第108話 文化祭 その6
「じゃあ、次はどこに行くっスか?」
「ステージに行ってみまショウカ」
教室での展示はある程度見たと言う事で、アリスはステージ発表の方に興味を持ちます。リクエストを聞いたルルは、事前に渡されていたステージのタイムテーブルの書かれた紙を取り出し、現在時刻を参考に現在の演目を確認しました。
「ステージは……今は2年の先輩がダンスをしているみたいっスね」
「ダンス!面白そうデス」
「じゃ、体育館にゴーっス!」
2年生のダンスに興味が湧いたアリス達は胸を弾ませながら体育館に向かいます。この頃にはかなりの数のお客さんが学校を訪れるようになっており、校舎内もそれ以外も結構賑やかな感じになっていました。それは泰葉の教室もまた同じです。
「ひぃ~。結構忙しい~」
本格的なコーヒーが人気なのか、それとも泰葉達の作る軽食が人気なのか、それとも現役女子高生がウェイトレスをしているのが人気なのか、占いの館兼喫茶店はいつの間にか大盛況になっていました。
もしかしたらお客さんの誰かがSNSで情報を発信したのかも知れません。喫茶店が満員なのはある意味想定内だとしても、意外な事にもうひとつの催し物の方もまた同じくらい大盛況だったりしたのでした。
敵情視察と言うか、忙しさの合間を縫って様子をちらっと確認したゆみは、自分の目で見た事を裏方担当の泰葉に伝えます。
「占いの方も列が出来てるよ」
「へぇ、鈴香やるじゃない」
「アレじゃない?喋るのが遅いから時間がかかってるだけとか」
「かもね」
2人が占いの方に列が出来ている理由を好き勝手に想像していると、この忙しさの理由の一端を作った勢力が教室に戻ってきました。
「チラシ配り終わったよ~」
「いいところに!ちょっと手伝って~」
こうしてセリナを含む5人はチラシ配りで疲れているにも関わらず、そのまま喫茶店のヘルプに回されます。最初こそぶーたれていた5人でしたが、その忙しさを見てすぐに泰葉達の手伝いに回りました。セリナは裏方を希望しましたが、ゆみの強い希望で彼女と同じウェイトレスにされてしまいます。
お揃いの可愛らしいデザインのエプロンを身に着けたセリナは、ぎこちない笑顔でお客さんを出迎えました。
その頃、教室の4分の1のスペースで区切られた占いの館では、鈴香がそれっぽい雰囲気を醸し出しながら次々に訪れるお客さんを相手にしています。
「次の方ぁ~」
「えっと、いいですか……」
彼女の前に悩みを抱えてうつむき加減な少女が座りました。彼女はどうやらみんなと同じく高校1年生のようです。その醸し出す負のオーラを払拭するように、鈴香はいつもの脳天気な雰囲気で声をかけました。
「えっとお~、何を占いますぅ~?」
「あの、実は猫を飼いたいんですけど……」
「猫!」
その猫と言う言葉に鈴香の態度は一変します。シャキンと背筋を伸ばして相談者の少女に対して真剣な目で向き合いました。
「家族が反対してるんですよね。どうしたら……」
「猫は飼うべきです!私が家族を説得出来るように念を送ります!」
いつもののんびり能天気モードはどこへやら、真剣モードの彼女はまるで別人のように積極的に少女に話しかけました。占いをしに来たのに突然念を送ると言う予想外の反応をされて少女は困惑してしまいますが、真剣な鈴香の勢いに飲まれ、その話をそのまま受け入れます。
「出来るんですか?」
「今から念を送ります!いやぁ~っ!」
彼女はそう言うと両手を重ねてそれを額に当てながら、ものすごい気迫のこもった念を少女に送り続けました。この奇行とも取れる言動に少女は圧倒されて声も出せません。それからしばらくは謎の沈黙の時間が続きました。
「……」
「……」
最初の内こそ勢いに飲まれて硬直していた少女ですが、何もしない時間と言うのは短時間でも長く感じるものです。実質、約1分ほどの沈黙の時間が過ぎた後、その圧に耐えきれなくなった少女は恐る恐る鈴香に声をかけました。
「……あの?」
声をかけられた彼女は我に返ったようにその謎のポーズを解き、疲れ切った顔で少女に作業終了の旨を報告します。
「終わりました。これで大丈夫なはずです」
「わ、分かりました……有難うございました」
猫の話を切り出してから終始圧倒されっぱなしだった少女は鈴香の言葉を信じ、お礼を言って席を立ちました。ひと仕事をやりきった彼女はそこで気力を使い果たしてしまったのでしょう、突然糸の切れたマリオネットのようにバタリと机に突っ伏します。
「ぷしゅ~」
喫茶店側で忙しく働いていたゆみに占いスペースで異変が起こった事が伝わります。廊下でざわついている様子を目にした彼女は、占い担当のスタッフの井出希に声をかけました。
「あれ?どうしたの?」
「大変、鈴香が寝ちゃった」
この報告を聞いたゆみはその瞬間がいつか来ると予想していたので、自分の額をペシッと軽く叩きます。
「あちゃ~。起きそう?」
「それが力を使い果たしたみたいな状態みたいで……」
「しゃーない、私が保健室に連れてくよ」
彼女はそう言うとウェイトレスのエプロンを付けたまま倒れた鈴香のもとに向かいます。りんご仲間がリタイヤしたと言う事で、裏方でせっせと頑張っていた泰葉も心配になって思わず飛び出しました。
「ひとりで行けそう?私も行こうか?」
「うん、無理そうなら頼むね」
ゆみはそう言うと、まずは自分ひとりでいいと彼女の協力を取り敢えず遠慮します。ぽつんと取り残された泰葉はその動向を見守る事に。
「大丈夫かな……」
「あ、これだめだー。泰葉、お願い……」
「はいはい、待ってて」
机に突っ伏した鈴香をその場から動かすには女子ひとりでは無理だったようで、すぐにヘルプの声がかかります。御指名があったと言う事で、泰葉はすぐに占いスペースに向かいました。
力を使い果たした彼女を2人がかりで担ぎ上げて、そのまま保健室に運ぶ事にします。その様子を目にした喫茶担当スタッフの田口京香は、彼女達に声をかけました。
「すぐに戻ってきてね。2人抜けられるとちょっときつい」
「了解了解」
このお願いに泰葉は軽く返事を返します。保健室まで鈴香を運ぶ道中で、彼女は素朴な疑問を口にしました。
「鈴香、占いで何やったんだろ?」
「さあ、分からないけど力を使い果たしたんだよねこれ」
この質問に腐れ縁のゆみが答えます。りんご仲間2人に抱えられた彼女は保健室に着くまで、いや、保健室に着いても全く意識を取り戻しませんでした。
鈴香をベッドに寝かせた後、そこから先の事を保健の先生に任せて2人は自分達の教室に戻ります。
その頃、アリス達文化祭見物組は体育館のステージで行われていた上級生の演劇を鑑賞し終わったところでした。
「3年生の劇も面白かったデスネ」
「シュールな桃太郎ってアレンジも笑えたっス」
演目が終わったところで時間を確認すると、ちょうどランチタイムになっています。ちょうどいい頃合いだと思ったアリスは、隣りに座っているルルに声をかけました。
「もうすぐお昼だし、私教室に戻りマスネ」
「アリスっち、お弁当?」
「ハイ。あの、それがナニカ?」
突然昼食の事を聞かれて、彼女は困惑します。
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