第114話 レベルアップ その3
「泰葉からも聞いてるでしょ、私の事」
りんご仲間達とアスハの遭遇と言う一大事はもうひとつの重大事件をもたらします。その事に最初に気付いたのはさっきから止めたと言う言葉の意味をずっと考えていた泰葉でした。
「え?ちょ、どう言う事?」
「私達だけ時間を止めたのぉ~?」
泰葉が気付いたとほぼ同時に鈴香も異変に気付きます。突然学校に部外者が現れて周りでちっとも騒ぎにならなかった理由、それがこれでした。何とりんご仲間以外の周りの人の動きがピタッと止まっていたのです。動きだけじゃなくて時間自体が止まっているような雰囲気でした。
こうして周りが止まっていれば、確かに部外者が現れても誰も騒ぐ事はないでしょう。
しかし、いつからそう言う状態になっていたのか、泰葉を含むりんご仲間達は全く見当がつきません。みんながからくりに気付いたと言うところでアスハはその説明をします。
「時間を止めたのとは正確には違うけどね。世界の軸をずらしたんだ」
この衝撃の事実を前にセリナが呆然としながらつぶやきました。
「私達だけそうしたって……じゃあここにいないルルは?」
「うん、もうすぐ来ると思うよ」
みんなが集まっていたのは放課後だったので、当然ルルは部活でこの場にいません。その今いない仲間の事もアスハはしっかり把握しているようでした。あんまり自信たっぷりに宣言されたので、セリナも困惑してしまいます。
それから数分後、血相を変えたルルがその言葉の通りに教室にやって来ました。
「やっぱり何か起こってたっスね~っ!」
「ルル!どうして?」
アスハの予言が当たって、セリナがひどく驚きます。当の彼女はこの教室にやってきた理由を息も切らさずに簡潔に説明しました。
「急に部活のみんなが動かなくなったんで、変な胸騒ぎがしたんスよ!そいつが犯人っスか!」
言葉に怒気を含んだその言い方にりんご仲間達が少し圧倒されていると、ルルはズンズンとアスハの前までやってきます。一触即発の雰囲気を察して、どうにか喧嘩だけは止めようと2人の間にゆみが割って入りました。
「ちょま、私達もまだ何が何だか……」
「私は皆さんを招待しにきたの」
この状況に場が騒然としている中、アスハは平然としながら自分が魔界からこの教室にやってきた目的をさらっと口にします。過去にアスハに魔界に招待された事のある泰葉は、その時の記憶がフラッシュバックしました。
「まさか……みんなを魔界に?」
「魔界?」
彼女の言葉を聞いたアスハは首を傾げながらオウム返しをします。それはまるで泰葉の推理が見当違いだったと言わんばかりの反応でした。
突然の魔界からの来訪者、自分達以外は時間が止まっている――。つまり時を止められるほどの能力者が自分達に何か用があって現れたと言うこの現状に対して、得も知れない恐怖に駆られたセリナはブルブルと声を震わせました。
「何で急にそんなトンデモ展開に……」
「冗談……じゃなさそうだけど」
「ちょっと怖いデス」
セリナに続いてゆみとアリスもこの先に展開するであろう未来の光景を想像して言葉をなくします。この場にいる全員が怖い想像をしていると感じたアスハは、その恐怖心を払拭しようとみんなに笑顔を振りまきました。
「そんなに警戒しないで。それに今から行く場所は魔界じゃないから」
「じゃあ、どこなんスか?」
ずっとこの魔界からの来客をにらんでいたルルは警戒心を解かずに質問します。アスハは良い質問が来たとばかりに彼女の方に顔を向け、にっこりと笑いました。
「りんごの樹です」
「は……?」
求めていたものと違う答えが返ってきてルルは困惑します。そんな彼女にお構いなしにアスハは言葉を続けました。
「私達はりんごの力で結ばれているんです。だから」
「もっと分かるように……うわッ」
からかわれているように感じたルルが意気込んだ次の瞬間でした。彼女の体は突然消えてしまいます。この突然の状況に2人の間に割って入っていたゆみも酷く動揺しました。
「一体何を……」
「力を意識した人から導かれます」
目の前で人ひとり消えてしまったと言うのにアスハはとても冷静です。このやり取りをずっと黙ってみていたアリスは、ルルが消えた理由を彼女の仕業と断定して怒りの感情をあらわにしながら訴えました。
「ルルさんを返してクダ……」
その言葉を言い終わる前に彼女もまたその場でプツンと姿を消してしまいました。それはまるで魔王が配下の不出来なモンスターを消すようなシチュエーションです。目の前で大切な友達が2人も消えてしまい、残されたメンバーは騒然となりました。
誰もがショックでまともに言葉を出せない中、真相に気付いたセリナが叫びます。
「分かった!りんご能力だよ。あの力を使おうとすると飛ばされるんだ」
ルルもアリスも相手を攻撃する事の出来る能力を持っています。そのためにアスハに向かってその能力を使おうとしてしまった。それが2人が消えてしまった原因だと言うのです。このセリナ説の説得力に他のりんご仲間達は無力感に包まれました。
2人が消えた事で席から立ち上がった泰葉も落胆してしまいます。
「でもそれじゃあ私達、助けにも行けない」
「大丈夫、私がみんな連れて行ってあげる。そのために来たんだよ」
暗い雰囲気が場を包み込む中、アスハだけが明るくみんなに話しかけます。そうして彼女はここで右手を上げるとそのままくるっと一回転させました。その仕草によって彼女の魔法が発動してアスハを中心に球形の異空間が発生し、その場にいる全員を吸い込んでいきます。いきなり魔法を使われてりんご仲間達は全く身動きも取れません。
異空間に包まれたのはほんの一瞬で、瞬きの間にみんなはルル達が飛ばされた空間と同じ場所に転移していました。
その場所は人工物の全く見当たらない自然の豊かな場所。学校の教室からそんな全然違う場所に飛ばされて、みんな何も出来ないでいます。
突然見た事のない世界に飛ばされた事で泰葉とセリナはそれぞれにつぶやきました。
「な、何これ……」
「ここはどこ?」
セリナのこの当然過ぎる質問にアスハはたった一言で説明します。
「ここは楽園です」
その一言でピンときたのか、セリナはもう一度聞き返しました。
「まさか、あの楽園?」
「で、最初に呼ばれた使徒はあそこ」
彼女の質問をスルーする形で、アスハは前方のある一点を指さします。その指の先には先にこの世界に飛ばされてしまった2人がぽつんと立っているのが見えました。彼女達の無事を確認出来て、泰葉は大声で叫びます。
「ルルー!アリスー!」
2人との距離は目測で100メートルほど。お互いに駆け寄ってすぐにりんご仲間達は合流しました。無事に出会えて喜びあった後、すっと真顔になったルルがみんなに向かって話しかけます。
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