第92話 ヒーロー倒れる その5

 激高した彼女を前に、ファルドは科学者ならではの正しさについて主張を訴える。


「いや、道義上の正しさじゃない、君なら分かるだろう?自分の理論が正しいと証明された時の喜びを!」


「なら余計に正しくなんてないじゃない。私が無事なんだから!」


 感情が高ぶったモモは自分の無事を理由に、ファルドのその奢った考えを否定した。

 しかし相手を煽る行為は時として最悪な事態を引き起こす可能性もある。その危険性をソラは案じた。


「おい、あんまり挑発は……」


「大丈夫!任して!」


 何か絶対的な自信があるのか、彼女はソラの忠告を無視して話を進める。このモモの態度を目の当たりにして、当然のようにファルドは気を悪くした。

 彼は一度自分の髪を手ぐしで整えると、さっきまで右手だけをかざしていた手に左手も加える。


「ふう、少し本気を見せねばならないようだね。あまり事を大きくしたくなかったから抑えてはいたが……」


「2号、領域を広げて!」


「わ、分かった!」


 急に指示を受けたソラは急いで結界を広げる。これで追加の毒攻撃は受けないはずだ。この突然の行動にファルドは意表を突かれたのか、声を上げる。


「む!」


「さて、始めましょうか」


 モモは今から反撃と言ったそんな雰囲気で意気込んだ。対して、ソラは防御結界を張るので精一杯。強気の彼女に対して、ファルドもまた余裕の態度を崩してはいない。ヒーロー2人の行動が理解出来ないと言った風で肩をすくめ、困った風なジェスチャーをした。


「一体今から何を始めると言うんだい?確かにその結界は私の力をも拒む。だが知っているぞ、それが長時間持たないと言う事は。それにもたもたしているとモール内の全ての人間が死に至る。間に合うのかな?」


「私がこうして平気そうに見えるのは、毒の分量をごく微量レベルにまで薄めて解析しながら解毒を試みてるからよ」


 今まで彼の毒が効いていないように見えたその理由を、モモはここで種明かしをする。その答えが意外だったのか、ファルドは少し感心したようだ。


「ほう?」


「確かにあなたは天才ね。どこにも付け入る隙はなさそう。けれど私達のバックには世界最高の頭脳がいるのよ?」


 彼女は敵の能力を褒めつつ、その野望ももうじき呆気なく崩れ去ると宣言する。モモは毒のデータをスーツの機能を通じて所長に送り、2人でその解毒作業に当っていたのだ。2人の天才がユニゾンで解析を進める事で効率は何倍にも跳ね上がる。所長は基地内の全てのコンピューターを並列で稼働させてすぐに理想の回答を導き出す事に成功していた。

 この事を知らないファルドは自身の最高傑作の力を過信したまま、ドヤ顔でモモを煽る。


「この私の作った最高のパズルを解けるとでも?」


「ええ、そんなのは余裕よ」


 どれだけ挑発しても態度を崩さない彼女の態度に、流石の彼も少し不安に思ったのだろう。前方にかざしていた両手を左右に広げる。この行為によって、先にモール内に残っている人間を毒で殺そうとし始めたのだ。つまり、攻撃対象を切り替える事で2人の動揺を誘う作戦に出たと言う訳だ。

 この時、ファルドは自分の立てた作戦の成功を信じ、勝ち誇ったようにいやらしい笑みを浮かべた。


「大した自信だな……だがそんなに時間はないぞ?このモール中の人間が全員死んでしまうまで後2分も……」


「そんな時間はいらねーんだよっ!」


 ソラは勢いよくそう叫ぶと、自慢の念動力を不敵に笑う敵に向かって発動させる。まさか反撃が来ると思っていなかったファルドは、この不意打ちに為す術もなく吹っ飛んだ。そのまま5mほど吹き飛ばされて壁に強く激突した毒の権威は、ダメージを受けてその場に倒れ込む。


「うぐっ!まさか……」


「形勢逆転だな。このまま拘束して警察に突き出してやる……」


 勝利を確信した彼は指をポキポキと鳴らしながら倒れたファルドに近付いていく。壁に激突した衝撃でまだ体の自由が戻らないモルドの紳士は、この期に及んでも特に焦るでもなく軽口を叩いた。


「参りましたね。それは困ります」


「刑務所の中で一生困っていやがれっ!」


 ソラが自慢の超能力で完全に拘束しようと力を込めた瞬間、ファルドの体からものすごい勢いがガスが噴出し、それは辺り一面を濃い白で満たしていく。

 

「うおっ!」


 ガスの勢いをそのまま受けた彼は顔を腕で覆って一瞬身構える。

 その後、すぐにこのガスが無害なものと分かって、ソラが勢いよく腕を振ってガスを振り払うと、もうそこにファルドの姿はなかった。

 この状況を確認したモモは、ガスを振り払った彼に向かって肩をすくめ、残念と言うジャスチャーをする。


「逃げられちゃたね」


「そう言えば毒物野郎の最後の手段を忘れてた……」


 敵は逃したものの、そこで事件は終わった訳じゃない。まだモール内にガス被害で体調を崩した人がたくさんいるのだ。モモは解毒に成功した浄化機能をモール全体に行き渡らせるために、スーツの完全同調機能を利用する。彼女ひとりでは少し出力が足りなかったのでソラもこの作業に協力した。

 それによってモール内の空気は徐々に正常化されていく。作業を初めて20分後、事後処理も無事完了した。


「これでみんな解毒出来たのか?」


「ええ、もう大丈夫」


 モール内の残留毒物チェックを終えたモモが完全正常化を確認すると、ソラは仕事を終えた事で張りつめた空気をため息として吐き出した。そうして自分の役目は終わったと、いつものようにそそくさと現場を離脱する。


「じゃ、後はよろしく頼むわ」


「ふふ、事後処理が苦手なところは変わらないのね」


 帰っていく彼の後ろ姿を見ながらモモはひとりつぶやくのだった。



 ファルドの毒物が解析出来たと言う事で、ずっと寝ていた俺もスーツ経由で完全に回復する。一旦スーツを装着した上で解毒機能を働かせれば、既に受けていた内臓へのダメージも、ものの数秒でそれがまるで存在しなかったかのように回復していく。医療用にも使えそうなスーツの便利機能だ。

 ま、装着出来る人物が殆どいないって言うデメリットはあるんだけど。


 無事に回復した俺は、今回見事に成果を上げて戻ってきた2人に深々と頭を下げて謝罪する。


「ごめん!こんな不甲斐ない事になってしまって!」


「本当だぞ、もう二度と倒れるなよ!」


「ああ、次からはもっと気合を入れるよ」


 ソラからの言葉に自分なりの反省の弁を述べたところ、隣からそれが非科学的だと言うキツいツッコミが入った。


「根性論じゃ解毒は出来ませんからね!」


「あ……うん」


 何だか年下2人にいいように言われっぱなしになってしまったけど、今回は全くいいところがなかったから仕方ない。今後はこんな事がないように、もっと気をつけて行動していかねば……。俺はそう決意して、また通常業務に戻っていった。

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