第80話 美味しい料理 その2
マールの適当な感想はともかく、なおからの期待の言葉にゆんは顔を真赤にして照れまくる。そんなやり取りをじいっと眺めていたファルアは、この料理の工程について何かに気付いたのか、いきなり声を上げる。
「あっ!」
「何?ファルア」
「ゆん、料理の完成まで味見してないじゃない。大丈夫なの?」
「ううっ……。だ、大丈夫だよ!」
痛いところを突かれたゆんは思わず口ごもる。実際、魔法料理は基本的に両手が塞がるため、ひとりで調理する場合、味見はほとんど無理なのだ。
これが熟練になるとアクを取った時とかにスープ自体もすくい取って味見をしたり、料理の完成度を計る特殊魔法を自分にかけて、見ただけで料理の具合を判別したりも出来るようになるみたいだけど、まだまだ初心者の彼女にそんなプロの芸当は無理だった。
青ざめているゆんを見て、その手際の良さに感動していたマールはにっこり笑ってフォローする。
「まぁ百聞は一見にしかずだよ。それに見た目は美味しそうに出来てるし」
取り敢えず料理は完成したと言う事で、スープがみんなの前に配られる。見た目は普通に美味しそうだし、いい匂いもするし、どうやら料理自体失敗はしていないようだ。全員分のスープを注ぎ終わったゆんは、ここぞとばかりに営業スマイルを浮かべる。
「んじゃ、食べてみて」
「うーん、見た目と匂いは悪くない感じだね」
マールは完成したスープの感想をそうつぶやいた。同じお皿をじいっと眺めていたファルアは皮肉交じりに軽口を言う。
「最初に魔法料理を作るって事になった時は、てっきり魔女が作るような悪趣味なのが完成するのかと思ったけど」
「あのね……」
ゆんがその言葉にツッコミを入れていると、なおとしずるもゆんの料理の感想を口にした。
「美味しそうです!」
「うん、及第点かな」
全員の感想をまとめると、見た目はまともな料理の姿になっていると言ったところだろうか。食べる前だからそう言ってしまうのも当然な訳だけれど、前に魔法料理研究家の先生のところで出された魔法料理を知っているメンバーは無意識の内に比較してしまう。
前に食べたプロの魔法料理はひと目見ただけで魔法エネルギーが満ち溢れていて、普通の料理とは違うって感じがはっきり分かったので、何か物足りない感じをマール達が心の何処かで抱くのは仕方のない話だった。
見た目の判断は終わって、さあ実食と言うところで何か閃いたのかマールから突然質問が飛び出した。
「そう言えばさ、魔法料理なんだけど、この中でゆん以外で作れる人っている?」
何となく出たこの質問だけど、料理を魔法で作るって発想がなかったマールを始め、以前の社会見学時の残りのメンバーはみんなキョトンとしている。
ゆん以外は魔法料理に関しては素人なのかとマールが少し落胆していると、しずるがすっと手を上げる。この反応にマールは目を輝かせた。
「おお!さっすがしずる!ねぇ、しずるから見てゆんの料理はどう見えた?」
「私も簡単なのしか作れないけど……よくやっていたと思うよ。手順的に間違いもなかったし」
しずるから褒められたゆんは嬉しさと気恥ずかしさで頬を染める。
「と、当然でしょ!今時のアイドルは料理も作れなくちゃ!」
「見た目や盛り付けはともかく、一番大事なのは味だもんね」
舞い上がっているゆんを横目にファルアがチクリと釘を差した。それが少しカチンと来たのか彼女は少し強めに宣言する。
「じゃあ食べてみてよ!美味し過ぎてびっくりするよ!」
その言葉を合図にみんな一斉に食べ始めた。調理したゆんはその様子を緊張しながら見守る。
「いただきまーす!」
「ど、どう?」
みんなは黙々とスープを喉に流し込んでいた。すぐに味の感想の声が聞かれないのは、みんなこのスープの味をどう評価していいか悩んでいるからだろうか?
実食が始まってしばらくの間はカチャカチャとスプーンを動かす音だけが調理実習室に響いていた。そうして、料理の感想を求めるゆんのリクエストに最初に答えたのは1番にスープをすべて飲み干したマールだった。
彼女は微妙な顔をして少し言い辛そうに喋り始める。
「あのさ……」
「うん」
「普通。すっごく普通。魔法要素どこ?」
「え、ええ~……」
この評価にゆんはショックを受ける。あれだけ頑張って魔法の効果が感じられないだなんて……。このマールの感想を皮切りに他のメンバーからも次々と感想が寄せられるものの、そのどれもがゆんの期待していたものとは違っていた。
「私達は料理の手順を見ていたから魔法が使われたのは分かったけど、料理だけいきなり出されたらこれ全然気付かなかったよ」
「あ、あの……。まずくはないです、決して!」
ファルアの厳しい感想の後になおのフォローのようなフォローじゃないような感想が続く。その言葉を聞いたマールはすぐに言葉を続ける。
「そ、なおちゃんの言う通り普通なんだよ。美味しいかどうかと言えば美味しい。ただね……」
「先生のところで出されたあの魔法料理の味を知ってしまうとね」
ファルアもここでマールの言葉に同調する。つまり、先にプロの味を知っていた為、ハードルが変に上がってしまっていたのがこの感想を抱いた原因らしかった。辛辣な2人に攻められたゆんは、やり場のない気持ちをここで爆発させる。
「そ、そんなの私だって最初から分かってたもん!だから作りたくなかったんだよ……」
「でもどうして味が普通なんでしょう?あんなに魔法を使っていたのに……」
「実は私、まだ本格的な魔法料理って習ってないんだよ」
ここでゆんが自ら種明かしをする。その衝撃の事実を前にマールは目を丸くする。
「え?そうなの?じゃ、さっきの料理は?」
「魔法を使った時短料理ね」
この質問には自身も魔法料理の心得のあるしずるが答えた。ゆんもその通りと言わんばかりに何度も首を縦に振る。
「ご明察。これって魔法料理の基礎なんだ」
「魔法料理って時短から始まったんだ?」
「ほら、料理ってすごく手間がかかるのがあるじゃない。魔法料理ってあの手間を省く為に魔法を使ったのが始まりって言われてるんだ」
2人から魔法料理の始まりを聞いたマールは感心しながら納得する。
「なるほどね~」
「だから味は普通だったんだ」
説明を聞いたファルアも料理の味が普通だった理由が分かってうなずいた。
しかし研究のテーマとしてはただ時短の為の料理と言うだけでは物足りない。以前の先生のところで食べたような魔法料理についても研究もしたいとマールはそれについてゆんに質問する。
「じゃあさ、あの時先生が作ってくれたみたいなのは……」
「うん、私、まだそこまで習ってないんだ」
「そっかぁ。教えてもらうにはまだまだ時間がかかりそう?」
「かかるかも。先生の授業は週一だし、スケジュールを見ても後3ヶ月はずっと基礎だしね」
ゆんの話によれば、どうやら本格的な魔法料理の習得にはかなりの時間がかかるようだ。
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