金ピカ体験

ナガス

次の日

その① 礼奈と良心

 どうやら彩ねぇは、昨日の旅行の疲れと、長時間の愛の営みで、随分と疲弊してしまったらしく、朝の九時を過ぎた現在でも起きてこない。

 思い返せば、彩ねぇは車の中でも電車の中でも、一度も眠っては居なかった。いつだって佳代ねぇが眠らないようにお喋りをしていたし、電車の中では私と佳代ねぇを起こすために、ずっと起きていたのだ。

 私はと言うと、眠たくなれば眠り、起こされれば不機嫌になり……やりたい放題だった。まだまだ人間として、未熟な部分が多いと、反省する。

 彩ねぇは私を溺愛しているから、怒ったり、スネたりは絶対にしない。しないのだが、それに甘え続けるのは、最低な事だ。それにそんな事を続けていると、いくら天使な彩ねぇだって、私に怒りをぶつけてくるだろう。

 これからは、私が彩ねぇのために出来る事を、がんばろう。そして極力、迷惑をかける類の我儘は、言わないようにしよう。

 私はそう決心し、グッとガッツポーズを取った。


 何はともあれ、とりあえずトイレに行こうと思い、体を起こし、布団から抜け出し、ベッドの外に降りた。

 すると、足の下の感触が、いつもと違う事に気がつく。私はそっと地面を見ると、そこには、私と彩ねぇの服が、部屋一面に散らばっているのが目に入る。

 そして私の足の下には、お父さんから借りている、濃紺のトレンチコートが、あった。

「うわぁっ!」

 私は思わず悲鳴のような声を上げて、ベッドの上へと飛び乗った。

 このトレンチコートは、お父さんが十年前、ボーナスで買った、とてもとても高い、トレンチコートである。そして私が今現在、一番良く着る服でもあり、とても気に入っているもの。コートは生涯、これしか着たくないと思うくらい、着心地がいいもの。安奈の指輪と、佳代ねぇから貰った白い服の次に、私の宝物となっている、大事なもの。

 それを私は、足蹴にしてしまった……。

「あわわわわわ……」

 このトレンチコートを借りる際、彩ねぇに「貸した人が不快にならないよう、大事にするんだよ」と言われた事をフラッシュバックのように思い出し、額から変な汗が出てくるのを感じた。

 脱ぎ捨て、地面に起き、一晩そのままにし、果てには足蹴にする……これは絶対に、誰がどう見ても、大事にしていない行為だ。

「あわわ……わわわわ……」

 私は気が動転し、誰も聞いていないというのに、独り言のように「あわわ」と言い続けた。

 私はチラッと、彩ねぇを見る。

 どうやら彩ねぇは、まだ起きていない。天使な寝顔のまま、グッスリと眠っているようだ。

 私は息を飲み、ベッドの上から、そぉっと、トレンチコートを拾い上げる。

 そして、出来た足場にゆっくりと降り、ハンガーラックにかかっているハンガーをひとつ取り、そのままコートをハンガーラックへと、かけた。

「ふぅ……」

 とりあえずは、誰にもバレずにトレンチコートを救出する事が出来、私はグイッと額の汗を拭った。

 しかし、やはり気になってしまう。型崩れなんて起こしたら、私は悔やんでも悔やみきれない。

 型崩れするような、着方をしてはいるのだが……高い服は、そう滅多な事で型崩れなんて起こさないと、聞いたことがあるような、無いような。

「……うー」

 しかし、問題はまだ片付いてはいない。彩ねぇの服もそうだが、佳代ねぇから貰った私の服も、部屋中に散乱したままである。

 このまま放置するのは、流石に良心が痛む。それに、彩ねぇに掃除を頑張ると言った手前、私が今の状況をなんとかしなければ。

「うー……」

 しかし、私の尿意も、そろそろ限界が近い……私は下半身を押さえ、モジモジとしながら、どちらを先に片付けるか、悩んだ。

 そして、恐ろしい事に気がついてしまった。私は今、裸である。

 体に何一つ身にまとっていない状態で、私は今、色々なものの限界を迎えつつあった。

「うがぁーっ!」

 私は佳代ねぇのような奇声を発し、仕方なくハンガーラックに無造作にかけられている私の黒いスエットをそのまま履き、再びトレンチコートを手に取って素肌の上から羽織り、彩ねぇの部屋を後にした。

 何をするにも、最高のパフォーマンスを発揮するには、とりあえずこの尿意を、なんとかしなければいけない。

 私はそう判断し、ドタドタと一階まで駆け下り、トイレへと飛び込んで、スエットを膝まで下ろすか下ろさないかという所で、便器へと座る。

 そしてその瞬間に、訪れる、至福の時。

「ふっ……はぁー……」

 なんとか、間に合った。


「かにっかにっかにーっ」

 私は昨日、彩ねぇと佳代ねぇとで歌ったカニの歌を口ずさみながら、意気揚々と階段を登り、彩ねぇの部屋の扉を開いた。

「かにっか……」

 そこには、中学時代のジャージを身にまとった、彩ねぇが、一人で黙々と洗濯物を集めている姿があった。

 彩ねぇは扉を開けた私の方をみて「おは……」と言うが、何やら固まってしまっている。

「……礼奈ちゃん、ついに」

「え……?」

「ついに、見てもらいたい欲求に耐えられず、露出狂に、なってしまったんだね……」

「えっ!」

 私は自身の格好を見て、彩ねぇが何を言っているのかを、すぐに理解した。

 腰までしか上げられていないスエットに、素肌にトレンチコート。胸の谷間もおヘソも、丸出しである。

「ちっ……! 違いますっ! これはっ……色々頑張った、結果なんですっ!」

「何を、頑張ったって、言うんだい?」

 彩ねぇは、少し寂しそうな表情を作り、再び洗濯物を集めだした。

 確かに、この部屋の状況を見れば、何も頑張っていないように、見える。そしてこの、ふざけた格好。

「ごっ……ごめんなさいぃーっ! 違うのぉ彩ねぇーっ!」

 私は彩ねぇの体にしがみついた。

 彩ねぇは「ふふっ」と、幸せそうに、微笑んでくれた。

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