芸術という名の殺人

真白なつき

プロローグ

僕の趣味は人殺しです。


 突然だが僕は今、ある一つの問いを名も知らぬ誰かに投げかけてみる。


――人間誰しも探求心や好奇心を持ち、胸を躍らせながら何かに熱心に取り組んだ経験が少なからずあるのではないか?


 特に小さい子どもなんかは少しでも疑問に思うことがあると「なんで? なんで?」と目を輝かせながら大人に問い詰めたり、そうかと思えばカンカン照りの太陽の下、一人でジッと地面の上の「何か」を穴が開くほど見つめていたりする。


 さて。ではなぜ僕は唐突にこんな話を持ち出したのか?


 そこに別段深い理由はない。

 さらにいうと、僕は別に今から哲学的な話を展開しようとしているわけでもなく、はたまた、名も知らぬ誰かから根掘り葉掘り幼少期の心温まるエピソードを聴こうとしているわけでもない。


 ただ僕は、「僕の趣味」について少し考えてみようと、そう思うだけなのだ。



 僕の趣味は人を殺すことだ。



 例えば刺殺。

 例えば絞殺。

 例えば撲殺。


 「人を殺す」と一口に言っても、この世には様々な方法があることは周知の事実ではあるのだが。


 ちなみに僕が好んでいるのは刺殺。というよりは、刃物で人間の身体を解剖することに大変興味があるとも言える。


――人間の身体は皮膚で覆われているけれど、果たしてその下はどのようになっているのか? 臓器の感触は? はたまた個体差は?


 僕の「知りたい」を集めたら、きっとそれは途方もない数になるだろう。

 なんて残虐な――そんな声がどこからか聞こえてくる気がしないこともない。


 しかしここで一つ、勘違されてはならないある重要なことを僕は宣言しておこう。



 


 それどころか人様に刃を向けたことも、ましてや犬猫一匹殺したことすらもない。



 では、僕はいかにして人を殺すのか。


 僕がこの趣味に没頭するとき。

 例えばクラスメイトと他愛もない話をして笑いあったり、テレビで流行りの芸人のコントを見たり、はたまた電車の座席で化粧を始めた女性の変貌を眺めたりする。



 そんな平凡な日常を送りながら僕は、目の前にいる人間を殺すのだ。




 もう少しだけ、僕自身の話を進めよう。


 僕は学生だ。制服を着て週5日学校へと通う。

 座席は一番後ろの窓際。目の前にはクラスメイトたちの後姿がずらりと並んでいる。

 そして窓から下を覗けば運動場があり、体育に勤しむ生徒たちの姿がよく見える。


 常に多くの人間が視界に入る場所――僕はここを大変いい席だと思っている。

 それはなぜか……答えは至極単純。

 、僕の趣味がはかどるからだ。

 後列窓際。悪くない。学校に行く楽しみはここにありと言っても過言ではない。


 さて。そんな僕は果たして周囲からどのように思われているのか。


 僕はエスパーが使えるわけでも何でもないわけで、みんなの本心なんて知る術もない。

 ただ一つ言えるのは、周囲からはまあまあよく思われているのではないかということだ。


 学校では騒ぐとまではいかなくとも普通にクラスメイトと話をするし、冗談だって言う。

 女子から話しかけられることはもちろん、告白された経験もある。

 勉強だって並にできるし、スポーツだって同じようにできる。

 少なくとも休み時間になると笑顔で僕に話しかけてくるクラスメイトがいることから、僕の周囲からの評価はまあまあよいと考えている。


 何とも平々凡々。

 面白みの欠片もない。


 こんな奴が主人公の小説を読まされた暁には、おそらく僕はそれをビリビリに破いてゴミ箱に捨て、二度と僕の目に映らないようにするだろう。


 しかし、僕がそんなつまらない人間であるのは、僕自身が常日頃から意識してそうあろうとしてきたからである。


 正直な話、僕は生身の人間とコミュニケーションをとっているよりも、脳内で人間の身体をいたぶっている方が好きなのだ。


 ただ一方で、僕のそんな考えは一般大衆には決して受け入れられるものではない。

 それは僕も重々理解している――理解しているからこそ、僕は一見普通であろうとしているのだ。


 僕だってこの思考が露呈することで、例えば他人から奇異な目で見られ続けたり、治療と称して不自由な入院生活を強いられたりするのはごめんだと思う。

 どうしたってそれは生きていくのに不便だろうし、何より趣味に没頭することができなくなる可能性だってある。


 だから僕は僕を演じている。


 みんなと同じ普通を装っている。

 そうすることで僕は現状を保っている。


 そして、そんな僕と同じような奴は一生現れない――僕はそう確信していた。


 それ故に僕は今まで僕の趣味を誰かに打ち明けたことはなく、もちろんこれからもそうする必要はないのだ、と。


 僕は僕の趣味を堪能できる僕にとっての日常を守るために、普通であることに専念してきたのだ。




――そう、までは。


 

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