第12話 芸術(1)
男の家――の地下へとつながる階段。
二人分の足音がコンクリート打ちっぱなしの薄暗い空間に響く。
目の前には例のスーツケースを抱え、勝手知ったる様子で歩を進める男。
僕はそいつにこの家を訪れて生じた疑問をぶつけてみた。
「ここの1階、家っていうよりは事務所みたいな感じだったけど」
もちろん1階のすべての部屋をのぞいたわけではないのだが。
机にイス、ソファーや本棚、そして棚からあふれてそこら辺に積み上げられたファイル。
玄関から入ってすぐの、居住スペースとは思えない雑然とした一部屋を思い出す。
「ああ。あの部屋、お前の言う通り事務所みたいなもんだからな。
一応俺、会社経営してるから」
あやうく段を踏み外しかけた。
たたらを踏み、今しがた聞き入れた内容に耳を疑う。
「はあ?」
「つっても、従業員なんか雇ってないけど」
こんなクレイジー野郎、絶対ニートか良くてフリーターだと思ってたのに。
働いているどころか社長だなんて――。
「そんなの信じられるか」
「ひでえ! え、なんなの? お前から見た俺ってどうなってんの?」
「社会に馴染めないイカれ野郎」
「ブッ殺す」
声を低くする男。
やはりこんな物騒な男が勤労などという社会貢献をしているなんて到底信じがたい。しかもましてや社長だなんて。
そのとき、スマホがメッセージを受信していることに気づく。
妹からだ。どうやら僕からのメッセージに気づいたようだった。
夕飯づくりを任せた上に、それどころか突然の外泊を一方的に告げたのだ。
どんなお怒りの言葉が並んでいるのかと身構えて画面を見るも――。
『わかった』
たった、四文字。
了承の意を示すその一言だけがそこにはあった。
やけに物分かりがいい。というか普段の妹からすると素っ気なさすぎるくらいだ。
内容はもちろんだが、顔文字や絵文字などの装飾がないのも妹らしくない。
まあ兄相手にそんな可愛らしいメッセージを送ってくる妹もどうかと常日頃思ってはいたが。
もしかして怒りのボルテージが振り切れたとか? ――正直、それはとても面倒くさい。
今のうちから明日帰るのが嫌になってきたぞ。
思わずため息を吐いた。
そうこうしているうちに地下に到着し、これまた薄暗い廊下を歩く。
そしていくつかある扉のうちの一つ――ひと際大きな扉の前で男が立ち止まった。
合わせて僕も足を止める。
取っ手すらない無機質な扉。
温かみの欠片もない打ちっぱなしのコンクリート。
その右隣の壁にある突起部分に男は人差し指を押しあてた。
ここまで男からなにがしかの説明は一切ない。
言われるがままに男付いてきた僕には、この先に何があるのかさっぱり分からない。
――分からないけれど。
ほのかに期待している僕もいた。
おそらく僕の趣味に関わる何かにお目にかかれるのではないか、と。
男は指紋認証をしていたのか。
まもなく、ピッという電子音とともに目の前の扉がスライドしていく。
どろり、と。
冷気が僕らの立つ廊下へ流れ込んできた。
頬を撫でるその冷気に招かれるように、僕らは一歩、足を踏み出す。
その先に、あったものは。
「――これが、俺の芸術だ」
大小様々なガラスケースと
その中で眠る、みずみずしい肉体をあらわにした死体だった。
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