第2話 クラスメイトの殺害方法(2)
野球少年の彼が教室から走り去っていった頃。
僕の脳内の彼は既に息絶え、ちょうどあの大きな目玉を刳り出されるところだった。
もちろん僕の手によって。
彼と話をしている間、僕は熱中してしまわない程度に彼をいたぶっていた。
まずは背後から腰の辺りにナイフで一突き。
そのままの勢いで彼の身体を地面になぎ倒して仰向けにさせ、暴れる彼の上に馬乗りになると同時に胸部にも一突き。
小柄な彼の身体を僕の手によって服従させるのはなんとも容易い。
その頃にはもう、僕から見下ろす位置にいる彼は虫の息だった。
胸に刺さったままのナイフを見つめながら、まるで丘の上に造られた墓みたいだと頭の片隅でぼんやりと思う。
そしてナイフの柄を右手でグッと握りしめ、そのまま腕を自分の方へと勢いよく引き寄せた。
ブチグチュ、となまものの音がして、ちょうどファスナーを開けるように彼の胴体は胸から腹まで左右に分かれる。
止めどなく溢れる血で先の見えない切れ込みに、僕は左手を滑り込ませた。
まだ、温かい。
ふと顔を上げて彼の顔を確認する。
そこには大きな目をこれでもかというほどに見開き、同じく丸く開いた口からはだらしなく血を溢れさせる、生気のない顔があった。
それを見た僕は、彼の身体に埋まったままだった左手をさらに奥へと押しこめた。
じんわりと、感じる温もり。
それは彼が確かに一瞬前まで生きていたのだという紛れもない証。
そして失われていく温もりが示すのは、僕が彼をこの手で終わらせたのだという紛れもない事実。
熱を帯びた高揚感が僕の肩や喉を震わせる。
ふつふつと。くつくつと。
唇が痙攣して歪み、生じた隙間から吐息交じりの声が漏れた。
僕は、笑っていた。
それから名残惜しくも段々と冷たくなっていく彼から引き抜いた左手を数回振り、指先から手首にかけての付着部を軽く飛ばす。
それらの飛沫は横たわる彼の顔にも吸いつけられるように着地していった。
とんだ間抜け面だなあと生前の彼には一度も感じたことのなかった愛おしさを噛みしめる。
僕は一度立ち上がり、首や肩を回して周辺の筋肉をほぐしながら、その
彼の幼さの象徴である顕わとなった大きな黒眼をジッと見つめる。
いくら僕が愛しい愛しいと熱い視線を投げかけてみても、彼からは何の応えも返ってくることはなかった。
そこで僕がやれやれ困った奴だとナイフを構え、沈黙する彼の目玉を刳り抜こうとした――ちょうどそのとき。
現実の彼が脱兎のごとく教室から逃げ出したのだ。
彼の死体が一瞬の内に霧散し、眼前には残り僅かの休み時間を堪能するクラスメイトたちの姿があるのみ。
なんとも平和な日常がそこにはあった。
◇
「……ボーっとしてる、ねえ」
自分の席で一人、彼の言葉を反芻する。
彼曰く、授業中の僕は「別世界に行っちゃってる感じ」らしいのだが。
「そんなに熱中してたのかなあ。一応学生らしく板書はノートにとっていたんだけど」
というかそもそも。
「今時そんな終始授業を真面目に聴く学生なんているのか?」
そう誰にともなく問うてみる。
別に誰かの返事を期待しているわけではないのだが。
しかし先程の問いに否と考えたからこそ、僕は今時の学生よろしく授業中に趣味に勤しんでいたわけで。
授業中というのはとてもいい環境だ。
教師一人の声を聞き流しつつ適度に板書をノートに写す作業をするだけで、僕は眼前に並ぶ彼らを餌に自分の趣味へ没頭することができるのだから。
おそらくその様子をあの彼は「ボーっとしている」と表現したのだろうけれど。
「気をつけた方が、いいのかなあ。変に詮索されても面倒だしなあ」
先程は適当にいなしたけれど、興味を持たれて何度も追及されるのは面倒だ。
趣味に没頭する時間を僅かでも邪魔されるのは癪だったが、とりあえず隣の席の彼の視線には気をつけようと心に決める。
「というか、現実では僕にそーんなに熱い視線を向けていたなんて……とんだ皮肉だよなあ」
死体となった彼の物言わぬ瞳を思い返しながら、僕は一人嘲笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます