父親殺しのパラドックス

梯子田ころ

父親殺しのパラドックス

私の父は、時空理論学者だった。

父は言った。「タイムマシンはまもなく完成するだろう。人類最大の兵器であり、科学技術の頂点となる。・・・ずっと昔から決まってた、確定事項なんだ」

昔々、父は時空理論学者だった。今は、行方不明者だ。



私が物心ついて間もないころ、父は全世界に向けて発表した。

父は時空理論に関する研究チームのリーダーで、タイムマシンの実用が技術的に可能であると繰り返し論文で主張していた。

大国の大学から、直々にオファーが来たこともあった。

そのときは、バックに相手国側の政府の陰が見え隠れしていて、タイムマシンを悪用しようしているのが見え見えだった。

なんとかそれをはね除け、国際的に、どこの国の兵器にもならない、国際組織下に移動し、研究を続けた。

そして、第一号を作り上げた。

第一号は小さな分子を未来に送り届けるというもので、巨大な装置と莫大な費用を要した。

何年か経って、第二号が完成した。

第二号は辞書程度のサイズの物をやはり未来に送り届けることができるようになった。遅れる物を大きくなっただけでなく、小型化にも成功していた。

でも、世界の人たちは驚かなかった。

未来への行き方はなんとなくわかる、期待しているのは、過去へさかのぼることなのだ。

みんなが求める、過去・・・。

誰しもそういう願望がある。

あのとき、こうしておけば・・・。あのとき、もしこうしなければ・・・。受験、就職、ありとあらゆる決定。それを、どうにかさかのぼって阻止することができたら・・・。

そして何より、過去へさかのぼるというのはロマンがあった。

未来からやってきた未来人。

歴史を改変し、自分の思い通りの未来をつくる。

のどから手が出るほど、みんなほしがるだろう。みんな、みんな・・・。みんなの憧れ。



父はついに、過去へ遡る実験を成功させた。

その年は、タイムマシン元年と呼ばれた。



父の研究チームが過去へ遡れたことを発表すると、研究はあっという間に加速した。

父は30年前の朝刊の一面の写真に、30年後の今にしかないはずの物を写真に写り込ませた。

実際、写真にそれが写り込み、撮影者にはそれが映っていた記憶が無いことを確認し、そして瞬く間に信用性が向上した。

その写真は「奇跡の写真」と呼ばれ、タイムマシンの象徴となった。

が、しかし・・・。

有人実験を行うと発表し、被験者を募集するもなかなか集まらず。有人実験が白紙に戻されそうになった。

しかし、父は「だれもやらないなら俺がやる」と名乗り出た。父は一度決めたら曲げないタイプだったので、誰もとめることができなかった。



実験は失敗、父は戻ってこなかった。



実験は失敗し、父は行方不明者となった。

マスコミ達は「時空事故」や「世紀のほら吹き」などと呼んだ。

私は悔しかった。でも、同時に父を憎んだ。

私と母、それから弟は逃げるように引っ越した。

その後、タイムマシンの話は世の中からもみ消されていった。一時期の盛り上がりは瞬く間に消え去った。代わりに数々の高度技術が登場し、遙か昔のSFに書かれたような世界が完成した。

そこにタイムマシンがないだけだ。

ぽっかりと。SFからも消えた。



それから、何年も経った。

母と私は弟に、タイムマシンと父の話は伏せ、母の名字で暮らすことにしていた。

私は大学生になっていた。地元の大学に進み、平凡に暮らしていた。

そんな、ある日のことだった。

「なあ、お前の父親だろう?」

「へ?」

唐突にキャンパスの中で聞かれた、私は一瞬で何を聞こうとしているのかわかった。

「ちょっと・・・、私、忙しいから・・・」

私は足早に逃げようとした。掘り返されてはたまらない。私と、母と、それから弟の何気ない日常。

「おい、ちょっと待ってくれよ」

私は小走りに走った。

「おい、待てってば!」

その男は私の右手首を掴んできた。私はびっくりして、右手をブンブンと振り回した。

その間に男は左手を掴んだ。

「きゃ、きゃあぁァ・・・・」

不思議なものだ。本当に怖い時なんて、大きな声は出せないんだ。

「待ってくれよ、頼むから。別に、俺はタチの悪いミーハーとかじゃない。むしろ、お前の父親の件の間接的な関係者なんだ。関係者。」

「は、はあ?」

「いや、だから、俺の父親はタイムマシンに関わってたんだ。タイムマシン。そうだろう?」

「・・・なんの、ことですか?」

「世紀のほら吹き。」

「放してください。もう・・・私には関係ない、そうでしょう?」

「認めるんだな?」

「放してください」

「俺の父親は、タイムマシンに関わっていた。お前の父親が、まだこの国の研究機関に居たころだ。国際機関で研究することになって、そして俺の父親は研究からは外れた。名前は、」

「放してください」

「宮岡信二」

「・・・!」

「わかったろう?」

男は学生証を見せた。宮岡真次と書かれていた。

「知りません・・・・」

「なあ、俺は別にお前の父親を非難しているんじゃない。むしろ逆なんだ。お前の父親の事は、心から尊敬してる。凄いと思っている。」

「・・・」

「俺は、お前の知らないタイムマシンの事をたくさん知ってる。もちろん、時空事故の真相も。・・・なあ、俺に、少し時間をくれないか?信用できないんだったらどこで話してもいい。学生課の前でも、交番の前でも警備室の前でもどこでもいい。俺に時間をくれ。お前は事件の全てを知るべきなんだ。俺はそう思ってる。」

「私は・・・・」

「どうだ?」

「私は、知りたく、ない。」

「・・・」

「私は、知りたくありません。私は、もう、無関係なんです」

「・・・悲しいよ」

「あなただって、そうでしょう?」

「なにが?」

「私はあなたのことを、忘れます。もう、話しかけないでください。もう、知らないんです。」

「そっか。」

「・・・さよなら」

「ああ、じゃあな。・・・・じゃあな。えーっと、」

男は何か言いかけた。

私は握る力が弱くなった彼の手を振りほどき、立ち去った。

なんだか、彼の手の握り方には、懐かしい感触があった。

なぜだろう?

ああ、必死な人の握り方って、あんな感じなんだろうな。

私は少し振り返った。

男は真反対の方を、もう歩いていた。


私は知らない方が良い。みんな忘れた、みんなもう知らないんだ。

真相は、いつまでも闇の中にいて。

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