ことりのせぼね

 お嬢さん、お嬢さん。

 路面をヒールで打ちながら歩いていたら、呼び止められた。周囲のせわしない足音たちは、私を追い抜いて通り過ぎていく。

 お嬢さん。

 少ししわがれた男の声が、工事中のビルディングのかげから聞こえてくる。

 お嬢さんという歳ではないが、立ち止まってしまった以上、話を聞かなくてはならないだろう。

 私は人の波を避けながら、ビルディングのかげに入った。

 工事中ご迷惑をおかけしております、と、誰かがたてることを望んだのに疎まれることをおそれた看板が立っている。その前を通り過ぎて、灰色の薄汚い防音シートをめくって中を覗き込んだ。

 私を呼びましたか。思ったよりか細く声が出た。もっと、堂々と、不機嫌そうに、時間にうるさい近所の老婆のような声になるかと思っていたので、私はおびえた。

 お嬢さん、やぁ、どうも、どうも。

 男の声が、ほっとしたような軽さを帯びる。

 防音シートをおろして、中に入ってしまうと、空気が誰かの体内みたいに生ぬるかった。

 足下が、ほの明るい。

 地面に並べられた色とりどりの薄布を踏まないように気をつけて、私は進む。

 しばらくすると、薄布の上に、小指の先よりも小さな小石が並んでいることに気がついた。

 どれも、ほしの、かけらですよ。

 男の声が、ほほ、と笑った。

 お嬢さん。わたしはもともと、笛吹なのですがね。腰と足を悪くして、今ではこうして、露天であまつゆを待っているのです。

 あまつゆ。私が怪訝につぶやくと、そうです、そうです、と男の声が答える。

 ほしのかけらのことですよ。ひとの見る夢が、日々、落ちてきて、それのかけらが集うのです。かけらたちは、お互いに夢を話しながら、朝になると露と消える。ほら、それは小鳥の夢ですよ。

 私が指先で拾いかけていた、淡い水色の小石について、男の声は教えてくれた。

 それは小鳥の背骨でできています。小鳥の願う、よい夢です。小鳥の芯を貫いていて、ときに、彼の体を縛り付ける。

 空を飛びたいとか、そういうのですか、と私は問う。

 さあ、どうでしょう。それがくるしいことか、楽しいことか、わたしには分かりません。

 小石には不揃いな穴が開いていて、ビーズのように糸を通すのかと思ったが、男の声は、唇に当ててみろと言う。

 息を吹き込むと、ずいぶんと低い音がした。アフリカで眠る象みたいで、私は静かに目を閉じる。

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