第9話 予兆

 ウイルスはいつ、どこからやってくるのかは分からない。だから万が一のために、準備を備えておく。これが今俺が務めている仕事の1ステップである。基礎だ。

 働くことへの躊躇はすっかり忘れていた。自分自身、成長しているはずだ。

 そこで俺は、かつて太一がデスブレイカーに人は変われることを証明するために俺をこの組織へ呼んだことを思い出した。

 デスブレイカーとやらはいつ現れるのだろうか。実際ではもちろんのこと、画像や動画でも見たことが無い。愚弄な人間、デスブレイカー…。

 俺は小さな棚にたくさんの資料が入っているところを見つけた。その端っこに、目立つ色のファイルを見つけた。

 例の赤いファイルである。

 あの日以来、このファイルには誰も触れていなかった。11人の情報が載せられていることに変化はなかった。

「(山田たち、生きているってどんな仕事に務めていたのかな。昔はヤンキーっぽかったけど。)」

 山田たちの顔写真を静かに見つめた。

「おい!俊太!ご飯にしようぜ!」

 太一に呼ばれたことに気づいて赤いファイルを元のところへ戻した。


 * * *


『今日は猛暑日です!外は一段と暑くなっております!外出の際は帽子を着用するなどして、健康管理にご気をつけください!』

 食事中にTVから流れ出したニュース。家に引き篭もっていたときと比べて、TVを見ることが頻繁になった。


「昔の人って頑張ったよねー。人工衛星を作って宇宙に送るだなんて、私だったら途中でだらーんってなってやめているんだろうなー。」

 TVを見ながら感心するようにしゃべり始めたのは菫だった。

「菫は何か熱中できたりする趣味でもないのかしら?」

「そういう、つばなっちゃんは何かないのかなー?」

「私は、読書とか、裁縫は趣味のうちですよ。」

「えー。普通。個人用PCにはBLの画像とかたくさんありそうなのに。」

「こっ、こら菫!てっ、適当なこと言わないの!疑われるでしょう!?」

「この反応は…ますます怪しいですわね。」

「蓮ものらないで!私、ほ、本当にそんな、BL好きだなんて、ぜっ、絶対ないです!」

「まぁ、私にはカップラーメンコレクトというちゃんと趣味がありますし♪」

「蓮の趣味はちゃんとしているのかは分からないけど、何もない菫よりかはマシね。」

「菫にも趣味はあるもーん!料理とか!!」

『菫が料理をしているところを見たことがありませんね。』

「うわーっ!2人ともひどいよー!!」


 こんな女供3人の会話を耳にしている男供3人、俺はともかく、2人はどんな気分でこのカレーを食べているのだろうか…。

 すると、太一が俺だけに聞こえる程度の声の大きさでこう言ってきた。


「芽花ちゃんは、BL好きらしいぜ。」

「ブフッッ!!」


 あっぶねえぇカレー吹き出すところだった。危うくカレー○ンマンになりそうだった。

 だから俺も小声に言い返した。

「突然何を言ってやがる!」

「僕と俊太でイチャイチャしたら芽花からの好感度UPかもしれないぜ?」


 いや、やらねーよ!!と言わんばかりの顔で否定を表現した。

 好感度上がることはいいことだけどさ、BL好きなところを活かして好感度あげるってなんかすげえ嫌。純粋に嫌なんですけど。

 以前として女供3人は楽しそうに話している。気づかれてはいないようだ。


「俊太さん、太一さん。お2人は一体さっきから何を話しているのですか?」

 空気を読んだのか、真も小声で話に参加してきた。

「なぁ、真ぉ。お前さ、女子からの好感度をあげるためならさ、男ともイチャイチャするよな?」

「…。はい?」

 しねぇよ!!

 これは戸惑うしかないよね、うん!

 初耳の人からすると矛盾を感じざるをえない。なんで女とイチャイチャするために男とイチャイチャするんだよ!

 女好きなのかホモなのかさっぱりだな!!

 まぁ、ラブコメが始まるのはいいことなんだけどね。

 そんな楽しい会話をしながら、食事を終えた。


 * * *


 今日もPWの組織内は町に異常がないか動き続けている。

 突如、仕事中の6人と、その部屋に赤い光が射しこまれる。

 赤いランプが点滅しだしたと同時に、メインモニターから音声が流れ出た。

『緊急事態。中学校敷地内にウイルスの発生を確認。』

 6人の視線が自然と合った。

『緊急事態。ウイルスの数、非常に多め。強化済ウイルスの存在を確認。』

 モニターから加えて音声が流れ出た。

6人の視線は一つのモニターに集まった。ウイルスがいることを示す赤い点が広がっていた。

「た、太一。ウイルスの数って、この前はこんなに多かった・・・・?」

 太一は無言で首を横にふった。

「太一さん。このウイルスの拡散の仕方は・・・・奴が現れたときとどこか似ていませんか。」

 俺は瞬時にその「奴」という代名詞の中身を把握した。

「僕もそんな気がしてた。菫、蓮、芽花。お前らも僕たちについて来てくれ。今日は長い戦いになりそうな予感がするんだ。」

 やがて、6人の瞳は紅に染まった。


『データフライング、スタート。』


 * * *


 日が照っている。俺たちの体を溶けさせてしまうぐらいだ。熱く降り注ぐ光の中に、風が吹く。

 地に足をつけたときには、すでに悲劇は始まっていた。

 外にいても聞こえてくる、校内からの悲鳴。

「きゃあああぁぁぁっっ!!」

「にっ、逃げろ!!」

 散っていく嘆き。

「近づくんじゃねえよ!・・・!こっちへ来るなあぁぁああ!!!」

 そして、かすかに聞こえる、ウイルスの威嚇音。

「ジギギギギ・・・」

 校舎はだいぶ大きな建物だった。6人は2人3組に分かれて行動することになった。太一と菫。真と蓮。そして、俺と芽花。

 この戦いは、今の俺にとって最愛なる人を守ることを意味するものでもあったらしい。

「芽花、この戦い負けられないからな。」

…『スナイパーコマンド』

 俺はスナイパーを手にとった。それは俺の得意武器だからだ。その姿は、かつて連勝を積み重ねてきた、オンラインFPSの俺のようだ。

「分かってるわよそれぐらい。いつでも負けていられないわ。困ったときはお互い様よ」

…『デュアルガンコマンド』

 二丁拳銃を装備した芽花。

 俺と芽花は校舎内に入り、廊下で足をとめた。俺は叫んだ。

「でてこい、ウイルス供!俺らが相手してやるぜ!!」

 すると、教室から、餌を見つけたような顔をして現れた…。数多なるウイルス。

「かかってきなさい!勝負よ!」

 刹那、銃声がなり始めた。

 続々と襲いかかってくる奴らを迎え撃つ。生徒たちを1mmたりとも傷つけないように倒していく。そして、四角のデータに分解されていく。

「みんな!今のうちに逃げて!」

 そういう呼びかけると、生徒たちは外へ逃げ始めた。その生徒の中から聞こえた。

「ふっちゃんが…!ふっちゃんがいないよ!」

「私、さっきふっちゃんがっ…!だんだんと消えていくの見た…!!うぅ…っ!」

「お、おいお前ら!は、早く逃げるぞ!」

「でっ、でも、私さっき…見ちゃったんだもの…!!」

「いいから早くっ…!俺様だってこええぇんだよ!早く逃げるぞ!!」

 どうやらすでに数名、消えてしまったようだ。

「芽花!被害を最小限に抑えるぞ!」

「分かったわ!」

 俺たちは撃ち続けた。


 * * *


 20分は経過しただろうか。周りには恐怖で動けなくなっている生徒もいるが、生徒のほとんどは外へ避難したはずだ。しかし、俺たちの手は忙しく、武器を手放すことはなかった。


 すると突然、通常より防御が強化されているウイルスが、ドスンドスンと重いを足を動かしながら近づいてきた。

 俺はいつものようにヘッドショットを狙った。だが、


 ヴァンッ・・・という、低音とともに弾は弾かれた。


「なんだあいつ!まったく効かねぇぞ!!」

「私の銃も効かないわ!」


 撃ち出された弾は、奴のアーマーで弾かれる。それでも撃ち続けた。

 ドスンドスンの足音が確実に近くなってきている。距離、約10m。

「あいつ全然データ分解されてくれないぞ!くそっ…!弱点はないのか!?」

「調べようにも近づけないわ!」


 そんなとき、左側から突然何かが飛び込んできた。そして、奴にぶつかっていった。いや、殴りにいった。


「こういうやつには、物理攻撃が効くのよ!てやあああぁ!!」


 ガギイイイィィンンッ!


 …。バタッと倒れる音。のちに、データ分解されていった。

『菫!』

「へっへーん。一応、私を甘く見ちゃあ困るよ。私だって戦えるんだから!」

 得意気な顔で応えてきた。

「みんな!怪我はないか?」

「するわけないだろ?太一もしてないよな?」

「あたりまえだ。」

 ここで太一と菫、俺と芽花が合流した。4人の息は上がっていた。さすがにこんなに戦っていればそうならない訳がない。

「太一、これって、もうすでに削除された生徒ってどれぐらいいるのかな…。」

「バカ。仕事中にそんな言葉は認めてない。今は護ることに専念しろ。」

 顔は真剣そのものだった。

「芽花、蓮たちと連絡をとっておいてくれないか。」

「分かったわ。」

 太一の命令に従い、通話を開始する芽花。

「蓮?今そっちはどうかしら?」

「えぇ、やっと一段落ついてきたって感じですわ。それにしても、今回の戦いは長期戦すぎませんか?嫌な予感がしますわ。」

 そう感じていたのは俺だけじゃなかったようだ。すると、通話の向こう側から真の声も聞こえた。

「太一さんもいらっしゃるのですか。それはとりあえず無事でよかったです。真も蓮も特に怪我をしておりません。中々手強い相手でしたが…。」

「それで充分だ。」

 6人の生存を確認したところで、校内に白と黒混じりの服装をした集団…警察が到着していた。

 鳴り響くサイレンの音。続いてメガホンから警察の人の声がした。

「校舎の中にいる人はすぐにその場から離れてください!」

「しまった!警察の野郎だ!なんでこんなときに限って…。」

 太一が嘆く。しかし、俺たちはもっと早く気づくべきだった。あいつらの存在に。

 警察の傍に、胸に『Port』の刺繍が入った制服を着ているやつらがいた。


「PWの6人もそこにいるのは分かっている!お前らは動かずにそこでじっとしておけ!すぐにこちらの者がそっちへ向かう!」


「う、嘘だろ…。Portの奴らもいるぞ!タイミングが悪過ぎる!」


 太一がまた嘆いた。

 それに追い討ちをかけるかのように、教室の窓から『黒い光』が差しこんできた。それは暑さなど、お構いなく突き進んでくるように。

 ピカッ・・・

「たっ、太一!なんだ今のは!?」

「この黒い光…。忘れないぞ…。デスブレイカー…ッ!!」

 現れた。太一にとって二度目の対面となるデスブレイカー。

「僕、そのあだ名認めてないし、結構嫌いなんだけど。」

 高校生の少年のような声をしている。校庭の真ん中に立っていて距離があるというのに聞こえてくる、冷酷な声だ。

 過去に聞いた話、デスブレイカーは通話にいとも簡単に入ってくるようだ。


「お前自身が正体を現れるだなんて珍しいな。それになんだ、あの強化済ウイルスとやらは。」

「もう期限は今日なんだよ…。今日までなんだよ…。今日、やるしかないんだよ…。」

「なんだ?例のことを証明することか?」

「あぁ、そういえばそんな話もしましたね。期限とは別の話ですが。」

 意味深な発言を続けるデスブレイカー。

「芽花、デスブレイカーの本当の目的を知ってるか?」

 気になったので小声で聞いてみた。

「いえ、私にもそれは分かりませんわ。」

 知っている人物は誰もいないと推測した。


 そんな推測をしたところで太一の顔がふと目に入った。彼は、赤くなった頬に涙を

流していた。すると、口を開いた。



「お母さんを…返せっ…!僕の唯一の育て親…お母さんを返せえええぇぇっ…!!」



 荒げた声が校舎内に響いた。

「お母さん…太一、それってどういうことなんだ…?」

「俊太さん…やはりあの時に、このことも話すべきでしたね。」

 『あの時』という言葉を聞いて相当する過去をサーチングし始めた。検索結果、ヒットした。

 晩に真が太一の過去について教えてくれた時だ。


「いいよ、真。僕、本人が直々に教えてあげる。俊太、よく聞いておいて。僕のお母さんは…こいつの…こいつのせいで削除されたんだよっ…!!!」


 歯を噛み締めながら、目から涙を流しながら太一はそう教えてくれた。太一はデスブレイカーを指差していた。

「だから僕は決心したんだ。人々を護る組織をつくって、お母さんを取り戻してみせるって…。」

 PWという組織がつくられた理由が今になって分かった。

 菫、蓮、芽花の3人はそのことはもうすでに知っていたようだ。うつむいていた。


「僕から言わせてもらうと、あなたたちの方こそ迷惑なんですよ。僕の本当の目的も知らないくせに…。」


「本当の目的…?僕のお母さんを消しておいてそのセリフはなんだあああぁぁぁぁ!」


 再び、太一の荒げた声が校舎内に響いた。

「僕の本当の目的…それはここの町みんなをデータ化して…」

「いたぞ!!PWのやつらだ!!捕まえろ!」

 デスブレイカーが話している途中に廊下の向こう側から声が聞こえた。Portの奴らが俺たちを捕まえにきた。


「太一!ここは一回落ち着け!みんな!校庭へデータフライングだ!」

「しゅ、俊太!それは一般人に見られたらダメなものですわ…。」

「そうよ!特にPortの奴らに見られたら…」

 蓮と芽花が発した。

「…。ここはいったん移動するぞ!」

 周りを察した太一が命令を下した。そうして6人は校庭に移動した。

 

 シュンッ


「なっ、なんだ今のは!?一瞬で消えたぞ!!」

 Portのやつらの嘆きが少しだけ聞こえた。ざまあみろ。

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