お庭のこと

 うちの庭は、猫の額ほどしかありません。とはいえ、一度に何匹も猫が居座れるので、あれよりは広いといえるでしょう。四坪・・・・・・前や横の庭と合わせれば、五坪くらいでしょうか。

 南側の裏庭が一番広く、西側にやっと人が通れるくらいの通路、北側が前庭でこっちも通路程度です。ここにはサザンカの垣根があります。東側は駐車場で、裏庭とはサザンカの垣根で仕切られています。金属性のちいさなドアもついています。

 そして、裏庭の向こう側、まあつまり、家の裏側は、小さな工場です。西側には同じような家が建っていて、東側は、病院の裏手になります。工場の横に狭い路地がありますが、実質、ここは袋小路の一番奥に当たるのです。

 十年ほど前まで、東側は空き地と畑でした。どちらにしても滅多に人間が入ってくる場所ではないので、引っ越してきた頃から、猫の姿はよく見かけました。

 隣の畑の納屋で、子猫が生まれたこともありますし、引っ越した次の日には、黒い子猫が訪ねてきて、ぼくを新しい家族にしませんか、と申し込んだこともありました。残念ながら、そのときは、小鳥を飼うことに決まっていたので、おうちに入れてあげることはできませんでしたが、おそらく彼が、最初の猫だと思います。

 小鳥を飼うようになって、彼らを日光浴させていると、猫がちょくちょく遊びに来ました。見に来ただけだよ、なんて言っていましたが、小鳥の方は大騒ぎです。

 その上、小鳥の餌の残りを庭にまくと、雀がたくさんやってきます。なにしろ、あたりは田んぼばかりですから。すると、さらに散歩コースにうちの庭を追加する猫が増えたのでした。

 しばらくして、うちでは、犬を飼うことになりました。白とゴールドのシーズー犬です。彼は、人間に吠えることは滅多にありませんでしたが、小鳥たちのパトロール犬としては、優秀に働きました。

 彼らがきいきいぴいぴいと叫び始めると、よしきた猫がきた!とばかりに窓辺に走りより、阿呆みたいに吠えまくります。猫にしてみれば、小さい犬が家の中でぎゃんぎゃん吠えたところで、痛くもかゆくもないのですが、さすがにうるさくて厚かましいので、ある程度で帰っていきます。犬は自分の働きにたいそう満足していました。


 いろいろなことが猫にとって変わったのは、ついに、うちにも猫がやってきたことです。元々、猫が大好きで、小さい頃から猫を飼うことを夢見てきたわたしは、ついに親の許可を得て、灰色のしましまの子猫を飼うことになりました。

 小鳥ですか?

 彼らの部屋は隔絶されることになりました。とにかく、小鳥がいる部屋に猫を入れさえしなければ、共存は可能だという結論に至ったからです。

 そうなると、庭の猫の待遇も、ちょっと変わってきます。うちの猫の友達という地位を得たからです。このころ、よく通ってきていたのは、おおきなシャムと、まだ子猫のブチでした。


 シャムのひと(と呼ばれていた)は、シャム特有のつんとすました感じで、塀の上を歩いてきます。リビングの窓の前、うちの猫、すずが見ているところまで来ると、これ見よがしにゆっくり座ります。

 すずは、まだまだ子猫ですから、遊んでほしいのですが、彼がいくらにゃあにゃあやったところで、シャムのひとは、無視です。あなたのことなんて、何とも思っていませんよ、とアピールして、すずが必死で騒ぐのを片目で見ています。そして、ある程度、すずの行為に満足すると、帰っていくのでした。


 その一方で、おそらく年の近かったブチのひとは、すずの大事な友達になりました。すずを外に出すことはしていなかったので、直接遊ぶことはありませんでしたが、しょっちゅう、二人で窓越しに戦っていました。

 あるときには、盛り上がるあまり、すずが窓と網戸の隙間に入ってしまったことがあります。

 あれはあまりに哀れで滑稽で、今思い出しても笑えます。縦にーー四本の脚を窓の中心に向けて、じたばたもがいていたんですから。

 猫のことなので、それは一瞬のことで、わたしが助けるまもなく、すぐに出てきてしまったのですが。


 ところが、すずはあまり体が丈夫ではありませんでした。四歳の冬、病気が悪化して、とうとう亡くなってしまいました。

 一番悲しんだのは、うちの犬でした。しばらくは、わたしや父の帰る時間がちょっと遅れただけで、もう死んでしまって帰ってこないんだ、と落ち込んでいたといいます。

 そして、ブチのひとにとっても、悲しいお別れでした。すずの少し残っていたご飯は、お庭にお裾分けすることになりました。ブチのひとは、お母さんのいる猫だったので、あまりたくさんは食べませんでしたが、お愛想に少しだけ口を付けて帰りました。

 以来、彼はきちんと猫生を全うしたようです。おじいさん猫になるまで、お昼寝はうちの庭でした。朝、日が高くなるころ、のそのそやってきて、好きなところに寝そべります。

 若いときには、すずと戦い、小鳥たちの窓に飛びかかって、オカメインコにブチ猫をトラウマにさせた過去を持っていましたが、晩年はゆったりと落ち着いた猫になりました。もちろん、オカメインコになんて目もくれません。

 お昼ご飯の時間になると、きっちりいなくなります。そして、しばらくして庭に戻ってきてまた寝ます。晩ご飯の時間が来る頃に、どうやらおうちに帰っていくようでした。


 そして、うちの家にもあたらしい猫がやってきます。生まれて二週間の焦げ茶のしましま、つくしです。お庭も、新しい時代を迎えようとしていました。

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猫々記録 @fw_no104

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