているが、重量的には俺の重りの方が重い。しかし、それは体格差から来る差異だ。なので、互いに同程度の負荷がかかっているので条件としては対等だ。

 同条件でもこれだけの差があるのは、ディアの瞬発力が凄いからだ。そのしなやかなでありながらも強靭な筋肉から生み出されるパワーは並みの者ではない。事実、ディアの後ろ蹴りで岩が砕かれる程だ。ぶっちゃけ、ディアから蹴りは貰いたくない。……まぁ、模擬戦する時は嫌でも喰らうんですけどね。

 ただ、ディアの場合は持久力があまりない。なので、終盤になれば段々とスピードダウンしてくる。そこが狙い目だ。

 俺も勿論終盤になれば速度は落ちるけど、目に見える程落ちる事はない。ほぼ安定した速度を出しているので、最初は抜かされても次第に追い付いていき、抜かす事も出来る。

 なので、最大速度で負けるディア相手でも俺は勝てる見込みがあるんだ。

 俺はじっくり焦らず、自分のペースを保ってディアを追走した。

 段々とディアの走りが遅くなり、俺がどんどんと近付いて行った。

 しかし、このままのペースではゴールまでにぎりぎりで抜かせるか抜かせないかと言った感じだった。

 下手にペースを上げれば自滅する可能性もあったので、俺は自分自身を信じてそのままのペースを貫いた。

 ゴールまで残り僅かの時点でややディアが前に出る形で並走していた。

 行けるか? そう思った時、ゴールに指定していた道から何かが飛んで来たのだ。

 俺とディアは慌てて急ブレーキをかけ、何とか立ち止まって飛び出て来た何かを轢かなくて済んだ。

 一体何なんだ? と飛んできた何かを確認すれば、人間だったのだ。

 大体十代半ばくらいの女の子で、水色の髪を後ろで束ねた人形のような可愛らしい顔をしていた。耳には何やら綺麗な青い色をした宝石のイヤリングがつけてある。

 青い色をした宝石は線対称でもあり、点対称でもある綺麗な楕円形をしており、透かせば向こう側が綺麗に見える程の透明度を誇っている。

 服装はノースリーブのシャツに長ズボン、そしてブーツと動きやすい格好となっていてベルトにはポーチや短剣の収められたホルダーが取り付けられており、かなり汚れていた。

 それは単に飛び出た際にごろごろと転んだ際に付着した土や木の葉だけじゃなく、血もついていた。

 よくよく見れば、少女には裂傷が見られた。恐らく、転がった際に木の枝に肌を引っ掛けてしまったんだろう。幸いなのは、その傷が深くない事か。

「お、おい、どうするよ?」

 ディアは初めて見た人間に驚きと怖れを抱きつつ、俺に尋ねてきた。

 俺としては助けたいと思ったが、何分吹っ飛んで来たのが外へと続く道からだ。少女を吹っ飛ばしたのは彼女を外敵と認識した守護獣の可能性もあったので、まずは道にいる守護獣へと確認を取ろうという事にした。

 ディアが守護獣を呼びに行く間に俺は少し遠くから少女を見守っていた。

「人間が来たってのはマジなんだろうな?」

「本当ですって! と言うか、スイギさんが吹っ飛ばしたんじゃないんですか?」

 ディアは道の奥にいた守護獣――黒牛のスイギさんを連れてきた。

「吹っ飛ばしたんならんな事言わねぇよ。っと、こりゃ本当に人間だな……」

 スイギさんは倒れている少女を見ると、やや目を細めた。

「……まさか、いや、そうだとすると……」

 何やらスイギさんは独りでぶつぶと呟き始めた。俺とディアは分からずスイギさんと少女を交互に見て首を傾げた。

「……おい、ベルティー以外の守護獣の奴等全員をここに呼んで来い」

「え?」

「早くしろ」

「っ! は、はいっ!」

 俺とディアは言われるがまま、重しを外して駆け出し、ベルティーさん以外の守護獣に声をかけ、人間が来たので外に続く道の方まで来て下さいと伝えた。

 そして、ベルティーさん以外の守護獣が全員揃い、今に至る。

「……やはり、か」

 少女に回復の魔法をかけていたフォーイさんが、何やら深刻な面持ちでそんな事を漏らす。

「あの、やはりって何がですか?」

 気になったのか、おずおずとディアがフォーイさんへと尋ねる。

「うむ、実はな」

 フォーイさんは難しい顔をしたまま、少女のイヤリングを指差す。

「この人間の子供の耳に付いている宝石は特殊な波動を出していてな。その波動は身に着けている者の魔力を増幅させ、更に魔力操作をしやすくさせるものだ。しかし、人間にとってはそれ以上に重要な意味を持っている」

「というと?」

「うむ……それはな」

 フォーイさんは少し溜めて、難しい顔を作り少女を一瞥する。

「この宝石を身に着ける事が許されるのはとある長の一族……人間でいう所の王族だけなのだ」

 俺とディアは目が点になった。

「……つまり?」

「つまり、この人間の子供はとある王族の一人なのだ」

 点になった目のまま、俺達は少女へと視線を向ける。

 この子が人間の王族?

 やべぇ、面倒事の予感しかしなんですけど。

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