#13 : Learn to forget
NEM :
アリシアの左腕から血が溢れている。それは人工の血液だ。機械の骨や人工の筋肉
を動かし、エネルギーを行きわたらせる。機械の体だが、そこまで出来るなら俺達と何が違うんだ?
「殺しなさい……私が間違っていたのよ……きっと……時代がどうのこうのじゃない……私は、間違っていた……」
俺がアリシアを殺しても、結局ブラッケンドの勝ちだ。この世界に広まった残酷な力は消えない。機械との区別や解離が難しくなった人々は戸惑い、憎み、殺し合う。もうこの流れは止められない。出来ることは、流れに乗りつつ自分の道を選ぶこと。そうすれば、流れていく先も、変えることが出来るかもしれない。
俺は剣を納め、アリシアの下腹部に手を当てた。
「……何をしている……?」
声を聴く度に胸に冷たいものが走る。柔らかく温かい部分が刃物に変わっていくようだ。だが……
「お前も、誰かの希望に変わると信じる。そのための力……俺の償いだ」
一気に力を流し込む。アリシアがのけぞった。
「―――――ァッ――――――ッカァッ……」
俺は手を離す。
「……ッフゥ……」
全身から汗が噴き出ている。残ったもの全部入ったかな……
「何をした……?」
「今日この時まで覚えている全て。それをお前に全部込めた。ただ、そう思って力を送り込んだ。何が起こるかなんてわからない。だが、少なくともお前の寿命は延びたはずだ。この力は人工物にも働く。機械でいう所の耐用年数を伸ばすことが出来る。大事に使えば結構長持ちしてくれる。おまじないに近いが、実際に起こっている。そんなもんさ」
「私は……いつ……死ぬの……?」
「わからない。本当さ。……俺達と同じだな」
「くっ……」
俺の手が握られた。ブラッキーか……
「それが、いいよ……それでいいよ……ありがとう……」
顔をまともには、見られないな。そのまま手を強く握り返した。
震えるのを感じながら、アリシアに言った。
「もしも今俺達に攻撃するなら、容赦なくお前の頭を破壊する。このまま去るなら俺達は追わない。どっちか選んでくれ。俺は、待つ」
握られた手が熱い。ブラッキーも真っすぐ見据えているんだろう。
アリシアは立ち上がった。左腕の血は止まっている。
「私は……生きる」
俺達を見たまま、後ずさりする。
「でも、再会したら……また……」
戦う事になるか。でも、その先に何かがあるかもしれない。もしかしたら、別の道もあるかもしれない。それを信じるさ。
「会うなら『ソウル・キッチン』でな。そこでなら、笑って話せる」
「……?」
アリシアは戸惑ったようだ。何を言っているか解らないんだろうな。俺もだ。でも、解りあえるなら、きっとそこだ。
「……ふん」
アリシアは俺達に背を向けて歩いていった。
俺達は見送った。見えなくなるまで。
俺達三人が暮らした家。そこへ向かう途中の山の中。そこまで来たとき、俺の何かが切れてしまった。足に力が入らずに倒れた。目から鼻から口から耳から、体中の細胞から何かが溢れて止まらない。息が上手くできずにのたうち回る。ブラッキーは、ずっとそばに居てくれた。
どれくらい、倒れていたのか解らない。朝焼けが見える。綺麗だ……
「きれい……」
ブラッキーがつぶやく。そういえば……
「お前、目が見えるようになったのか? 光が見えるっていう意味だが……」
「うん。見えるよ」
「そうか……」
生まれつき全盲の人間は、器官としての目が正常になっても認識がうまく出来ないんじゃなかったか……どうやってるんだ、お前……
俺の気持ちを察したのか、言葉にする前にブラッキーが応えてくれた。
「アッシュが外の景色を教えてくれたの。いつも、アッシュの言葉で。それとネムの『力』と……理論っていうのかな。それと、教えてくれた『力』を感じながら、目と心で描いていた。きっと、それで見えている。二人のおかげ。うれしいよ。でも、悲しい」
「そうか。そうだな……」
しばらく、俺達は黙って朝焼けを見ていた。
「ねえ、アリシアに言った『ソウル・キッチン』ってなんの事?」
「ああ、あれはな……正直言って、俺にも解らない。だが、俺はそこに居たことがあるんだ」
「その話、聞きたい」
「そうか。俺の想像ではこんな感じだ。
辛いことがあって、現実を見ることが出来なくなってしまうような時。一時的な避難所のような世界が用意されている。
その世界に来た人間は、そこで自分に必要なものを見つけたり、自分の世界で生きるための力を蓄えたりする。ただ一日を寝て過ごしたり、遊んでみたり。時には誰かを罵ったり、暴力を振るったり。それで誰かに叱られたりすることも。
そうして、自分だけの何かを見つける。現実に戻った時に、色々なものがちょっと違って見えるかもしれない。そのための世界。
俺はその世界の『ソウル・キッチン』という場所に居た。そこで、いろいろ見たり聞いたりしてきたんだ。
だから、アリシアとも『ソウル・キッチン』でなら、友達になれるんじゃないかって思ったんだ。あいつももう、人間だからな」
「ふーん……もしかして、『ブラッキー』っていう人も、その……?」
「ああ、そうなんだ」
「へぇ」
ブラッキーは少し微笑んで、俺から離れる。しばらく考え込んだ後、俺に向かって言った。
「私、この世界にも『ソウル・キッチン』を作る。ネムやアッシュが帰ってきて眠れる家を作る。色んな人がその瞬間だけでも心を安らかにできる場所を作る。私はそのために生きるよ」
朝日に照らされて、やたらと眩しく見える。全然黒くないぞ。
ゴールデン・リングどころか、ゴールデン・エンジェルじゃないか。
(終わり)
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