第134話 魔法文化祭 その2

 なおの話にマールは身を乗り出した。どこで情報を得たのか、街の魔法文化祭について彼女は更に続ける。


「催し物のある建物は交通機関が混乱する程の人気になるそうですよ」


「へぇぇ、すごいなぁ」


 マールはなおの話に想像を膨らませる。彼女の中の賑やかな街のイメージとして、この間の収穫祭を思い浮かべていた。そんな規模のお祭りならば楽しいのだろうなと、マールはまだ見ぬ街の魔法文化祭に思いを馳せる。と、その想像の流れで彼女はある疑問を思い浮かべた。


「あ、そうだ!文化祭って事は召喚部も何かやるの?」


 そう、その疑問とは今彼女達が所属している魔法召喚部の事だ。裏の仕事を任されている未公認の部活とは言え、一応部活扱いではあるのだから文化祭に参加していても不自然ではない。マールがそう思うのも当然の話だった。

 この疑問に対し、すでに事情を知っているらしいなおは真顔で答えを口にする。


「何もしないそうですよ」


「なんで?非公式だから?」


「文化祭の部の出し物は基本その部の部室でやるからだそうです」


「あー。あの秘密基地をみんなにはバラせないよね」


 文化祭での部活動の活動報告はその部室で行うのがこの学園のルールらしい。召喚魔法部の部室は校舎から離れているし、あの部室を一般生徒が訪れる事はないだろうから、そう言う物理的な意味で召喚魔法部は文化祭に参加出来ないとの事。

 マールはその説明に納得してうんうんとうなずいた。


 2人が雑談を続けていると、エールだけが戻ってきた。マールは慌ててさっきもらったプリントを読み直す。


「何をするか決まりました?」


「えっと、みんな私が手伝ったら迷惑をかけそうなものばかりなんだけど……」


「きっとそんな事ないですよ」


「そ、そうかな?」


 謙遜するマールをエーラが優しく肯定する。作り笑いを浮かべる彼女に、エーラが文化祭の仕事のひとつを勧めてきた。


「ひとつ提案なんですけど、魔法オブジェの制作を手伝ってみてはどうですか?」


「私、あんまり自信がないよ?」


「みんなで作っているし、お互いに補い合えればそれでいいんですよ」


「じゃあ、やってみようかな?」


 エーラに優しく諭されて、マールのやる気が少しずつ盛り上がる。そうしてオブジェの制作を手伝う事となった。言質を取ったエーラはこの事をクラスの文化祭実行委員会に伝えるためにマール達から離れていく。こうしてまた2人に戻ったところで会話が再開された。

 中断されている間に会話熱が高まったのか、珍しくなおから話が始まる。


「学校の方の文化祭が終わったら街の文化祭にも行ってみましょうか」


「お、それいいね。じゃあ約束だよ」


 なおからの嬉しい申し出をマールは2つ返事で受け入れた。そこからも魔法文化祭絡みの話で2人は盛り上がる。この日はやる事が決まったと言うだけで、マールはまだクラスの文化祭の仕事に参加する事はなかった。

 自主的に手伝いに入っても良かったものの、自分の復活を伝えなくてはならない場所があったので、今回はその報告の方を優先する。


 マール達は人気のない場所に向かうと、そこで覚えたての転移魔法を使った。今度こそ発動は無事に行われ、2人は揃って召喚魔法部の部室へと転移する。部室に現れた途端、偶然その場にいたスパルタ先輩に遭遇した。


「お、もう平気なのか?」


「あ、はい。おかげさまで」


 ミーム先輩にもハロウィン事件の顛末は知られていたらしく、マールはペコリと頭を下げる。今日は部長は来ていないらしく、部室には先輩1人しかいなかった。

 なおは折角ここに来たのだからと先輩に話しかける。


「あの、何か仕事はありますか?」


「今文化祭で忙しいだろ?だからそっちを優先しなよ」


 先輩はそう言って2人を門前払いにしようとした。その会話からある程度の事情を察したマールは、少しカマをかけてみる事にする。


「つまり暇なんですね?」


「まぁな。ここは存在しない部活だから」


 どうやら本当に今部活は暇を持て余しているらしい。自分の話をあの先輩が素直に受け入れてしまったので、マールは少し拍子抜けする。

 それから何となく手持ち無沙汰になった彼女は、改めて部室の様子をキョロキョロと確認し始めた。まだこの部室についてあんまり詳しくなかったのもあって、部屋の様子を好奇心の赴くままに観察していく。


 マールの見たところ、ひと目ですぐに理解出来るものは少なく、ほとんど理解不能なものばかりで部室は構成されていた。謎の像とか、謎の本がぎっしり詰まっている本棚とか、触ってはいけないような置物とかを眺めながら、彼女はここでふと閃いた疑問を口にする。


「何で先輩は自分のクラスを手伝ってないんですか?」


「うちのクラスは映画製作で、私はメンバーに選ばれなかったんだよ」


 ミーム先輩はそう言って自嘲気味に笑う。放課後のクラスに居場所がなくてこの部室に来たのだろうか。今部長が部室にいないのは、部長も自分のクラスで何か文化祭の作業をしているのかも知れない。

 先輩の事情が分かり、なおは感心する。


「全員参加なクラスじゃないんですね」


「ま、一年はそう言うクラスが多いよな。2年からは楽になるぞ」


「あの……私達一年しかこっちにいられません」


「おっと、そうだった。この学園での一年間を存分に楽しんでくれよ」


 先輩は自分の失態を笑ってごまかす。なおもまたそれに付き合ってぎこちなく笑っていた。部室に微妙な空気の流れる中、もう用事も済ませたと言う事でマールはパンと手を叩いた。


「よし!分かった。なおちゃん帰ろ!」


「え?」


 この突然の発言になおは目を丸くする。まだピンと来ていない彼女にマールは人差し指を立てて得意げに説明した。


「さっき先輩が言ってたじゃん、クラスの文化祭を手伝えって」


「えっと、あの……」


「ああ、さっきも言ったけど、こっちは気にしなくていい」


 戸惑うなおに先輩も口添えする。マールはなおの顔を覗き込んだ。


「ああ先輩も言ってるし」


「わ、分かりました」


 こうして2人は召喚魔法部を後にして自分達のクラスに戻ってきた。ドアを開けた途端、彼女達を探していたらしいミチカが大声を上げる。


「あ、いた!どこに行ってたの?」


「わっ!」


 まるでドッキリみたいにいきなり声をかけられてマールは驚いて大声を上げる。その驚き方がわざとらしく見えたのか、ミチカは少し気を悪くした。


「なにもそこまで驚かなくてもいーじゃない」


「えっと、私達を探してたの?」


 ミチカの機嫌を取りつつ、マールはどう言う状況になっているのかを確認する。少し落ち着いた彼女はすぐに2人を探していた理由を口にした。


「あ、そうそう、大型の作品がちょっと間に合いそうもない感じだから手伝ったげて!」


「あ、う、うん……」


 その圧に押し切られて、マールはただうなずくしか出来なかった。クラスの出し物は期日が決まっている関係上、タイムスケージュール通りに制作を進めなくてはならない。どうやらそこに遅れが生じているらしいのだ。

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