銃と魔人とTSF

@honebuto

第1話

 激しい銃撃音が当たり一面に響き渡る。すべての生き物を殲滅しようとする激しく痛々しい音。

銃声が鳴り響き、ドピシャと言う生々しい音が聞こえた。誰かが銃弾に当たったのだろう。まるでわら人形のように、足元から崩れ落ちていくその様は、まさしくこの場の異常さを物語っていた。

 しかし銃を持つ人間は、それを見て何も思わないのか、はたまた日常の一部として捕らえているのか。死者など居なかったかのように、銃弾を打ち込んでくる相手へと突き進んでいく。

 そんな中、悠久の年月を経て朽ち果て、ところどころに亀裂と苔が見られる建物の一角。双方打ち合う銃撃の物陰に、隠れ潜める男が二人。

 片方は金髪に青い凛々しい目を持つ、顔立ちの良い男。こんな状況でなければ間違いなく、女たちは放ってなどおかないだろう。

 もう片方は、黒い髪に黒い目。隣に立つ男があまりにも上物すぎて霞んで見えるものの、こちらも悪くない顔立ちをしているのが分かる。

 金髪の男が拳銃をクルクルと回す。


「ったくよぉ。このご時勢にファッキン野郎どもだ。人間同士で争ってる場合じゃねぇだろうよ。頭イってんじゃねぇか?」


「そう言うなって。こうなってから人が生きるのも必死なんだからさ」


 黒髪の男が反論すると金髪の男は、指をピストルに見立て自分の頭に当て銃を撃ったかのような仕草をとる。


「相変わらずてめぇもファッキン野郎だ。この状況をどう見れば、生きるのに必死、になるんだよ。殺し合いじゃねぇか。資源を奪い合ってるわけじゃねぇんだぞ」


「でもセシル。分かってるだろう? 僕らはそれで稼いでるんだから言えたことじゃないってこともさ」


 ヒュンと飛んでくる弾丸をセシルと呼ばれた金髪の男は、ひょいと避ける。と同時に、怒気をはらめつつ黒髪の男を睨み付ける。


「ナマいってんじゃねぇぞ、このファッキン野郎が。こいつが片付いたらどうなるか、よーく覚えとけよ、ダン」


「ご自由に。ともかく今は陣形を崩さないとね。落ち合う場所は――」


「うっせーよ。ガキじゃねぇんだ」


「なるほど。そういう返しが来るとは思わなかったよ。キミ風に言えばファックと言っておけばいいのかな?」


 クックックと小さく笑うダンと呼ばれた黒髪の男に、セシルは舌打ちをする。しかしそれ以上は時間が惜しいと感じたのか、言っても無駄だ、と悟ったのか。

 もう片方の手にセシルは拳銃を取ったかと思うと、駆け出す。それに続いてダンも、内ポケットから拳銃を取り出してセシルとは別の方向に駆ける。

 セシルはすぐに打ち合っている標的を見つけたかと思えば、寸分たがわぬ速射で一人、また一人と打ち付けてドピシャと言う音を作り続ける。


「何だ! あいつは! どこから現れた!」


「ゴミ虫どもめ。いまさら気づいてもおせぇよ」


「クソ!」


 セシルは打ち続ける。そしてその度に一人、また一人と倒れる仲間を見て、次は自分なのではないか、と言う恐怖を植えつけた。

そんな焦りだろうか。打ち合っていた兵士たちは、銃声をいくつも響かせるが、セシルに当たることはなく、金属で作られた薬莢がピンピンと言う音を立てて落ちる。


「ファック! ノーコンか? もっとよーく見てから撃ちな」


 銃声を鳴らしながらセシルはアドバイスを口にする。しかし彼の放たれた銃弾によって既に事切れ動かぬ物となってしまっていた。

 ッチ、とセシルはあからさまな舌打ちをして、あたりを見渡す。鮮血に染まった周囲は一目で全てがわかる。セシル以外に生者がいないこと。耳を澄ませば羽虫の音まで聞こえてきそうなその静寂を打つのは、ダンがのものであろう銃声のみ。


「クズ虫どもが。反吐が出るぜ」


 奇妙な静けさの中、セシルはそう言うと、まるでゴミ箱を漁るかのように、血のべっとりと染み込んだ服から、銃や弾薬、果ては金品を漁っていく。


「ま、おかげで俺たちも助かってんだけどな」


 などと舌打ちを混ぜつつセシルは漁り続ける。

 程なくして血に染まっていない銃や弾薬、そしてサビとは無縁の金品をあらかた探しつくしたのだろう。セシルはダンと落ち合うと決めていた、この辺りで一番大きな建物へと向かう。

 どうやらセシルとダンが加担した陣営の人たちは、勝利を収めたと思ったのか、既にその場を離れているらしい。ダンの戦闘であろう銃声が聞こえなくなったかと思うと、辺りはシンと静まり返った。

 この辺りでは珍しくない、苔が生えた建物へとセシルは入る。


「さーてさて、ダンの野郎に何を――」


「待っていたぞ」

 ダンのものではない、重低音を思わせる声とともに暗闇からセシルへと襲い掛かる何か。しかしセシルも銃口を見て避けるだけの動体視力。さすがと言うべきか、やはりと言うべきか。その不意の一撃を紙一重で避ける。

 だがその一撃は明らかに人ならざるものだった。巨大な悪魔のような手。


「おいおい、マジか。聞いてねぇぞ……」


 冷や汗がセシルの体を伝って、ぶるりと震える。絶対的な強者だった。姿は人からかけ離れるそれは、漆黒の角と翼を生やし、人の倍はあるのではないかと思うほどの巨体。


「セシルよ、貴様に教えてやろう。物事とは常に想定を超える出来事が起きるものだ」


「っへ、バケモンが人を気取ってんじゃねぇ、よ!」


 言葉とともに銃を抜いたかと思えば、巨体な人でない何かの眼球に向けて性格に速射する。

 しかしまるで初めからそこに来るのが分かっていたかのように、手を顔の目の前において弾を防ぐ。


「人を気取るな、とはよく言ったものだ。我々は隣人。貴様らとは対の存在だ」


「ファック! なに言ってやがる! 悪魔じみたその容姿のどこが対でどこが隣人だ、クソが!」


 拳銃を掲げ、隣人と呼ばれた化け物に撃ちつつ、セシルは後退する。初めから分かっていた。敵わない。だが、セシルも簡単に離れるわけには行かない。

 ダンがここに来るからだ。どれだけ暴言を吐こうとも彼の脳みそをある程度買っているセシルはダンを手放せない。ともなれば離れるわけにもいかないのは道理。

 加えてダンはセシルより身体能力の劣る。万が一にでも、暗闇からの一撃を喰らおうものならそのまま息絶えるだろう。だからこそ、セシルは少しでも時間を稼いでダンと合流する必要があった。

 ピンピンと薬莢が落ちる音が辺りに響くものの、一向に傷を負ったようには見えない隣人と呼ばれた化け物。いや、それだけならまだ良い。隣人と呼ばれる化け物は、そんな中でも反撃に出て、セシルを捕らえようと動き回る。

 首の皮一枚といえばいいのか、ギリギリの位置で巨大な拳を避け、そして再び眼球へ向けて銃弾を打ち込む。その度に隣人は軽く銃弾をあしらう。

 割に合わない攻防だった。しかしそれも長くは続かない。その均衡が崩れたのは一瞬だった。

 まだか、と思わせるセシルの心がほんの一瞬、余所見させた。本当に少し、それこそ、まばたきと変わらないのではと思うくらいの一瞬。

 十分だった。

 その瞬間を隣人は見逃さずに、捕らえた。セシルの体がまるで雑巾のように、ぐにゃり、とひしゃげて、吹き飛ばされる。

 セシルの口から血が漏れて、地面へと横たわった。


「長かった。貴様を取り逃がした私の責務はこれで終わる。セシル、ここまでだ

 内側から湧き上がる血で、話すことすら出来ず、セシルは朦朧とする。あまり目も見えていないのだろう。焦点もあまり定まっているようには見えなかった。


「死ね」


 その言葉を聞いたセシルの意識は、その場で途絶えるのだった。

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