――エピローグ――

幾斗から貰ったミュージックプレイヤーの中には、ピアノの曲が入っていた。

少女はそれを聴いて、すぐに幾斗が弾いたものだと気付いた。

優しく、美しいその音に、少女は静かに涙を流した。

小瓶の中にはいちごの飴が数個入っていて、初めて幾斗と出会った日を思い出させた。

小瓶にはリボンが結ばれており、その中心にはプラスチックの小さな音符が付いていた。

少女はその音符にチェーンを通し、ネックレスとしていつも身に着けてた。

いつか、幾斗に自分を見つけて貰うために。



――――そして幾斗と別れた数年後。



『――それでは、最後の演奏者の登場です』

会場に響いたそのアナウンスと共に、1人の女性が舞台へと現れた。

―――少女は有名なピアニストが多く参加するコンクールへと出場していた。

アナウンスが少女のことを盲目だと告げた時、客席が騒めいた。

しかし、少女は立ち止まることなく舞台の中心へ足を進めた。

『・・・・・只今ご紹介させて頂きました通り、私は目が見えません』

舞台の中心で、マイク越しに告げる少女の声はとても静かだった。

『ですが、私が盲目だからと言って、ピアノが弾けないわけではありません。ただ、目に映る全てのものが、暗いだけ。たったそれだけです』

たとえ他人の目にどう映っても、盲目だからと同情されても、今の少女にとってそれは、恥ずべきことでも、悲しいことでもなかった。

『私のピアノの音が、1人でも多くの人の心に届きますように・・・・・・』

心からの微笑みを浮かべながら、少女はマイクを置いた。

そして、観客へ丁寧に礼をしてから、手探りでピアノの前に座り、そっと鍵盤へと手を伸ばす。

軽く息を吐いてから、少女の指が白い鍵盤に触れた。

演奏が始まった瞬間―――観客の誰もが口を閉ざした。

誰もが時を忘れ、少女の演奏に心を奪われていたのだ。

少女の奏でる音は優しく、静かで切ないものだった。

やがて演奏が終わり、数秒の沈黙の後、観客は我に返ったように盛大な拍手を少女へと送った。

少女は笑顔で礼をし、温かな観客に見送られながらゆっくりと舞台を下りた。



『――それでは、結果発表へと移ります』

アナウンスが流れ、優勝者の名前が挙げられる。

「・・・・・・・・」

―――そこに、少女の名はなかった。

しかし、少女は笑顔で観客と共に、見えない優勝者に拍手を送る。

『そして――優勝には至らなかったのですが、今回もう1人、特別賞を授与します。特別賞は―――』

そのアナウンスの後、会場内に少女の名前が響いた。

「っ・・・・!」

息を呑む少女を、観客は温かい拍手で包んだ。

そして、見事特別賞を勝ち取り、鳴り止まない歓声に包まれながら、少女は再び舞台へと上がった。

特別賞の証として、賞状と小さな花束が手渡された少女の耳に、

「おめでとう」

―――とても聞きなれた優しい声が届いた。

「・・・・・!?」

「上出来だ。次は優勝しろよ?」

耳元でそう呟かれた瞬間、少女の頬に小さなリップ音が響いた。

それはとても甘く――――いちごの香りがした。







END





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