第21話 恐るべきバイオテロ その4
「へぇぇ、やりますね」
所長がついに真面目に探偵の仕事を始めたようで俺は少しホッとした。さて、本気になった所長の手際を見せてもらおうかと、俺は身を乗り出しながら彼女の示したモニターを真剣に眺めてみる事にする。そこには地図と数値と赤いポイントがいくつも表示されていた。
「モニターを見て頂戴、ここが怪しいと思われる地点よ。犯行現場と空気が同じ組成になってる」
どう言う仕組みで特定したのか分からないけど、それを聞いても俺の頭ではすぐに理解出来なかったりするんだろう。今は少しでも早く行動したい。だからその部分については所長を信頼して何も質問はしなかった。
「でもこれは……いくら何でも数が多過ぎる。まさか犯人は複数犯?」
ただ、そこに示されていたのは無数の怪しいポイント。この中に犯人がいるとして疑惑の場所が少し多過ぎる。これだけの場所に犯人がいる可能性があるのなら、犯人は複数犯で組織的な犯行の可能性も考えられた。この俺の推理に対して、所長はハッキリしない言葉を返した。
「複数かも知れないし、ただのフェイクかも知れない。でも今のところはそれを確かめる術がないの」
どうやらこの所長の分析は敵の罠まで見抜く程の精度はなさそうだった。つまり、このポイントの多くは偽物だと言う事を暗に示している。
モニター上でそれを判別する術はない、と言う事は……所長の言いたい事を察した俺は先んじて言葉にした。
「……つまり、俺が該当地区に立ち入って確認してくればいいんですね?」
「ご明察、行ってくれるわね」
「勿論!」
俺の明快な返事に気を良くした所長は真面目な顔から笑顔に変わった。まるでもう自分の仕事は終わったみたいな。確かに数少ない手がかりからここまでヒントを導き出したのだから、これでも十分な成果だと思う。今度は俺の番だと意気込んでいると所長が声をかけて来た。
「じゃあ腕のデバイスにデータを同期させるから」
「おおお、このスーツにそんな機能が……」
所長がPCで何か操作すると俺の腕のデバイスが情報をキャッチして空中にホログラムが浮かぶ。何だこれ!まるでSFで見た未来ガジェットじゃないか。俺はこの光景に興奮してしまった。このスーツ、まだまだ秘密機能がたくさんあるな……。
「使い方はスマホとかと同じだから、すぐ慣れるでしょ」
「おお、これはすごい、操作もスムーズだ。助かる!」
空中を指で動かすと画面がスクロールする。ポイントをタッチすると詳細な情報が表示される。まさにスマホ感覚だった。表示のオンオフは腕のデバイスを触るだけでいい。すぐに操作感覚を掴んだ俺はこの情報を頼りに行動を開始する事にした。
「後、外れの場所にもヒントはあるかもだからデータは採取して。じゃあ、お願いね。くれぐれも気をつけて!」
ドヤ顔の所長の見送りを受けながら俺は調査を開始する。初めてだな、探偵みたいな仕事をするの。探偵事務所に勤めているって言うのに。
ただひとつ残念なのはこの調査をヒーロースーツ姿で行わなければならない事。腕のデバイスがスーツ姿でないと起動しないのだから仕方がない。あ~あ、かっこいい探偵の姿で探偵業をしたかったなぁ……。
そんな事を思いながら、俺はホログラムモニターを見ながら一番近い場所から調査を開始する。
「しかし犯人の奴、121ヶ所とか嫌がらせかよ……」
愚痴を言いながらまず最初に訪れた場所、そこは最近廃業した飲食店の空き店舗だった。いかにも怪しい雰囲気が立ち込めている。空き店舗と言えば普通なら固く鍵がかけられているはずなのに、何故だか鍵がかけられていないようだ。怪しい……。
俺は慎重に用心しながらそのドアを開ける。乗り込む前に俺はゴクリとつばを飲み込んだ。そこに罠の可能性を感じながらも、雰囲気に飲まれては駄目だと俺は威勢よく声を張り上げて乗り込む。気分は刑事ドラマの熱血刑事だ。
「大人しくしろ!お前がここに……」
勢い良く声を張り上げた俺が恥ずかしく感じるくらい、そこには何もなかった。ここまであからさまなのに誰ひとりいない。つまりは外れだった。
怪しい場所は121ヶ所もあるのだからこう言う場所がほとんどなのだろう。俺は気を取り直して現場のデータを採取後、別のポイントへと向かう。
「観念するんだな!お前は……」
次に訪れた港の空き倉庫もまた入ってくれと言わんばかりに無施錠だったが、やはり何の罠も仕掛けられてはおらず、またただのもぬけの殻だった。
それ以降も次々とポイントに踏み入るものの、めぼしい成果は何ひとつ上げる事は出来なかった。外れポイントが30箇所を越えた頃には、もう俺のイライラはMAXに達していた。
「一体どこにいるんだよ……どこまでハズレを掴ませたら気が済むんだ!」
謎なのは行く場所行く場所全て鍵の掛かる場所なのに、そのどれもが無施錠だったと言う事。これはつまり犯人がポイントを絞って探される事を見越してわざと誘うようにそうしていると考えるのが妥当だろう。
遊ばれていると感じながらも、それ以外にする事がない俺は地道に該当ポイントをひとつずつ潰していった。
「どうやら俺っちを探っている奴がいるようだな……ククク、面白い。早速トラップに引っかかってるのが笑うぜ」
この状況をモニターしながら笑う男がひとり。121ヶ所の怪しいポイントはやはり犯人が仕掛けた罠だったのだ。自分を探す人間をゲーム感覚で遊んで楽しんでいる。外れポイントに何も仕掛けていないのも犯人の遊び心からのようだ。その場所に何もないと探す方は段々と自分のしている事に疑問を感じてしまうようになる。やがて何も信じられなくなると言う心理作戦のようだ。
ま、該当ポイントが全て無施錠だと言う時点でこの犯人も詰めが甘い訳だけれど。
「こ、今度こそ!やい、もう悪巧みは諦め……」
この時点で俺が潰したポイントは41ヶ所。次こそはと臨んだそこは寂れた古い廃屋だった。多少の期待を持ちながら勢い良く乗り込んだものの、やはりそこにも誰もいなかった。何かに当たる気持ちを抑えながら俺は念の為に現場のデータを取ってこの場所も後にする。
次の場所は……と、ホログラムを呼び出していると、タイミング良く所長から連絡が入った。
「シラミ潰しにさせてしまって悪いね……でも残留データの回収で精度は上がって来たから!失敗しても後3回までよ」
「りょ、了解。その言葉、信用してますからね!マジで!」
そう、最初こそ適当にポイントを潰していたものの、データがある程度溜まってからは所長の指示でその場所へと向かうようになっていた。そこで集めたデータがある程度溜まったので、これで犯人へと辿り着く可能性はかなり高まった……らしかった。いくら所長が天才だからってこればっかりは実際に犯人にぶつかるまでは半信半疑になってしまう。スカに当たり過ぎて投げやりになっていた俺は、次の場所も全く期待せずに臨んでいた。
次に指示された場所は廃棄されたモーテルだ。俺は何も期待せずに淡々と現地へと向かう。
「おらぁー!いい加減にしろやー!」
俺はまた外れだろうと本音ぶつけまくりで勢い良くドアを開けた。誰もいないと分かっていれば誰にも気を使う必要はない。ヒーローが乱暴な言葉遣いをしていたって聞かれてなければ何の問題もないのだ。そう思っていたのに……。
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