第96話 繰り返す一日 その4

 ただ、人の頭で想像出来たからって、それが実現可能かと言えばそんな事はない。人が想像する事はいつか実現出来るものだと言う言葉がまことしやかに流れてもいるけれど、人は死者を蘇らせる事は出来ないし、自然の法則に逆らった事も出来はしない。

 何かを発見したとしても、それは元々もあったそれがようやく見つかったと言うだけの話でしかない。


 そう、大きな抗えない枠組みから科学は決してはみ出す事は出来ないのだ。その枠組のひとつに時間の操作がある。モモは科学者らしく、そうする動機を所長に問いかける。何か原因がない限り、そんな事が起こりうるはずがないからだ。


「そもそも、何が目的だと?」


「何度も繰り返す中でループに気付いた人間は、その時間間隔のズレが周囲の時空環境に変化をもたらす。多分それじゃない?」


「ええっと……?」


 会話内容が常識の範疇を越えたレベルに差し掛かって、俺はついていけなくなって困惑する。その反応に会話レベルのズレを自覚した所長は、分かりやすく噛み砕いて要点のみを説明した。


「敵は時間の外側からずっと様子を観察している。気付いた人間を調べているんだよ」


 同じ時間を何度も繰り返していても、その度に記憶がリセットされていたら違和感に気付くはずがない。その日に進めた仕事などもリセットされるのだから、普通の人は気付きはしない。時間のループに気付くのは時間感覚の優れた一部の人間だけだ。そうしてその微かな違和感に気付いた人間がここにいる。

 その結果から導き出された答えをモモはポロッと口にした。


「まさか、この基地を?」


「多分それもあるね。本拠地がバレたら狙ってくるのは定石」


 この大袈裟な時間操作の目的、それはヒーロー組織の本拠地であるこの基地を見つけ出す事。モモと所長はそう結論を下す。勿論これも予想のひとつであって、この通りの事を狙って敵がそう仕組んだとは限らない。ただ、有力な可能性のひとつである事は間違いなかった。

 そこから想定される状況に対して、ソラが余裕たっぷりな態度で軽口を叩く。


「敵が向こうからやってくるなら願ったり叶ったりじゃねーか。迎え撃つぜ?」


「もし大軍勢で現れたらどうすんの?ここは慎重に行かないと」


 そんな軽口に所長はキツめの言葉で釘を刺す。俺はここまでのやり取りを聞いていて、ひとつの大きな疑問に直面していた。


「って言うか、敵が時間を操るんじゃ、そもそも勝てないんじゃ……」


「そう、だから今色んなパターンを想定して考えているところ。だからもし敵が現れても迂闊には動かないで」


「確かに向かっていって時間を止められたら、一方的にボコられて終わりだもんな」


 俺が所長の言葉にうんうんと深くうなずいていると、ソラがこの会話に割って入る。


「んで、敵さんについては何か分かったのか?」


「実は、時空感知レーダーにひとつおかしな個体があるのは掴んでるんだけど、まだハッキリとはしてないんだ」


 まさかこの基地に時空の乱れを感知するレーダーまでが実装されていただなんて。俺はこの所長の言葉にごくりとつばを飲み込んだ。この基地はやはり設備が最先端過ぎる。

 きっとまだ世に発表されていない超技術などが平気で稼働していたりしてるのだろう。このスーツだってその成果のひとつだし。


 とは言え、感知する技術まではあっても、対抗する手段までは流石にないのだろう。もしあったなら、議論なんかせずにその証拠をモニターに映すなりすればいい。そこまで考えが行き着いた俺は、所長にひとつの提案をする。


「なぁ、これって気付かなければ良かったってヤツじゃないのか?」


「敵の時を操る能力がこれだけとは限らないでしょ。だから何かしらの対策をやっぱり考えておくべき」


「じゃあ何とか勝てる秘策をお願いするよ」


 所長の目はこの状況においても死んではいない。むしろ困難な状況に直面して、更に輝いているみたいだった。流石は科学者だな。

 そうして意気込む彼女を見て感化されたのか、ここでもモモが力強く宣言する。


「私も協力します」


「有難う、助かる。じゃあ、早速なんだけど……」


 師弟コンビはここで意気投合し、早速席に座ると物凄い勢いでキーを叩きマウスを操作し始めた。もはや彼女たちが何をしているのか、部外者には把握すら出来ない。一瞬の内に蚊帳の外になった男2人はこの状況にただ立ち尽くしていた。

 ただ、ずうっと指示待ち人間になったままと言うのも居心地が悪いため、とりあえず俺は所長に声をかける。


「で、俺達は何を?」


「うーん、そうね……。変なのを見つけたら連絡とかかな」


 所長の話によれば、この厄介の罠を仕掛けた相手は至近距離で観察をしているはずらしい。その相手の特定はある程度センサーでも可能なものの、大雑把な情報しか掴めないのだとか。

 だから実際に近くまで接近して、そこで該当人物の情報を少しでも多く手に入れる事もまた重要なのだと。


 ここまで話を聞いて自分のやるべき事が見えてきた俺は、彼女に話を持ちかけた。


「じゃあ、パトロールとかしてみるかな」


「いいね、俺もそれやるわ」


 俺の提案にソラも乗ってきた。やるべき事が見えてきた俺は自分の居場所が見つかったような安心感を覚える。


「じゃ、お互い健闘を祈る」


「俺はただ好きに走るだけだぞ?」


 真面目にパトロールをしようとしている俺に対し、彼はどこまでも自分流を貫きたいようだ。それでも協力してくれる事は有難かった。

 実際、敵がどこに潜んでいるか分からない以上、規則的な流れでローラー作戦のように動くより、好きに走るランダム走行の方が早く敵を見つけられる可能性だってある。


 ソラの行動を容認して早速実行に移そうとしたその時、その様子を見ていた所長が待ったをかけた。


「ちょっと待って!」


「え?」


「時空の歪みを感知するセンサーよ、これを端子に挿し込んで」


 急いで駆けてきた彼女は、俺達に小さなUSBメモリみたいな機械をそれぞれに手渡した。簡単な使用方法は聞いたものの、そこでまず俺は首を傾げる。


「端子なんてあったっけ?」


「オッケー了解!」


 端子について心当たりのない俺に対して、流石若者は最新機器に対して飲み込みが早く、所長のたった一言で全てを理解してさっそうと格納庫へと向かう。

 この行動に俺は置いて行かれたショックも加わって途方に暮れた。


「え?ちょ……」


「端子は車なら多目的ディスプレイのところにあるから探してみて」


「あ、ああ、じゃあ、やってみる……」


 どうしていいか分からずに困っていると、そこでモモがやってきて補足説明をしてくれた。その説明でやっと見当のついた俺は彼女に確認を取る。


「これで何か反応したらすぐ分かるって事だよな」


「反応すれば基地にもすぐ連絡がくるから、有効な手段が分かったらすぐに対応出来るわ」


「うん、有難う。じゃ、いってくる」


 こうして俺もソラに遅れる事数分、パトロールへと出発する。車に乗り込んだ時、モモの説明の通りの場所に確かに外部接続端子を発見した。そこにさっき貰った時空変化感知センサーを接続して車を稼働させる。


 ソラは自分の好きに走るそうだから好きに運転するのだろうけど、こっちはローラー作戦で地道に走ると決めていたので、そう言う設定を組み込んで自動操縦で走り始めた。

 運転は機械に任せて、俺はどこかおかしなところはないか、そのチェックに専念する。

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