冒頭モノその3

益田米村

冒頭

世間では夏休みだお盆だとせわしない中、その恩恵をなかなか受けられていな寂れた温泉街「多女納温泉郷」のバス停に、一人の長身痩躯の男がおりたった。彼を降ろしたバスは、何かにせかされるように、バス停で待っていた常連の乗客を乗せずにバス停を離れていく。バスを追いたてるその何かとは、男の容貌である。世界を見渡さんとするかのように縦に伸びた背。心を読まれまいと落ちくぼんだ黒い瞳。日の光を拒絶するかのような白い肌。そして何よりの決め手は、真夏にもかかわらず暑苦しく羽織られた黒いロングコート。この組み合わせはまさに町に不幸を運びに来た「死神」そのものである。スピード違反も恐れぬ運転手とて、命は惜しむ。客を身捨てて逃げた彼を責められる者など、いようものか。バス停には、死神と哀れな乗客が取り残された。オフシーズンの今、観光客など来る当てもないこの町では、ただでさえ目立つよそ者の中に合って、さらに異彩を放つその男は、乗りはぐった乗客に、一切の憐れみも込めずにこう言い放った。


「あのぉ、長生きの湯ってどこですか?」


その声は、まるで地獄から響いてくるかの如く、深く、暗い声だったという・・・。

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冒頭モノその3 益田米村 @masudayonemura

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