センチメンタルになんかならない
@hiyori6
第1話
自分の生活を客観的に考えると、聡美はイヤになった。
今日も、冷凍のブロッコリーとパックに入った五種の蒸し豆、味付きササミでサラダを作り新しく買ってきたノンオイルごまドレッシングをかけて食べた。
前使っていたごまドレッシングより今度のは酸味がやけに強くて、食後も不満足だった。
不満足な食事をすると、聡美は心にぽこっと穴があいて、後から後から食べてしまう。
何か食べてしまわないように、バイクに乗って出かけた。
お金を使わずに今日一日を過ごす為に図書館へ向かった。
図書館への道のりには二つのネズミ捕りスポットがある。
いずれもいかにも運転者が油断しそうな、のんびり道で、一時停止違反を見張っている。
一つ目のネズミ捕りスポットで注意深く一時停止をして、しばらく走り、二つ目のネズミ捕りスポットで先を行く乗用車が徐行も一時停止もせずに走り抜けるのを見て
「やられるぞ!」
聡美は思った。
が、サイレンもホイッスルの音もしない。
聡美はまたしても注意深く、一時停止線で停止してから、いつもくぼみに停まっているパトカーが今日は居ないのに気がついた。
さっき走り去った乗用車がお咎めなしだったのがなんだか理不尽に思える。
聡美がこの土地に引っ越してきたばかりの時、丁度ここでネズミ捕りに引っかかり、二点点数を引かれ、六千円払った。
それから気をつけるようになった里美は、そこを通るたびキッチリ一時停止をし。
次々と引っかかっている、車や原付を横目で見て通り過ぎるのが、意地の悪い一つの楽しみになっていた。
なのに、今日に限ってパトカーは居ない。
図書館に着くと棚の間をブラブラして、前にも読んだことのある、虐待された子どものドキュメンタリーを手に取りカウンターに向かった。
聡美はこの手の本が大好きだ、あと、猟奇殺人調査官の話や殺人鬼の手記など。
似たような話で、いくら残酷な描写や恐ろしい殺人鬼が出てきても、フィクションではダメなのだ。
「本当にあった話」を興味津々と読む。
それらの本は「英米文学」「精神医学」のコーナーに沢山あるが、聡美はあらかた読み尽くしている。
今日は一年ほど前に読んだ、とりわけ酷い虐待を受けた少年の話を選んだ。
かなり分厚い本なので、一週間はもちそうだ。
駐輪場に向かうと、聡美の停めたバイクの隣に、後から無理矢理割り込んで、押し込み駐輪してあるママチャリに目がとまった。
母親が子どもを乗せようとしていた。
聡美は一歩下がった位置で、母親が子どもを自転車の後部に乗せ、ヘルメットをかぶらせ、出ていくのを待った。
出て行き際、母親は聡美に
「すいませーん。」と言った。
聡美はにっこり微笑んで、
「いえいえ、暑いのに大変ですね。」と言った。
母親は、
「本当にねえ。」と言って、やっと出て行った。
ベビーカーには道を譲る。
電車の中で子どもが騒いでも、微笑みかける。
しかし、聡美は子どもと、その母親が大っ嫌いだ。
聡美は、「優しい」「母性的」「明るい」「人をジャッジしない」などと友人に言われる。
言われる度に、聡美はその的外れな品評を心の中でせせら笑い。
聡美の普段の人に対する振る舞いが成功しているのだ、と優越感にひたる。
虐待に関して書かれている、多くの本。
被害者に寄り添い、虐待を行なったような人物が、なぜ発生するのか。
起こらないようにするのには、どうすればいいのか。
起こってしまったら、どうケアすればいいのか。
という体を表向きにして。
子どもから辛い告白をさせるために、それを思い出させ、根掘り葉掘り、聞き出している。
そのことを、聡美はいやらしい行為だとしていつも腹を立てている。
しかし、聡美は自分もそういう話を読むと心落ち着く、罪人の一人だということも認めている。
図書館からの帰り道、聡美のマンションのすぐ近く、田園風景の綺麗なお気に入りの道で一時停車した。
青々と育った稲をデジカメに収める。
さっきの図々しい自転車の母親の事も、これで忘れられそうだ。
バイクにまたがり、田園を左折するとサイレンが鳴り「そこのバイク左へ寄せなさい。」スピーカーからの声がした。
一時停止違反ということで、二点点数を引かれ、六千円徴収されることとなった。
「人もめったに歩かず、車も普段走ってない様な田んぼ道で、ネズミ捕りとはヒマだな。」
警官に心の中で言いながら、
実際の口は「申し訳ありません。」「以後気をつけます。」「お手数かけました。」を連発した。
六千円の出費は正直、聡美にとって激痛だ。
そして、マンションの近くが新しいネズミ捕りスポットとなったことを、聡美は心に刻み込んだ。
この出来事で聡美はイラだって、味付きササミ一本、0キロカロリーゼリーを二つ、貪り食べた。
食べ終わって煙草を吸っていると、聡美は急にだるくなって、ベッドに身を投げ出した。
借りてきた本に手を伸ばす前に、聡美は眠りに落ちた。
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