フィスト章

 目が覚める。

 ..なんだ今の...俺はいったい...


「なくなっちゃえぇぇ!」


「!!!」

 目の前には大きな鎌を持った影がすごい勢いで振り下ろしてくる。


「う、うわあああ!」

 俺は間一髪でそれをかわす。


「だぁめだよぉ、よけちゃぁぁ」

 影は振り下ろした体勢のまま首だけこちらに向け言う。


「ひっ!」

 俺は変な声が出た。


「よけたらぁぁ...」

 影はそういいながら体をこちらに向ける。


「きれいにころせないでしょぉぉぉ!!」

 そういいながら影はまた鎌を大きく振り上げる。


「うわあああ!!」

 俺はその場からとっさに逃げる、影は鎌を上に上げたまま追いかけてきた。


 なんなんだあいつは?大きな鎌もって人切って殺して...今俺を殺そうとしてる。

 俗にいう殺人鬼?冗談きついぜ...

 俺は必死に逃げる、しかし殺人鬼は俺を追いながら近くにいる人間を次々に切っていく。


「あ..ぁあ」

 俺は走る、ただただ走る。

 まだ助かる命かもしれないのに...俺は走ることしかできなかった。


「まぁってよぉお」

 聞こえない


「やめてくれええ!」

 聞こえない


「おかぁさん!!」

 聞こえない


「だ...誰か...」

 聞こえない


「ぎゃあああ!!!」

 キコエナイ


「いやあああ!!」

 キコエナイ...!!!


『ほんとに?』


「え?」

俺は何かが聞こえた気がした、気が付くと俺は知らない建物の後ろに隠れていた。


「ここは...」

 俺は殺人鬼から逃げながらとっさにこの建物の後ろに隠れたのか。


「なんとか...撒いた?」

 ふう...と俺はため息をつきその場に座り込み下を向く、そして逃げていた時のことを思い出す。


「あの人たち...どうなったんだろう」

 助けるとこはできた...ほんとに?


「いや...助けることは...」

 俺にはできなかった。

 例え俺があそこで立ち止まって殺人鬼と戦っていたとしても多分負けてた。

 もしかしたら勝てたかも?

 もしかしたら他の人が助けてくれたかも?

 もしかしたら...

 そう、「もしかしたら」だ。

 勝てた保障なんてない、負けた保障なんてない。

 そんなことを考えても後の祭り、『奇跡』は起きない。

 起きたかも?

 それは自己暗示、それは自分勝手な考え。

 所詮人間は...


「みにくい」


「?」

 俺は顔を上げる、そこにはロルネが立っていた。


「君、どうして...」


「君じゃないロルネ」


「いまそんなことどうでもいいだろ...」


「...」


「人が死んだんだ...俺の目の前で...」


「...」


「俺は...逃げた」


「...」


「逃げることしかできなかった」


「...」


「なぁ?俺はどうしたらよかったのかな?」


「...」


「もしかしたら勝てていた?

 もしかしたら勝ってたかも?

 たまたま相手が体勢を崩して俺が...」


「...」


「いや...それはないな」

 俺は座り込んだまま話をする。


「俺、弱いし頭悪いし何やってもうまくいかないし...」


「...」


「なぁ俺...どうしたらよかったのかな?」


「...」


「黙ってないで答えてくれよ!!」

 俺はロルネの肩を思いっきり掴んだ、ロルネは顔を苦くしながら言う。


「いたい」

 俺は我に返る。


「あ...ごめん...」


「...」


「俺は...俺は...」

 俺は泣いた。

 泣いたのは悲しいから?

 泣いたのは痛いから?

 いや違う...泣いたのは...『守れなかったから』


「お、俺は...」

 泣いているとロルネが語りだした。


「人は弱い、醜く汚く弱い。」


「ロ...ルネ?」


「でも...神様よりは...綺麗で美しくて優しくて」


「お、おいロルネ...何を言って...」


「私はそんな人間が...面白くて、楽しくて、好き」

 何を言ってるんだ?


「みぃつけたぁ!」


「!?」

 見つかった...今度こそ殺される。

 後ろに逃げようとしたが後ろは壁になっていて逃げれそうにない。


「もぉにげぇられないよぉお」

 死ぬ...

 そう思ったそのとき俺の前に白いものが立つ。


「んんん?なぁにきみぃい?」


「...」


「ロルネ...」

 なにやってんだよ...早く逃げろ...そんなとこにいたら死ぬぞ。


「ねぇねぇ?きみもしにたいのぉお?」


「...」


「ロルネ...に、にげて...」

 ダメだ、怖すぎて言葉がうまくしゃべれない。

 そのとき俺の中で何かか叫びだした。


『その子を盾にして逃げれば生きられるかも!』と。


 ...あぁ

 所詮人は...

 人間は完璧じゃない

 人間は絶対じゃない

 いくら科学が進歩しようと

 いくら最強の力を手に入れても

 いくら世間が完璧は人だと評価してその人が本当の善人でも

 完璧じゃない

 完全じゃない

 絶対じゃない


『それでも...自分は...自分を知ってる』

『それでも世界は回っている』

『それでも...』


「神様は残酷だ、神様は私たちをただ作っただけで何もしてくれない」


「何もしない...助けることも裁くことも」


「例えこの世が試練の道だとしても」


「その試練に何の意味がある?」


「俺は...」


『夢とは何か』

『探求とは何か』

『人とは何か』

俺の頭の中はごちゃごちゃだ。

もう何もかもどうでもよくなってくるほど...


「探せばいい」

ロルネがそういいながらこちらを向く。


「ロルネ?」


「探せばいいんだよ?」


「探す...」


「そう探す...」

 ロルネはそう言いながら目をつむった、殺人鬼は鎌を大きく振り上げ、そして振り下ろす。


「あっ」

 俺は何をやっている?

 突然目の前が白くなり気が付くと殺人鬼は宙に舞っていた、そして俺の手には白く大きく剣とも呼べず刀とも呼べず。

 俺の手には『何か』が握られたいた。


 何が起きた?

 気が付くと俺は手に刀とも呼べず剣とも呼べず、それを何と呼んだらいいかわからない『何か』を握り殺人鬼をふっ飛ばしていた。


「な...にが...」

 俺は今の状況を理解できない、殺人鬼は宙を二回ほど回った後地面に落ちてきた。


「いぃぃぃぃいいいいいいたぁぁぁあああいいいい」

 殺人鬼はこの世のものとは思えない奇声を上げながら立ち上がる。


「こぉのやろぉおう」

 殺人鬼は奇声を上げたままこちらを向く。


「...」

 俺は何も言わずただ構えた。


「やぁんのかぁあああ!!??」

 殺人鬼はそう言いながら足元に黒い陣のようなものを展開した。


「あれは...」

 ファイタースピリット?


「...」


「こここころろろしぃいいてやるううう!!」


 いや、あれはファイタースピリットではない、似ているが...違う。

 ならあれはいったい...


「いいくぞおおお!!!!」

 殺人鬼はそう言いながら片足で地面をけり空中を飛びながら真っ直ぐに突っ込んでくる。

 俺は体を後ろに曲げながらかわす、それと同時に殺人鬼は俺の上で静止しそのまま鎌を振り下ろす。


「...」

 俺は何も言わずわざと体勢を崩し地面に倒れると、同時にその反動で『何か』で防御した。

 殺人鬼は奇声を上げながらそのまま上空に急上昇、そして急降下してきた。

 俺は急降下してくるそれを『何か』でまた上空に飛ばす。

 飛ばす瞬間殺人鬼の鎌と俺の『何か』がぶつかり合い金属が当たりあう高く大きい音が聞こえた。

 殺人鬼は相変わらず奇声を上げている。

 もはやそれは聞き取ることはできない。


 俺は静かに足元に陣を展開した。

 殺人鬼はふたたび急降下してくる。

 俺は陣を展開しながらただ一言呟いた。


『レイ・レイン』【光の雨】


 すると陣から無数の光の矢が飛び出す、それは直接殺人鬼にあたらず上へ上へと昇る。


「なぁぁんだあああ???」


「...」

 次の瞬間無数の光の矢が天から降り注ぐ、殺人鬼は奇声を上げながら受け流そうとしているが無数の光の矢の雨は止むことはなく降り続ける。

 そしてそのまま殺人鬼は光の矢とともに地面に落ちてきた、地面に落ちても光の雨は止まない。


「ちょおしにのぉおおるなぁぁぁ!!」


「...!」

 殺人鬼は奇声を上げながら再び陣を展開する。

 黒く丸を保てずゆがみながら大きくなっていく、その陣から黒い柱のようなものが多数出てくる。

 それらは殺人鬼を守るかのように中心の方に倒れ一つ一つが支えあいながら立つ。

 その柱に邪魔されて光の矢はすべて弾かれている、俺は陣を閉じる、すると雨は止んだ。

 そして俺は殺人鬼を見る。

 殺人鬼はさっきまで上げていた奇声を上げておらず、何かつぶやいている。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス...」


「明らかに...やばい...よな?」

 俺は再び陣を展開、臨戦態勢に入る。


「コロス!!!」

 殺人鬼は大きな声を上げる、同時に陣から黒く丸い球?のようなものが出てきた。

 殺人鬼は腰を低くしながら突っ込んでくる、俺は右手で『何か』を持ち、左手を横に広げる。

 すると陣から光の剣が一本出てくる、それを左手で遠隔操作し殺人鬼に対して真っ直ぐ飛ばす。

 殺人鬼はそれを黒い球でガード、同時に俺の前で鎌を横方向に振る、それを横目に『何か』で受け止め、腹に蹴りを入れる。

 殺人鬼は少し後ろに下がる、しかしそのまま鎌で反撃してきた。

 鎌の攻防、『何か』の攻防、金属がぶつかり合う高い音と風を切り裂く音が空に響き渡る。

 永遠と続く戦いの攻防、それを終わらせたのは小さな隙....攻防の際、殺人鬼は一発だけ重い一撃で俺は体勢を崩す、殺人鬼は鎌を持っている手とは別の手で思いっきり顔面に一発貰った、俺はそのまま後ろにものすごい勢いで飛ばされる、殺人鬼は大きな奇声を上げながらまるで獲物にたかる獣のように真っ直ぐ喰らいに来た。


「...」


「しぃぃぃいいいねぇえええええ!!!」

 殺人鬼はそのまま鎌を振り下ろす...


 キィィィィン


 と、大きな音が鳴る。

 次の瞬間殺人鬼の腹に『何か』が突き刺さっていた。


「...??」

 殺人鬼は何が起きたか理解できていないようだ、簡単にいうと「カウンター」をもらったに過ぎない。

 鎌を下す瞬間俺は『何か』を地面に突き刺しその摩擦で止まる、その体勢のまま殺人鬼に蹴りを入れ、鎌を『何か』で飛ばし、無防備になった殺人鬼に『何か』を刺した、 


 ただ、それだけだ。


「ぐ..は..ぃ」


「終わりだ」

 俺は殺人鬼の腹から『何か』を抜く。


「ち..が..ぁ」


「...」

 殺人鬼は何かつぶやきながら白い煙のようなものになりながら消えていった...




END

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