第107話 文化祭 その5
「えーと……コーヒーとケーキで」
「かしこまりー」
こうして泰葉のクラスの占いの館プラス喫茶店もまた、徐々に忙しくなり始めるのでした。
一方、1人で各出し物を見て回っているアリスは、とある教室の前でその出し物の名前を読み上げます。
「おお、お化け屋敷デス……」
その教室で行われていたのは日本の文化祭の2大定番出し物のひとつ、お化け屋敷でした。普通は友達同士とかカップルで挑戦するこの出し物ですが、あいにく今のアリスはひとりです。
それでも好奇心のうずいた彼女は、単独でこのアトラクションに挑みました。
喜び勇んで教室に入ったものの、やはりそこは学生の手作りお化け屋敷です。仕掛けもおばけも手作り感アリアリのチープなもので多少びっくりはしたものの、本格的に怖いと言うほどのものではありませんでした。そのために全てを回った後には少し物足りなさも感じます。
「まぁまぁデシタ……」
お化け屋敷の感想をぶちゃけつつ、アリスは他の教室も回ります。どの教室も凝った催し物をしていると言う訳ではなく、手抜きのような何かの展示でお茶を濁している教室もまたそれなりにあって、その自由研究の発表会のようなものを眺めながら彼女は今の気持ちをつぶやきます。
「やっぱり1人は淋しいデスネ。誰か一緒に廻る人を誘えば良かったデス」
そうして教室を巡っていると、ある部活の展示に辿り着きました。その教室の中を覗いたアリスは思わず声を出します。
「あ、ここハ……」
「お!アリスっち、やっほっス!」
その教室では暇そうにしているルルがいました。そう、そこは書道部の展示スペースだったのです。ルルはそこで一緒に部活に入った友達のまゆと一緒に受付をしていました。
思わぬ場所で知り合いを目にしたアリスは、目を輝かせている受付嬢に声をかけます。
「ここ、書道部の展示デシタカ」
「そうなんス。もう暇で暇で」
どうやら書道部に興味を持つ人はあまりいないようで、ルル達は暇を持て余しているようでした。知り合いがいたと言う事もあって、アリスは教室に入って展示されている書道部の力作を眺め始めます。流石に本気で書に向き合っている人の書いた作品は迫力が違っており、彼女は素直な感想をこぼしました。
「どれも迫力があって素晴らしいデスネ」
「でしょ。先輩方とかとんでもなくて中々追いつけないっス」
ルル達受付は見学をする人に展示されている書の解説をするのが主な役割です。なのでアリスにその良さを伝えようと懸命に言葉を駆使していました。書かれている言葉の意味から、それぞれの書の素晴らしい部分の解説など、ルルの説明は時に言葉足らずでしたが、その分情熱がカバーしていて熱意がとても伝わってきます。
各先輩の力作を次々に目にしてうなずきながら、アリスは素朴な疑問をこの熱心な解説嬢に伝えました。
「それで、ルルの作品はどれデスカ?」
「えへへ、ちょっと恥ずかしいっスけど……」
催促されたルルは少し恥ずかしがりながら、自分の書いた作品を指さします。彼女の作品を見たアリスは、その書の美しさを目にして純粋に感動しました。
「見事デスヨ!字に躍動感ジマス!トメ?とかハライ?とかダイナミックデスネ!」
「そ、そうっスか?」
「はい、とても感動シマシタ!」
自分の作品を褒められたルルは、照れくさそうに頭をかきながら笑顔になります。それから解説の役割から離れ、コンビを組んでいたもうひとりの受付嬢のもとに向かいました。それから2人で何かの話し合いが行われます。
アリスがそんな様子を気にせずに書道部の他の作品を眺めていると、話し合いに折り合いがついたのか、ルルがまた鑑賞中の彼女のもとに戻りました。
「アリスっちは昼から喫茶店の裏方っスよね?」
「ハイ?」
その突然の質問にアリスは首を傾げながら返事を返します。その言葉を聞いたルルはニコッと笑顔を浮かべ、アリスの顔を覗き込みました。
「じゃあ一緒に回らないっスか?アリスっちが良かったらっスけど……」
「いいんデスカ?」
「まゆがここはひとりでいいって言ってくれたっス」
どうやらさっきのルルの行動はそのためのものだったようです。彼女はひとりでこの展示を見に現れたアリスを見て、初めての文化祭を十分に楽しめていないのではないかと考えたようでした。そうして、その推測は見事に当たっていたのです。
アリスは快く相棒を貸してくれたまゆにお礼を言いました。
「まゆサン、有難うございマス」
「え?あ、いや、いいんよ。ルルと遊んできて」
「じゃ、行くっスよ」
丁寧にお礼をされたまゆは、照れくさそうに頬を染めながら2人を見送ります。もともと体育会系で行動派のルルは、アリスを引っ張るように先導していきました。
2人で文化祭巡りを始めたアリス一行が次に訪れたのは、書道部と同じくらい地味そうな雰囲気の教室です。早速彼女はその部活の名前を確認しました。
「ここ、文芸部っスね」
「お、ちょっと読んでみて!面白いから!絶対!」
文芸部の教室に入ったところ、すぐに中にいる先輩に声をかけられます。どうやらそこでは部員の人達が作った同人誌を販売しているようでした。中には文芸部の部員とその部員の数だけの種類の同人誌が机の上に並べられています。
その冊子をよく見ると、文芸部として作った同人誌と部員個人制作の同人誌が並んでいました。
押しの強い先輩が個人制作の同人誌を教室に入ってきた2人に強引に勧めます。あまり本を読むのが得意じゃないルルは、この勧誘に露骨に嫌な顔を返しました。
「うーん。文字が多いのは苦手っス……」
「なら漫画もあるよ!大丈夫、普通のやつだから」
「普通の?」
その言葉に疑問を覚えたルルの反応に、先輩は余計な事を言ってしまったと口を押さえます。それからニチアサの魔法少女モノのキャラが表紙の漫画同人誌を彼女に勧めました。その本を渡されたルルは仕方ないと言った風情でパラパラとページをめくります。
逆に文字ばかりの本にそんなに抵抗のないアリスは、オリジナル小説の同人誌を手に取って、正面で興味深く様子をうかがう先輩に声をかけました
「これ、売ってるんですヨネ?」
「普段は300円だけど、文化祭価格で何と100円だ!」
「100エン……」
いきなりの定価の三分の一という破格設定にアリスは絶句します。その値段からどうやってもこの本を売りたいんだなと言う先輩の気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
もうちょっと押せば買ってくれそうだと言う雰囲気を感じた先輩は、ダメ押しで更に言葉を続けます。
「結構手間かかってるんで100円だと大赤字なんだけどね。どう?」
「か、買いマス!」
「おおおっ!有難うございますっ!やった!やっと売れた!」
アリスは財布から100円玉を取り出して先輩に手渡しました。初めて売れたと言う事で、先輩は涙を流さんばかりに喜びます。そのまるでコントみたいなやり取りを冷めた目で眺めていたルルは、率直な感想を口にしました。
「全然人気ないんスね……」
「素人の作った本だからね、仕方ないんだよ」
「中身も薄いっスもんね」
「たはは……」
厳しい一言が突き刺さった文芸部の先輩は、もう笑うしかありません。アリスは一冊同人誌を買いましたが、ルルは試し読みはしたものの何も買わず、そのままこの少し居辛い雰囲気の教室を後にしました。
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