繰り返す1日
第93話 繰り返す1日 その1
朝、快晴。部屋から射す陽射しがまぶしい。活動拠点が基地に変わった最初の頃は前の自宅から通っていたものの、二度手間になるからといつしか俺はアパートを引き払い、基地で生活するようになっていた。今は住居エリアの空き部屋にタダで泊めさせてもらっている。
ま、きっと給料天引きの寮生活って体なんだとは思う。それはそれとして、基地で暮らすようになったので豊かな自然が身近になったのはいい事だ。
この基地の建っている島は街と地下の道で繋がっているものの、地図上で言えば街から数キロ離れた場所にある。携帯の電波も届くし不便はないのだけれど、見渡す限り島の緑と周りの海と言うロケーションは自然が大好きな俺からしてみれば楽園にも近いものだった。
バカンスでくるような場所で毎日生活が出来るだなんて、本当に最高だな。
そんな訳で自室に射す朝日に起こされた俺は、すぐに着替えて外に出る事にした。こんないい陽射しは全身で浴びないと勿体ない。
「いや~今日はいい天気だ~」
「のんきなもんだな」
部屋を出て基地の外で背伸びをしていると、この光景を見たソラがツッコミを入れる。俺はすぐの声のした方に顔を向けて、爽やかな笑顔を見せた。
「天気いいと気分もいいもんだろ?」
「ま、天気が悪いよりはマシかな」
「だろ?」
ここまで会話のキャッチボールをした後、彼はまるで何かを思い出したみたいに歩き始める。そう、ソラは学校に行かなくちゃいけないから、あまり朝は時間に余裕がないんだった。
「ま、好きなだけストレッチしてなよ。じゃ」
「おう。学校、楽しめよ」
俺達は最後に軽く挨拶を交わして別れる。俺の方はいつ呼び出しがかかってもいいように基地で待機だ。こうして何もない時はいつも同じ事をして過ごしている。
前のオンボロビル時代は用事のない時は事務所で書類整理か電話番だったけれど、今はそんな雑務に追われる必要もない。なので基本好きに過ごせる訳だ。
「さて、走ってくっかな」
俺は自分の頬を両手でパチンと叩いて気合を入れると、基地の周りを走り始めた。天気のいい朝のジョギングは、寝起きのボヤケた意識を覚醒させるのにも役立っている。今日は軽く10週くらい走るかな。天気がいいのとコンディションが悪くないのもあって足取りはとても軽く、気持ち良く走れていた。
その頃、この基地の所長はと言うと、司令室にこもって何かの研究をしていた。
「いいねいいね~。今日は調子がいいよ」
「博士、あの、ここの計算式なんですけど……」
「あ~、うんうん、そこはね?」
モモの質問にも陽気に応える彼女。テンションも高く、今日の所長は機嫌が良さそうだ。うん、この分だと何もかもがうまく行きそうだな。こう言う日もある。
ああ、ずっとこんな日が続けばいいのに。
「うーん、気持ちいいなあ」
目標の基地周り10週を終えた俺はまた背伸びをして深呼吸をしていた。朝の空気は気持ちいい。真っ青な空にのんびり浮かぶ雲を眺めていたら、自分が青春時代を過ごしていた10年くらい前を思い出す。
「ソラは今頃授業か、いいねぇ、青春だねぇ」
学生時代を思い出した俺は、ふと思いついて島の中でも海の見える絶景ポイントまで走っていく事にした。そこは島の南側で辺り一面が海のとてもいいロケーションだ。
運が良ければ遠くにクジラが泳ぐのも見られるそうなんだけど、あいにく俺はまだ一度も見た事はない。いつかお目にかかりたいものだ。
「海を見ると叫びたくなるなぁ……。うお……」
「何やってるんですか?」
青春時代を思い出した俺が朝っぱらから叫ぼうとしたところで、その様子に疑問を覚えたモモが声をかけてきた。
当然誰もいないと思っていたから恥ずかしい事をしようとしていた訳で、この突然の異分子の乱入に俺は焦って混乱する。
「おおおっ?い、いや、ちょっと海を見ていただけだよ」
「叫ぼうとしてたじゃないですか。野生の本能でも目覚めました?」
「いや、たはは……」
誤魔化そうと思ったらすでにそれはお見通しだったようで、全く不甲斐ないところを見せてしまったと俺は後悔する。
このままだとただの恥ずかしいアラサーになってしまうので、すぐに話題を切り替える事に。
「ところで君はどうしてここに?」
「海を見に来たんです。海はいいですよね、大自然って感じがして」
「そうだね。世界の広さを実感するよね」
彼女も海を見に来たと言う事が分かって、何となく同好の士を見つけた気分になる。海の見えるロケーションに2人きりと言うこの雰囲気に、何か気の利いた事でも言った方がいいのかと言う気分になった俺は、無理矢理にでも話を切り出そうとした。
「あ、あのさ……」
「何ですか?」
話しかけたところでキョトンとした顔で見つめられてしまい、その瞬間俺の頭の中は真っ白になる。う、ダメだ。最近歳の近い異性とプライベートな話をしてこなかったから変に緊張するぞ。
モモはさっきからずっと俺を見つめている……。ヤバイ、心臓の音が聞こえそうだ。
「い、いや、何でもない。たはは」
「?」
勝手に話しかけて勝手にキャンセルしたので、彼女はますます不思議そうな顔で見つめてくる。こ、これは……この態度はどう解釈したらいいんだ。嫌われてはないと思うんだけど。
まずはお互いをもっとよく知る事から始めないとだな、うん。
「あ、そうだ、普段はどんな感じで過ごしてんの?」
「ヒーローの仕事のない時は訓練か研究ですよ」
「だ、だよねぇ~」
ダメだ、会話が終わってしまった。やっぱりそうだよな。俺なんてただの仕事仲間でしかないよなあ。苦笑いをしているとモモは俺に向けていた視線を海に戻す。そうそう、海を見に来たんだからその景色を楽しむのが当然の反応だよ。
俺も彼女と同じ景色を見ながら、何とか会話を続けようと頑張ってみた。
「ど、どんな研究を?」
「興味あるんですか?」
「あるかも知れない。全然分からないようならお手上げだけど」
そう言いながらも、内心は難しい話をされたらどうしようと俺はビビっていた。正直言って頭はあまりいい方じゃなかったし、学校を卒業した後は覚えた事もどんどん忘れてしまっている。専門的な議論が始まったりしたら、すぐに底の浅さが露呈してしまう事だろう。
そんな訳で冷や汗をたらりと流していると、隣の彼女の口から出された質問は意外なものだった。
「ユキオさんは求人誌で見出されたんですよね」
「え?ま、まあね。ヒーローの仕事があるって言うんで」
「でも普通の人はそんな広告信じませんよね」
うう、彼女の言葉がグサリと胸に突き刺さる。冷静に考えれてみば、あんな求人広告に応募しようなんて思える方がどうかしている。正論中の正論だ。
ただ、あの頃は失職中で後がなかったんだ。それだけはちゃんと伝えないと。俺は海を見ながら過去を懐かしむようにつぶやいた。
「別にきぐるみのバイトだって良かったんだよ。何でも良かった、あの頃は」
「でもスーツに適合した。嬉しかったですか」
モモは俺の事を根掘り葉掘り聞いてくる。それはまるで研究テーマとしての質問のようで、俺もその声のトーンでかなり冷静になって受け答えが出来た。
「あの頃はそんな事考える余裕もなくて。ただ流されるままだったなあ」
「じゃあ今は違うと?」
「……今も何も変わっていかも。進歩ないな」
そう言って俺は自嘲気味に笑う。
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