第125話 タイムリミット その9
この初めて見る攻撃に、コウは当然ながら全く対処が出来ないでいた。そのために体の動きが完全に固定化されてしまう。身動きが取れない状態のこの敵を見てチャンスだと判断したモモは、すぐにソラに要望を伝える。
「そのまま動きを止めていてっ!」
「えっ?分かった!」
爆弾を探しに行ったはずの彼女が引き返して来た事に多少の疑問は抱きつつ、彼はすぐにそのリクエストに応え、赤スーツの動きをサイキックパワーで拘束する。形勢が逆転してからは攻撃を受けっぱなしだったコウも、爆弾探索班が引き返してきた事に大きな疑問を覚えていた。
「お前ら、爆弾探しはあきらめたんか!」
「あきらめてないからここに来たんだよっ!リーダー!」
「行くぞっ!」
現場に戻るまでにしっかり俺達は打ち合わせをしていた。なので、このモモの呼びかけを聞いた時点で俺はすぐに姿勢を低くして作戦を実行する。
「瞬撃!無空牙!」
「がああっ!」
姿勢を低くしてセンサー感度とイメトレを合わせ、俺は必殺の超ダッシュモードで動きの止まった赤スーツから大事なアイテムをかすめ取る。全く動く気配のない敵からお目当てのブツを回収するのは実に楽なミッションだった。
超高速でただすれ違うように仕事をこなした俺の手には、片手にすっぽりと収まる大きさの超小型高性能爆弾が握られていた。作戦成功だ!
とは言え、作戦が成功するまでは半信半疑なところもあった俺は、自分の手に収まった爆弾本体を見て改めて現実を再認識する。
「本当にスーツの中に爆弾が……」
「街中を探しても見つからない訳ね」
俺は爆弾をモモに渡し、それから改めて今までの事を振り返る。それからしばらくして、背後から何かに気付いたらしいソラの声が響いた。
「お、おいっ!」
その声を聞いてすぐ辺りを見渡して、何故彼が叫んだのかを理解する。さっきまで同じ場所にいたはずのもう1人の敵の姿が消え去っていたのだ。
「あっ、結界が……」
「クソ、ゾルグに逃げられた……」
逃げ出さないように閉じ込めていたはずの結界がいつの間にか破られていて、中にいたはずの怪人の姿はもうどこにもなかったのだ。
スーツ同士の戦いに夢中になっていた俺達は、その間ゾルグの事を全く見ていなかったため、どう言う経緯でヤツが脱出したのか誰も知らない。これは痛恨のミスだ。
ただ、優先順位から言えば、今はもっと大事な事がある。すぐに俺は悔しがるソラにそれを伝えた。
「ヤツはまた現れた時に倒せばいい。今はこの爆弾の解析を……」
「終わったよ。もう爆弾は起動しない」
俺達が消えたゾルグに対して話していたその僅かな時間の間に、モモは街ひとつを破壊する爆弾を呆気なく解体してしまっていた。それはスーツの力を最大限に活用したからこその芸当ではあるのだろうけど、このとんでもない手際の良さに敵であるコウですら感心する。
「ヒュー。流石は、天才ねーちゃんや……」
「ありがと。それと、あなたの身柄、拘束させてもらうから」
「ま、しゃーないわ……」
力の差が歴然とした時点で、赤スーツはもう反撃する気力を失っていたらしい。モモによって無抵抗で拘束具を付けられ、こうしてこの事件は俺達の勝利で幕を閉じた。事の顛末を見届けたソラは、またいつものように後片付けも手伝わずに速攻で現場を離脱する。
「よし、終わったな。じゃあ俺は帰るわ」
「おつかれさーん」
もうこのソラの行動もお馴染みのものだったので、俺は軽く彼に挨拶を交わして手を振った。遠ざかる自動操縦バイクを見送った後、俺はおもむろに振り返り、拘束したセルレイスのスーツ男と向き合った。
「でも、セルレイスって組織は怖いな。貴重なスーツ適合者を簡単に捨てようとするだなんて……」
「組織は人材の宝庫やからな。俺なんて下っ端も下っ端。当然の役割やわ」
「同情するよ」
「ふん、哀れみなんぞいらんわ……」
コウはそう言ってぷいと顔をそらす。今後ヤツは警察に引き渡される訳だが、きっと何も話さない事だろう。そもそも重要な事は何ひとつ知らされていないに違いない。実質的に消される対象だったのだから、今後の待遇がどうであれ、きっと今よりもマシな生活が待っているはずだ。
俺が間接的にひとつの命を救ったのだと自分を納得させていたところで、久しぶりの顔が近付いてくるのが分かった。
「あ、警部、こっちです!」
「おお、お手柄じゃないか。後は任せてくれ」
「じゃあ任せましたよ。それじゃ」
多少の会話と引き継ぎ事項を説明して、後の事は警部達に全てを任し、俺達も基地に戻る。ヘリは俺が降りた後に自動的に基地に戻ったので、帰りはモモの自動操縦カーに同乗した。
基地に着いた俺達が報告のために司令室に立ち寄ると、目をキラキラと輝かせた所長が分厚い書類を持って俺のもとにやって来る。
「お疲れ~。じゃあ足りなかった説明を今からじっくりとしてあげるね~」
「ちょ、何ですかその分厚いマニュアル……」
そう、彼女が抱えていた分厚い紙の束はお手製のスーツマニュアルだったのだ。すぐにその書類の正体を見抜いた俺に、所長はニコッと悪魔のような微笑みを浮かべる。
「そろそろユキオくんにも詳しいスーツ理論から知ってもらおうと張り切りました!」
「俺は必要な事だけ分かっていればいいですから~!」
俺は隙あらば高度な理論を振りかざそうとするこの悪魔の科学者の追撃を逃れようと、指令室内を必死に逃げ回った。そのやり取りを、モモは何故か微笑ましそうに見つめている。この状況、彼女には一体どう言う風に見えているんだろう。
「ふふ、相変わらず仲良しですね」
「モモ、傍観していないで何とかしてくれ~」
結局俺は所長に捕まってスーツの基礎的な話から現段階の進化状況までみっちりみっちりと説明を受ける事に――。難しい話がメインなので当然のように聞いた先から忘れていくんだけど、所長は説明する事自体が目的のようで、俺の理解についてはお構いなし。
こうしてそのまま8時間、訳の分からない話を聞かされて、ようやく俺は開放される。ずうっと同じ調子で聞かされていたせいで、理解したかった必要な部分まで頭の中に残らなかったのは失敗だった。
ひとつの事に夢中になると全く周りが見えなくなるあの性格は早めに直した方がいいよな、やっぱり。
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