第121話 タイムリミット その5

 ここでモモが話に割って入る。既に爆弾のスイッチが入っているならば、残された時間はかなり少ない。この彼女の想定を肯定するように、赤スーツはツラツラと得意げに話を続けた。


「せや、残り時間は後30分あるかどうかやな。ここにいたら爆発に巻き込まれるで」


「後30分……」


「つまり、お前らがここに来た時点で負けは確定済みなんや」


 この残酷な事実を前にヒーロー2人は呆然と立ち尽くした。残り時間があまりにも短すぎたからだ。30分の間に隠された爆弾を見つけ爆発も阻止しなければいけない。考えれば考えるほどそれは不可能に近い状況だと言える。ただ爆弾を探すだけでなく、目の前の敵の妨害も計算に入れないといけないのだから。

 それでも、だからと言って可能性はゼロではない。ソラはギュッと拳を握って力を込める。


「いや、たとえ核爆弾でもこのスーツなら耐えられる。まだ間に合う!」


「は?だから俺達がいるんやんか。お約束のセリフを吐かんと分からんかなあ」


「倒すさ、俺がな!」


 爆弾解体阻止を軽く口にする赤スーツに対して、彼はヒーローらしく目の前の傷害を排除すると意気込む。そんな元仲間の姿を目にしたコウは感心して口笛を吹いた。


「ヒュー、かっこええやん。でもうまく行く思てんの?」


「逆境ってのが一番燃えるんだよ!俺はヒーローだからな!」


 赤スーツの軽口にソラも負けてはいない。このやり取りで昔を思い出したコウは突然思い出し笑いを始めた。


「ソラ、そう言えばお前、昔からヒーローモンが好きやったよなぁ。笑けるで。悪の組織におったのに」


「今はきっぱり正義の組織の一員だからな」


「へぇ、夢が叶ったやん、おめでとさん」


 赤スーツはそう言うと、馬鹿にするようにパチパチと気の抜けた拍手を始める。その判り易い挑発にソラは敢えて乗り、大声を張り上げた。


「だからお前も倒すんだよっ!」


「オデを無視するなあっ!」


 ここまでずっと存在を無視され続けていたゾルグがここでキレる。そうして怒りに任せてソラに襲いかかった。

 しかしその攻撃が届く前に、彼の波動カッターがまたしても怪人をまっぷたつに引き裂く。


「雑魚は死んどけっ!」


「オベエエ!」


 ゾルグは謎の雄叫びを上げ、またしてもソラによって呆気なく倒される。その見事な手際に傍観していたコウも感心していた。


「ヒョー、容赦ないねぇ」


「悪党にかける慈悲なんかあるか」


「おお、言うやん。かっこええ」


 赤スーツはまたしても気の抜けた声でパチンパチンと気の抜けた拍手をする。全く緊張感のないこの敵に対し、彼は真っ直ぐに指を指した。


「次はおま……」


「ストライクネイル!」


「うっ!」


 ズビシとかっこよく決めようとしたのが仇になったのか、ソラはまたしても復活したゾルグの動きに気付くのが遅れてしまう。復活した不死身怪人は爪を伸ばして襲いかかり、彼は何とか身を翻して回避行動を取ったものの、完全に避ける事は叶わず、右腕上部をスーツ越しに傷つけられてしまった。

 この予想外の展開に思わずモモは大声で叫ぶ。


「ブルー!」


「どうだ!油断大敵だべ!」


 攻撃が通った事でゾルグはドヤ顔で勝利宣言をする。傷付いた右肩を押さえながらソラは思わずつぶやいた。


「復活が早すぎる……どう言う体の仕組みだよ」


「さあ、トドメだど!」


 調子に乗った怪人が更に追加攻撃を仕掛けてきたので、彼は慌てず冷静にこの敵に一番有効な得意技を打ち込む。


「個別結界!」


「な、何だべ……」


「不死身なら閉じ込めるまでだ」


 そう、ゾルグを結界で閉じ込めたのだ。切っても復活する敵ならば攻撃せずに隔離すればいい。こうして呆気なく結界に閉じ込められてしまった怪人は、この見えない牢から脱出しようと足掻き始めた。伸ばした爪で何度も空間を切り裂こうとする。


「こ、こんなものっ!」


「無駄だ。少なくともお前の力ではな」


 ソラが冷たく言い放つその先でゾルグの腕は何度も空を切るばかり。その姿はまるで同じ動作を繰り返す機械人形のようで、見ていると哀れみを覚えるほどだ。

 厄介な敵を一体処理したところで、モモが傷を負った彼の元に駆け寄った。


「大丈夫?」


「こんなのただの擦り傷だ」


「でもスーツに傷がつくだなんて……」


 完全衝撃吸収のスーツに傷がつくなんて事は普通はありえない。彼女はこのありえない状況が怪人の特殊能力の影響だと判断して、受けた傷の影響を危惧していた。ソラはそんな気遣いより目の前の危機を訴える。


「分析は今度にしてくれ、まだコウがいる!」


「ほんなら、前の続きからしよか……」


 仲間の危機にも傍観していた赤スーツは目の前の元同僚がやる気になったところでニヤリと笑う。これからが戦いの本番だとソラはギュッと手を握り、これから始まるであろう激しい戦闘に対する警戒を深めていく。宿敵を前に、このにらみ合いはその後も数分間程は続いたのだった。



 現場で緊張感のある戦いが繰り広げられていたその頃、俺はラボ前で大声を張り上げていた。


「まだですかー!」


「もうすぐだよ!何でそんなに急かすの!」


 変に焦らせて手元が狂ってはいけないと思い、敵が出た事は黙っているつもりだったのだけれど、所長にしつこく理由を聞かれた俺は誤魔化しきれずについ口を滑らせてしまう。


「街が脅迫されてるんですよ!」


「え?何それ?まさか敵が出たの?」


 初めて事情を知った所長はかなり驚いている風だった。仕方ないのでこの勢いのまま話を進めようと、ここで自分の気持ちを打ち明ける。


「だから俺も早く行きたいんです」


「ちょ、今2人共現場なの?」


「そうですよ。前の戦いのセルレイスのスーツ男と、ガシューの怪人が2人で……」


「それを早く言いなさいよ!分かった!すぐに完成させるから!」


 事情を話したところで、所長の作業スピードは最高レベルに高められる。俺はこうなるなら最初から話していれば良かったとちょっと後悔もした。外からは中の様子は分からないけれど、きっともうそんなに時間はかからないはず。何かすごい音も聞こえてくるけど、手を滑らせたりしない事を願うばかりだ。

 ま、こう言う時の彼女は絶対にミスしないんだけどね。うん。



 こうして基地でスーツの調整が急ピッチで進んでいる頃、現場組のヒーロー2人は、ちょっとしたピンチに陥っていた。


「ぐはああっ!」


「これで学習出来た?無謀な事はするもんやないで」


「おかしい、力が……」


 この時、両陣営のスーツ同士が本気のバトルを繰り広げていたものの、明らかにソラの調子がおかしかったのだ。パワーも、スピードも、技のキレも、何もかもいつもの実力が出せていない。さっきまでそんな事はなかったのに。

 苦戦する彼の様子を見てモモは心配そうに声をかける。


「ブルー、あなた……」


「思わせぶりな言い方はやめろ!気になるだろ!」

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