第128話 ハロウィン その6

「うん、基礎魔力不足だってさ……。だから今はしっかりトレーニングしてる」


「マールちゃんならきっと出来ますよ!」


「うん、ありがと」


 転移魔法の取得状況が共有されたところで、2人は目的の場所にまで辿り着いた。地面に魔法陣を描くのは何でも良かったので、用具室から適当な棒っぽいものを借りてきて、地面にフリーハンドで魔法陣を描き始める。


 最初はマールが描いていたものの、形があまりにもいびつなので成績優秀ななおにバトンタッチ。任された彼女は手慣れた手付きでスラスラと魔法陣を美しく完璧に描いてしまった。その手際の良さに見ていたマールは思わず拍手をする。

 魔法陣を描き終えたなおは、自分の書いた図形を見てポツリとつぶやいた。


「これで……いいのかな」


「多分……。じゃあ、始めよっか」


 彼女に書いてもらった魔法陣の上にマールが足を踏みれる。その中心に来たところで一旦深呼吸して心を鎮めると、彼女とは本に書いていた言葉を唱え始めた。


「……古より伝わる高貴なる血筋の末裔よ……魔法をもたらしその道を伝える者よ……我の声を聞き給え。我は汝の血を受け継ぎし者なり……」


「……」


 召喚の言葉の詠唱中、なおもまた固唾をのんでその光景を見守っている。まるで時間の流れが遅くなったみたいに、その体感時間は長く感じられた。


「……開放の日に共に祝杯を上げし誓いをここに立てる……しるしを持って応え給え!」


 マールにしては珍しく、一字一句間違える事なく全ての言葉を唱え終わる。本にはこの後すぐに魔女が呼びかけに応えてくれると書かれたあったものの、実際に実行してみると全くその言葉の通りにはならなかった。

 言葉を唱え終えて30秒経ち、一分が経ち、流石に様子がおかしいと2人は思い始める。


「やっぱり……」


 召喚の失敗を確信したなおはそう言いいながら、まだ魔法陣から動こうとしないマールに向かって歩き始めた。そうして彼女が自分の書いた魔法陣に足を踏み入れたその時だった。突然その魔法陣が光り始め、なおを弾き飛ばす。


「きゃっ!」


「なおちゃん?」


 マールが彼女に声をかけたそのタイミングで、背後に謎の気配が突然発生する。


「ほう、私を呼び出すか……」


「だ、誰?」


 その聞き慣れない声に振り向くと、そこには半透明の古めかしい魔女の姿がまるでホログラフのように浮かび上がっていた。その魔女はマールを見つめると何かを察したかのように不敵に笑う。


「お前の求めに応じた者だ」


「もしかして……ハロウィンの魔女……?」


 魔女の姿を見たマールはびっくりして、そのままぺたんと地面に尻餅をついた。この特殊な状態に、同じ場所にいたなおも驚いている。


「嘘……でしょう?」


「今のお前の力ではあまりこの場には留まれんな……」


 魔女は驚く2人を少し冷めた目で見つめながら、自分の体を確認してそうつぶやく。多分その言葉の通り、後少しで魔女の姿は消えてしまうのだろう。

 折角呼び出したのに目的を果たす前に消えてしまっては困ると、マールは焦って声をかけた。


「ちょ、ま……」


「だが、お前達2人の参加は認めてやろう。せいぜい私を楽しませてくれ」


 魔女は一方的にそう言うとフッと姿を消してしまった。どうやら制限時間が切れたらしい。何も伝えられなかったショックでマールは手を伸ばした姿勢のまま固まってしまう。彼女より多少冷静だったなおは、この状況をそのまま口にする。


「消えましたね」


 呆然としていたマールはさっきの魔女の言葉を思い出し、何か体に変化がないか見える範囲をすぐに確認した。必死に探していると、手の甲に不思議な形のタトゥーのような痣が出来ているのを発見する。儀式以前にはこんな痣はなかったので、早速一緒に来ていた友達にそれを見せた。


「これ、しるしかな」


「そうなのかも……」


「これで行けるのかな?」


 こうして魔女の許しっぽいものを得た2人はその足で特別校舎に向かって歩き出す。その道中でなおにも同じ場所に同じ痣があるのを確認。

 校舎前にある立入禁止のテープの前まで来た2人はゴクリとつばを飲み込んだ。それから意を決してテープに触れる。すると流石許しを得ただけあって、魔法トラップは全く発動しなかった。


 こうして2人は今度こそ怒られることなく無事に校舎内に入る事に成功。おっかなびっくりで廊下を進むと、今が昼休みと言う事もあり、許された者しか入れない特別校舎には人の気配が全くなかった。

 2人は廊下を歩きながら、目的の魔術研究室の部室になっている教室を探す。


 ある程度教室を探したところで、一番の突き当りに魔術研究室と言うプレートを掲げた教室を発見した。


「ここ……だよね?」


 マールが恐る恐るドアに手をかけると、この教室の鍵は魔法的な処置しかされてないみたいで、物理的な鍵を持ってないのに簡単に開ける事が出来た。何の抵抗もなくドアが開いたのにも驚く彼女だったものの、教室の中の様子を目にして更に自分の目を疑う事になる。


「あれ……?」


 マールが呆気に取られたのも無理はない。色んな噂が先行してとんでもない部屋なのだろうと想像していた目の前に広がる光景は――全く何もなかったのだ。設備がないばかりではない。その教室には机も、椅子すらもなかった。どう見てもただの空き教室。

 同じ光景を目にしたなおも、この予想外の展開に流石に言葉を失っていた。


「教室に何か仕掛けがあるのでしょうか?」


「調べよう」


 魔術研と言えば、召喚魔法部と同じくらい歴史のある部活で、部員は優秀な生徒で占められ、生徒会長や生徒会役員など生徒の中でも上部に位置する人達を多く輩出するエリート達の集う部活とされている。その部の部室が空き教室と言うのはあまりにも不自然だ。

 2人はすぐにこの教室に隠された謎を解き明かそうと、必死になって教室内を調べ回った。床を調べ、壁を調べ、黒板を調べた。残留魔法を読み、そこから力の流れを探ってみたりもした。


 けれど、どれだけ綿密に調べてもこの教室に秘められているであろう謎は全く解けなかった。散々探して疲れたマールはそのまま床に腰を落とす。


「うーん、何もなかった」


「残念ですね……」


「変だなぁ」


 休憩している内に昼休みの時間は終わり、2人は急いで自分の教室に戻る。その後は何事もなかったようなふりをしながらその後の役割を全うし、2人は学校を後にする。ちなみにマールは今日も転移魔法をギリギリのところでマスター出来なかった。


 その日の用事が終わって後は寝るだけと言うその時間に、マールが僕を手招きして自分のベッドに引き寄せる。こう言う時は大抵何か他の人には話せない相談事がある場合が多い。今は寮で大人数で生活しているため、プライベートな会話をするのはとても難しいんだ。


 マールは僕の魔法領域と波長を合わせて、声にならない会話を試みる。彼女はこの芸当を少し前までは出来なかったんだけど、魔法召喚部に入ってから鍛えられたせいなのか、いつの間にかマスターしていた。

 その周りに声の漏れない会話で、マールは今日起こった事を詳しく説明する。どうやら儀式の間のついての僕の所見が聞きたいらしい。


「ふーん、大変だったね」


「棒読みで労わないでよね。で、とんちゃんどう思う?」


「普通に考えてダミーだろ」


 僕は返事を求めるマールにそれっぽい事を口走る。大体、そんな伝統ある部活が空き教室で部活動をしているはずがないからだ。僕の意見を聞いたマールは、まるで自分もそう思っていたかのように大袈裟にうなずいた。


「あ、やっぱり?」


「本当にそう思ってた?」


「ごめん嘘ついた」

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