12月24日 PM11:02 @鹿島栄介(細めの中年男)

 ざわざわ、と空気が揺れている。


 霊だ、霊界に揺らめく、数多なる霊体の囁きだ。


 波が浜辺に打ちつけるような、その囁き。その願い、そのメッセージ。


 聞こえる。その声が聞こえる。


「誰だ?」


「誰?」


「え、マダム?」


「誰それ?」


 そうだ。いつでもそうだ。こうやって霊たちは迷っている。求めている。訴えかけている。


「占いの人?」


「降霊術って、こっくりさん的な?」


「あれでしょ、ミュウミュウの」


「イエス・キリストの霊と話せるとか」


「マジで?」


「嘘くせえ」


「お黙りなさい。始めるわよ」


 ぴしゃり、と芯の通った声が聞こえた。私を介して霊を呼ぶ、その人の声である。そして、ゴッと鈍い衝動が私を襲う。


「わっ……」


 さまよえる霊たちが、するすると引いていく。


 と、その瞬間、いままで私の肉体に宿っていた霊が、憑きものをなくしたかのように天へと昇り、還っていくのを感じる。


 その霊は、家族には内緒で、ペットの飼い猫を安楽死をさせた男の霊だった。猫の重い病気を憐れんでの行為ではあったが、死後、やはり家族に猫の死の真実を伝えたいと、私たちの手を借りに来たのだ。


 俺が殺した――ミイちゃんは俺が殺したんだ、と。


「ああ、やっと元に戻ったみたいね」


 霊が去ると、つぶやくような声が聞こえた。


 その声だけは私の耳に強く聞こえ、私の能力を限界まで引き出してくれる。私たちは二人で一つ、霊界からの言葉を届ける存在として、全能神ゼウスよりこの世に遣わされたのである。


 リリーン、そのとき合図の鈴の音が響いた。私の中はその音に清められ、真っ白になっていく。


「まずは、二階で亡くなったという女性、その人を降ろしましょう」


 リリーン、もう一度鈴の音が響いた。リリーン、もう一度。リリーン、そしてもう一度。


 その音色に、私の魂は徐々に透明となり、霊界とこの世を繋ぐ真っ白な光が現れる。


「おお……」


 恍惚として、私の喉は嗚咽を漏らす。


 いま、この瞬間、マダム・フレグランスの手によって、依り代である私の肉体にその霊は降りてくるのである。

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