第46話 美しい夜 その4

「まさか、行く気?あなたを狙っているのよ?」


「あいつには俺も用があるんだよ!」


 ソラのあまりの気迫に、説得は無理だと判断した彼女は折れる。ただ、そのまま何もせずに行かす事は出来ないと彼にひとつ提案をする。


「分かった、じゃあ、指輪の調整をしてあげる。もう馴染んだだろうしね」


 この言葉に彼は素直に従って指輪を渡す。所長は受け取った指輪を持って隣の簡易開発室に閉じこもった。本格的な研究開発は出来ないけれどある程度の応急処置なら十分可能なこの部屋で、彼女はソラ用に指輪を突貫でカスタマイズする。

 30分ほどして、その調整が終わった彼女は事務所に戻って暇を持て余していたソラにカスタマイズ済みの指輪を手渡した。


「これで本気が出せるように?」


 ソラのこの質問に彼女はニッコリ笑って条件を口にする。


「勿論制限はつけたけどね。長く使うと心身への負担が大きいから」


「その時間は?」


「30分、てとこかな。正確にはバイタルチェックを常に行っていて危険値を超えたらシャットダウンする仕組み」


「それだけあれば十分!場所は?」


 既に臨戦態勢になってる彼を見て、ここであまり時間を取るのも逆効果だと思った彼女はすぐに細かい場所を記したデータを彼の持つスマホに転送し、幾つかのアドバイスをした後にソラを送り出した。事務所のドアを開け現場に向かう彼を見ながら所長はポツリと呟くのだった。


「……気をつけてね」


 探偵事務所でそんなやり取りがあった頃、俺はキウに好き放題弄ばれていた。全く手も足も出ない。ヒーローを始めてこれほど自分が無力だと感じた事はなかった。考え事をする暇すら与えられず、奴の洗練された蹴りが俺の腹を抉る。


「ごふう!」


「まったく、あなたも強情だ」


 スーツの回復機能のおかげで何度倒されても俺はゾンビのように立ち上がる。とは言え、すぐに攻撃されるので完全回復までには至らず、身体の痛みはずっと残ったままだった。奴の容赦のない攻撃を受けながら、俺はその戦いで気付いた事を口にする。


「……結局同じスーツだけはあるね、飛び道具的なものがないんだから。ウチの所長にも急かしているけど、全然作ってくれないんだ」


「は?一緒にしないで頂けますか?私は遊んでいるだけなんですよ。折角のスーツ者同士の戦い、すぐに終わっては勿体ないでしょう?」


「なるほど、俺はいい遊び相手か……いいね!とことんまで付き合ってくれよ!」


 この俺の言葉に何かを感付いたのか、キウは急に真面目な表情になって、それから仕方ないと言う風なジェスチャーをしながら口を開く。


「あ、ああー。成る程、そう言う事ですか。あんまり楽しくて忘れていましたよ」


「?」


 奴のその言葉の真意を図りかねた俺は呆気に取られる。そんな俺の様子を見てもキウは何ひとつ態度を変えず、冷静に状況を分析していた。


「私のタイムリミットを狙っていますね?」


「な、何の事だ?」


 そう、俺は以前所長から聞いた第一世代のスーツの弱点を狙っていたのだ。バレないと思っていたけど、やはり敵もその弱点の事を熟知していたらしい。

 図星を突かれて動揺する俺を見てキウは口に出した自説が正しいと確信して突然笑い出した。


「分かり易過ぎて笑ってしまいますよ。ふふ、下らない。私の活動限界も甘く見られたものだ」


「へっ、内心焦ってるんじゃないのか?じゃあ後何時間活動出来るんだよ」


 その態度にムカついた俺はカマをかけて奴を煽った。怒らせれば少しは冷静さを欠くかもとそんな期待も込めて。もしこれでキウがスーツの活動時間を口にでもすれば多少でも収穫になる。そんな俺の作戦をあざ笑うかのように奴はただ不敵に笑うばかりだった。


「それは、秘密です」


 キウは一言そう言うと、まずは素早く強烈な蹴りを一発俺に入れて転ばせる。何度受けてもこの一撃は重い。全く対応出来ないのが悔しかった。

 優秀な戦士は一度受けた技は二度と喰らわないって言うけど、その点で俺は二流、三流の戦士でしかなかった。屋上で転がる俺にキウは全く容赦しなかった。


「うがあああっ!」


 何度も打撃攻撃を受けて立ち上がれない俺に、奴はよく見慣れた形のものを取り出して俺に見せびらかす。


「後、ちゃんと私には飛び道具くらいあるんですよ。そのスーツにも有効なのがね」


 そう、それはどう見ても銃だった。ただし、普通の銃が俺のスーツに効くはずがない。この場面で取り出したと言う事はつまりスーツにも効果のある特別製と言う事なのだろう。キウは何の躊躇もせずにその引き金を引いた。次の瞬間、俺の身体は例えようのない痛みに襲われる。


「あがっ!」


「あなたと遊ぶのも楽しいですが、遊びはこの辺にしておきましょう。もう少し楽しめると思ったのですが、残念です」


 銃から放たれたのが弾丸なのか光線なのかそれとも別の何かなのか、撃たれた側の俺にはさっぱり見当がつかない。ひとつ言えるのはその発射に普通の銃のような大げさな音は全く聞こえなかった事だ。銃の発砲音にしては明らかに軽過ぎる音だけが深夜のビルの屋上で響いていた。


 もしかしたらこのスーツ用の特別な何かなのかも知れない。何が放たれたにしてもその痛みは幻じゃなかった。このまま無防備に撃ち続けられたならきっとスーツの回復機能でも間に合わなくなるだろう。

 キウはお気に入りのおもちゃを気ままに壊す子供のような無邪気さで俺を見下ろしている。いつでも俺を殺せる余裕がその態度に現れていた。


「くっ……」


 俺が少し身体を動かそうとした次の瞬間、奴はその銃で俺を蜂の巣にする。一体何発撃つつもりだろう。動かない標的と化した俺はただ蹂躙されるばかりだった。

 一方的な攻撃の後、全く身体が動かなくなった俺を見たキウはひと仕事終えたような安堵した声でつぶやく。


「さて、これで邪魔者は排除、と。次はあの胡散臭い探偵事務所に向かいますか」


「ま……て……」


 キウの目的はソラの奪還、俺を倒したら事務所に向かおうとするのは当然の流れだった。このままでは所長を危険な目に遭わせてしまう。

 そう思った俺はスーツの力と最後の気力を振り絞って何とか無理矢理にでも復活する。何度も無理を重ねた俺の身体はもう限界をとっくに超えていた。


「おや?本当にしつこいですね。さっさと死んでくれますか?」


 よろよろと力なく立ち上がった俺を見た奴は少しも動揺する事なくすぐに鋭いパンチを繰り出した。もう避ける体力も残っていなかった俺はそのまま床に転がった。更に腹に一撃を入れられて、俺は全く身体が動かせなくなった。


「ぐほ……っ」


「さ、止めです。今度こそちゃんと死んでくださいね」


 そんな状態で奴は俺に銃を向けて引き金を引く。回復も間に合わず、手も足も出ない状況で俺は最悪を覚悟した。

 深夜のビルの屋上で乾いた音が響く。そうして、ついに俺は命の灯火を消し――て、いなかった。

 2人しかいなかったこの場所に新たな登場人物が現れたのだ。彼の生み出した防御結界がキウの放った銃弾を弾いていた。

 その人物は驚いた顔をしている奴に向かって陽気に挨拶をする。


「よお!」


「ソラ!まさかあなたから出向いてくれるとは……手間が省けました。さあ、戻りましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る