収穫祭
第114話 収穫祭 その1
「うおおお~」
「マールちゃん、ファイト!」
今日もマールは転移魔法習得の訓練、いや、修業を続けている。指導員はミーム先輩、見届人はなお。記憶を取り戻す実験でかなり消耗した彼女はそれからはずっとマールの応援をしている。優等生な友達に見守られながら、マールは少しでも早く便利魔法を自分のものにしようと頑張っていた。
相変わらず先輩の指導はスパルタで全然丁寧でもないんだけど、その指導にずっと食らいつくマールも結構根性がついてきたんじゃないかな。
マールがこの修行を始めて今日で一週間。先輩の必死の指導と、マールの謎のセンスによって習得段階もラスト1段階まで来ていた。その段階までに到達して今日で三日目、彼女は中々その最後の壁を突破出来ないでいた。
集中するマールを鼓舞するため、先輩は彼女なりの褒め言葉でマールの心をくすぐった。
「いい調子だぞっ!」
「はあああ~」
折角のこの声援も虚しく、力を使い果たしたマールはその場にバタリと倒れ込んだ。しばらくは何も喋れずに荒い呼吸ばかりを繰り返している。そこでなおは自販機で買った魔力回復ドリンクを差し出した。
「……ありがと」
「頑張ったね」
彼女に励まされたマールはドリンクを一気に飲み干した。疲れた体にすうっとエネルギーが補充されていく。一息ついて起き上がったマールにスパルタ先輩が励ましの声をかけた。
「惜しかったな、後もうちょっとだぞ」
「にへへ……これで検定Dくらいにはなったかな」
やりきった顔でマールは先輩に尋ねる。この問いかけに先輩もまた体育会系な力強い笑みを浮かべた。
「おう、そのレベルは超えてるぞ」
「うっは、やった……」
過去の検定結果より今の実力が上がっていると認められたマールはにっこりと満足そうに笑う。ドリンクを飲んだとは言え、完全に力を出しく尽くした彼女はもうこれ以上の修行に耐えられる余力も残ってはいなかった。
その状態を素早く見抜いた先輩は、今日の修行の終了を宣言する。
「今日はこのくらいにしよう。なお、後の事は任せた」
「はい」
このやり取りの後、スパルタ先輩は一年生組から離れていく。もういい時間だし、そのまま帰るのだろう。先輩の姿が見えなくなって安心したのか、一度起き上がったマールはまたパタリと地面にその身を委ねる。そうしてそのまままぶたを閉じてしまったのだった。
「マールちゃん?」
「……」
「可愛い寝顔」
気持ち良さそうに寝ている彼女をなおは優しい眼差しで見つめる。そうしてその状態で10分ほど経過した頃だろうか。この時、滅多に人が通りかからないと言う事で修行場所に選んだ魔法用具小屋の裏手をクラスメイトがひょっこり通りがかった。
「あれ?なお、マール、何でこんなとこに?」
「あ、ミチカさん、部活お疲れ様です」
「ふたりとも帰宅部だったでしょ。まだ帰ってなかったの?」
「あ、はい。ちょっと色々あって」
「ふーん」
まさかここでミチカに会うと思っていなかったなおは緊張しながらそつなく会話をこなす。召喚魔法部の事は触れないように、それでいてごく自然に。
ごまかせる部分は最大限にごまかして何とかこの場を取り繕っていたものの、地面に横たわるクラスメイトをうまく気付かれないようにするのは流石に無理だった。
「で、何でマールは寝てるの?」
「ちょっと疲れちゃったみたいです」
「疲れるほど何をやってたの?」
ミチカの追求は続く。級友が地面にまるで意識を失ったかのように倒れ込んでいるのだから気になるのは当然だろう。その素直な疑問をなおはうまくかわさなければならない。不自然に思われないようにもっともな理由で納得してもらう。これは相当のトークスキルを要求された。現時点の彼女がそこまでの話術を持っている訳もなく、困りきった顔で途方に暮れてしまう。
答えを求めるミチカは真顔でなおの顔を見続けていた。完全に余裕を失ってしまったなおは苦し紛れに愛想笑いを浮かべると、最後の手段に訴える。
「秘密です」
「秘密って……」
「秘密です」
表情を崩さずに秘密と言い続ける事で逆に何らかの事情がある事を察したミチカは、彼女の圧に押し負ける形で自分の疑問を取り消した。
「う、うん、分かった。……マールは大丈夫なんだよね」
「はい、もう少し様子を見て起きないようだったら起こします」
「そっか」
その目から強い意志を感じたミチカはそれ以上の追求をあきらめ、踵を返すと体の向きを変える。それからもう一度体を捻ってなおの顔を見た。
「じゃ、私は先帰るけど……」
「はい、また明日」
「じゃーねー」
何とか力技で深く追求される事を逃れたなおは級友が見えなくなるまで目で追って、それからため息を軽く吐き出した。時間的に言ってもこのままずっとマールを寝かしておく訳にも行かないと、なおはマールの額に手をかざす。
そのまま覚醒魔法をかけようとしたタイミングで、彼女は自然に目を覚ました。
「むにゃ……」
「あ、もう平気?」
「うん。さっき誰かいたの?」
マールはどうやら完全に熟睡していたのではなく、軽い眠りに入っていただけだけのようだ。さっきなおとミチカが話していた内容もおぼろげながら耳に届いていたらしい。
当事者同士なのだから誤魔化す必要もないと言う事で、なおは素直に少し前のやり取りの説明をする。
「ミチカちゃんが偶然通りかかったんです。もう帰りましたけど」
「そっか、バレなかったかな?」
「うまく誤魔化しました」
「ありがと。じゃ、帰ろっか」
なおはちゃんと自分がトラブルを回避した事を少し自慢げに口にし、それを聞いたマールは色々と察してニッコリと笑った。
それから2人も学校を出る事にする。なおに渡されたドリンクが今頃効いてきてすっかり元気になったマールは意気揚々と校門を出た。隣を歩くなおはそんな彼女を頼もしく思う。
マールは元気になったついでに勢いよく右手を上げると、今の意気込みを力強く宣言した。
「明日中にはマスターするぞー」
「マールちゃんならきっと出来ますよ」
その元気いっぱいの宣言になおは太鼓判を押す。この言葉を聞いたマールは右手を強く握りしめて自身のやる気を表現すると、そのままじいっとなおの顔を覗き込んだ。
「でさ、なおちゃん、最終プロセスなんだけど、アレどうやってクリアしたの?」
「えっと、やったら出来たんです。まるで最初からやり方を知ってたみたいに……」
「うそお……やっぱ才能の差かなぁ」
なおの転移魔法習得エピソードを聞いたマールは自分の場合とに違いに分かりやすく落胆する。自分の発言が彼女を傷つけたと感じた彼女はすぐに自分の実力を過大評価しているマールに言い訳をした。
「私もそんなすごくはないですよ」
「いやいやいや、検定A様が才能ないなんて言っちゃ駄目だよ~」
いくら否定しようとなおの実力はすでに形になって公表されている。その状態でどんな事を言っても検定結果の方の印象でなおの実力は判断されていた。
この事で友達にまで壁を作られていると感じた彼女は淋しい気持ちを表情で表現すると、実験で見た自分の過去から自虐的にこの実力について聞こえないくらいの小声でつぶやく。
「……でもこの力って自分のものじゃ……」
「え?」
「いや、何でもないです」
「ふぅん」
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