第84話 魔界ライバル その3

 アスハに急かされた泰葉は早速スマホを取り出します。やはりここはおばあちゃんに連絡を取った方がいいでしょう。彼女が通話履歴からおばあちゃんと連絡を取ろうと指で操作していると、その様子をアスハが興味深そうにジロジロと見つめます。


「何でそんなにじっと見るの?」


「面白いから」


「じ、ジロジロ見ないで!」


 見られて恥ずかしくなった泰葉はアスハに行為を止めるように訴えます。それでも彼女は泰葉を見る事を止めませんでした。仕方がないので何とか視線を無視しておばあちゃんに電話をかけます。


「あれ?何で?」


 通話ボタンをタップして聞こえてきたのは通話不能のメッセージ。よく見ると電波状態が圏外になっています。泰葉は住宅地でそんな事が起こるはずがないと、焦って周りをキョロキョロと見渡します。その様子がおかしかったのかアスハはクスクスと笑いました。


「遅かったみたいね。だから言ったのに」


「どう言う事?って言うか……ここは?」


 そう、2人が出会ってからまだ大して歩いていないはずだったのに、いつの間にか周りの景色が全然違っていたのです。そこにあったのは見た事のない建物、見た事のない植物、地形も泰葉の見慣れたそれとは全然違います。

 まるで狐か狸に化かされたような……2人はいつの間にか全然違う場所に来ていたのでした。


 その事実を前に泰葉がこの状況を認めきれずにぽかーんとしていると、満を持してアスハがこの場所の名前を口にします。


「うふふ。ようこそ魔界へ」


「ま、魔界?」


 アスハが口に出した言葉を泰葉は聞き返します。いきなり魔界に来たとか言われてもすぐには信じられる訳がありません。既に周りが全く目にした事のないものに囲まれていたとしても。

 質問を受けたアスハは、泰葉がおばあちゃんと連絡がつかなかった理由を困惑する彼女に得意げに説明します。


「もう人間界との連絡はつかないわ。だって違う位相だもの」


「い、意味分かんないんですけど」


「来て。こっちよ」


 右も左も分からない中で頼れるのはアスハだけと言うこの状態では、もう彼女に従う以外に道はありません。開き直った泰葉はこの珍しい光景をキョロキョロと見渡しながら質問します。


「魔界って言っても見た事のないものがあるだけで、それ以外はあんまり変わらないんですけど」


「混沌とした人間界とは違うよ。ここはもっと純粋」


 前を歩きながら、アスハは魔界の説明をします。人間界が混沌で、魔界が純粋だと言うその言葉の意味は分かりませんでしたが、何となく言わんとする事は分かるような気が泰葉はするのでした。

 しかし疑問は次々と浮かんできます。彼女の一番の疑問と言えばやはりこれでしょう。


「えっと、どうして私を?」


「あなたが私と対だから」


 このアスハの答えにまたしても泰葉の頭の中ではてなマークが踊ります。


「さっきも言ってたけど、対ってどう言う意味?」


「同じ存在って事。役割的な意味でね」


「役割?私の役割って?」


「あなたはいずれ……いや、今は言わない方がいいか。未来を限定させてしまうもの」


 意味深な事を言いかけて止めたアスハに泰葉はモヤっとします。喉まで出かかった言葉が結局出てこないようなもどかしさを感じて、どうにかそれを確かめる為に泰葉は一計を案じました。


「あなた……アスハは知っているの?その……自分の未来を」


「ええ、だから確かめたかったの。対となるあなたを」


 アスハのこの話っぷりから何だか話が壮大なスケールになってきたような感じがした泰葉は、何だか厄介な事がこの先で待ち構えている気がして、どうにかその未来を否定する為に彼女に自分の想像する自分の未来について語ります。


「私はなにものでもないし、将来も別に平凡な人生を送るつもり。だからアスハの期待するような未来はきっと訪れない」


「そう?でもきっとそうはならないわ」


 泰葉の言葉をアスハは軽く否定します。そのあまりの自信たっぷりな話っぷりに彼女の声は少しトーンダウンしました。


「そりゃ、りんごを食べたから少しだけ特殊だけど、こんなの趣味の範囲だよ……私、へっぽこだし」


「そんな簡単に自分の可能性を閉ざさないで」


「そんなのはどうでもいいよ。ねぇ、どこに向かってるの。私をどこに連れていきたいの」


「紹介したい人がいるんだ。大丈夫、もうすぐ着くから」


 アスハは泰葉がどんなに否定しても自分の語る世界観を頑なに崩しませんでした。そうしてこの不毛な会話を続けている内に、2人は魔界の街らしい場所に着きました。街に入ってすぐに目についたのが蛇のオブジェの多さです。右を見ても左を見てもすぐに目に入ってくるので、思わず泰葉はつぶやきます。


「蛇?」


「そう、蛇」


「何でこんなに蛇が一杯……」


 街のあちこちにある蛇のオブジェ。それは今にも動き出しそうなほど精巧に作られています。珍しそうにその蛇を見ている泰葉を見たアスハは、この蛇達の由来を説明します。


「この街の住人は元々全員が蛇だからね。それを忘れないようにしているんだよ」


「全員って、アスハも……そうなの?」


 全員と言う言葉に泰葉は敏感に反応します。そこで返ってきたアスハの言葉は彼女の想像を軽く超えたものでした。


「泰葉、あなたもそうなのよ」


「わ、私は人間だもん!」


「あなたは蛇の、それも偉大な蛇の血を継いでいるわ」


 泰葉も蛇だと言うそのアスハの言葉に彼女は激しく動揺します。すぐにはその言葉を信じなかった泰葉でしたが、そこでふとおばあちゃんの語ったあの昔話を思い出します。今までおとぎ話だろうと思って全く信じてはいなかったこの話がここに来て急に信憑性を帯びてきたのです。


「それって、おばあちゃんの……?あの話は本当なの?」


「そっか。一応聞いてはいるんだ」


「でもそんな……あの話は……」


 やっぱりまだ信じられないで混乱している泰葉に、アスハはこの街に伝わる伝説を彼女に伝えます。


「そうね、かなり昔の話……ライラはね、かつてこの街の長の娘だったんだ。それで魔界を出たのが今から800年前……」


「800年?!」


 その年月の古さに泰葉は目を丸くします。その後ですぐに冷静になって計算が合わないとアスハにツッコミを入れました。


「でもお父さん41だよ!計算が……」


「だからつい最近までひとりだったんだよ。人間の尺度で考えるからおかしくなる」


 泰葉の抗議も全くアスハに相手にはされません。それどころか謎理論で逆に説得されかける始末。そこで泰葉も自分の思いつく限りの方法で反論します。


「じゃあ私も長生きするの?」


「あのりんごが適合したからね」


「でもりんごが適合したのは他にも……」


「泰葉、それはあなたが適合したからなんだよ。それで関係の近い人が連鎖反応を起こしたんだ」

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