もやもや:卒業式の練習
全校児童三十人の離島の小学校では、卒業式の重さが、よその学校とは違う。卒業生も在校生も、もちろんあたしたち教職員も、一人ひとりがきちんと役割を担わなきゃ、式典が回らない。
今年の卒業生は二人。運動神経抜群な上に頭も切れる最強のガキ大将、ユウマくん。超小学生級に賢くてリーダーシップもある児童会長、サホリちゃん。
うちの学校を引っ張ってくれてる二人が、揃っていなくなっちゃうんだ。来年からどうなるんだろうって、職員室ではときどき話題になる。今の五年生たちは、六年生二人の陰に隠れておとなしい感じだ。
「タカハシ先生のクラスのリホやショウマが張り切るっちゃなかですか?」
というのが、マツモト先生を含む教職員一同の見解。確かに、リホちゃんはしっかり者で、ませてて仕切り屋なところもあるけど、面倒見は抜群にいい。ショウマくんは、六年生のユウマくんの弟で、マツモト先生いわく運動神経は兄よりいいらしい。
来年も、あたしがこの子たちの担任なのかな? この学校では、持ち上がりのケースが多いらしいんだけどね。
でもね、そもそも、それ以前の問題が一つ。やっぱりきちんとした答えの形が見えないまま、あたしの胸の中でもやもやしてて。
マツモト先生とのこと。
もし結婚するなら、あたしたちは同じ学校にいられない。だから結婚を選ぶと、どっちかが島の外の学校に転勤するか、二人とも転勤するか、あたしが先生という仕事を辞めるか、っていう三択になる。いや、転勤希望とかの関係で、ひょっとしたら、あたしが辞める以外の選択肢はないかもしれない。
正直言って、結婚なんて、実感がない。付き合い始めて半年。でも、カップルっていうより、仕事の先輩後輩としての時間の過ごし方をしてる。こんな状態なのに、いきなり結婚?
ただ、あたしのまわりの女の先生は、年度末に合わせて入籍した人ばっかりなんだ。呼び名が変わるから、年度の切れ目を狙うほうがいい。すっごく事務的な理由だけど、教員の仕事って、そんなもんだよ。あたしにも、だんだんわかってきた。
子どもたちや保護者さんに混乱を起こさないこと。それがいちばん大事。自分たちの事情は二の次。勢いで押し通せば、なるようになるから。
だから、あたしは、もやもやを晴らせずにいる。あたしとマツモト先生が付き合ってることは、島じゅうの人が知ってる。いつ結婚するのー、って訊かれることもある。子どもたちは、「好き」のゴールが「結婚」だと信じてるから。おとぎ話は、たいていそうでしょ?
恋人同士っていう状況は、曖昧で宙ぶらりんで、子どもたちの混乱を招くと思う。夫婦じゃないのに一緒にいるってのは、保護者さんたちから評判悪い気もする。
でも、年度末って、あと三週間しかないよ? 三週間以内に、あたし、覚悟しなきゃいけない?
卒業式の練習が、毎日一時間、入ってる。今日はあれをやって明日はこれをやって、っていうスケジュール表を見ながら、あたしの頭はとっ散らかってる。卒業式まではあと二週間を切ってて、年度末までは三週間。
リホちゃんが、あたしのため息を聞きつけたらしい。ひそひそ声で訊いてきた。
「タカハシ先生、どげんしたと?」
「ん、何でもないよ」
「忙しかと?」
「そうだね。でも、卒業式に向けて、みんな忙しいよね」
もうすぐ四時間目が始まる。体育館で卒業式の練習をするんだ。今日の練習内容は「呼びかけ」。
呼びかけは、卒業生へのメッセージだ。在校生全員がワンフレーズずつ受け持って、メッセージを完成させる。送辞の代わりってとこかな。
ただし、紙に書かれたものを読み上げるんじゃなくて、全員きちんと暗記。自分が言うべきフレーズはもちろん、タイミングも。全員で声を合わせるフレーズもあるから、通しで覚えなきゃいけない。
メッセージ自体も、ある程度の雛形はあるんだけど、細かい部分は在校生がアイディアを出し合って決めた。特に中心になって言葉を挙げたのは、うちのクラスのリホちゃんとサリナちゃんだった。二人とも、言葉選びのセンスがいいんだ。リズム感とか、発音しやすさとか、考えることができる。
リホちゃんは、呼びかけの台本をくるくる丸めた。
「やだなー、五年生になるの」
「どうして?」
「算数、難しくなるとでしょ?」
「まあ、ちょっとね」
リホちゃんが膨れっ面をしたとき、チャイムが鳴った。体育館のあちこちに散っていた子どもたちは、わぁっと声をあげて、ステージ前に整列する。一年生から五年生までの全員が集まってる。六年生の二人がいないだけで、なんだか頼りなく見えちゃう。それに、マツモト先生もいないし。
ああそっか、って気付いた。あたし、マツモト先生に頼りっきりだな、って。
学生時代は、両想いになったら、校内でも校外でも一緒にいられた。大人になった今、あれこれ制約がかかってて、やっぱきつい。
……ダメじゃん。ボーっとしてる。卒業式の練習に集中しなきゃ。
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