第72話 いたずら妖精 その5

 街の景色は変わらないのに、動くものの姿が一切合切消えてしまったのだ。この状況についてマールがなおに耳打ちする。


「ねぇ、この感覚……」


「そうですね、これは……」


 こそこそ話をしている2人を見て、疑問に思ったゆんが彼女達に声をかける。


「何2人で意味深な会話をしてるの」


「これは前にコンロンの森で迷った時と同じ気配なんだよ」


 この質問にはマールが答えた。以前に聞いていた話とはまた状況が違うため、状況確認と言う事でゆんはもう一度彼女に質問する。


「でも別にここが妖精界って訳じゃないんでしょ」


「確かに周りは見慣れた街の景色だけど、何か違う気もする」


「それって、どう言う……?」


 マールの煮え切らないハッキリしない返事にゆんが戸惑っていると、突然この動く者のいない静かな世界に見慣れない小さな影が現れた。その影はみんなの前に姿を表したかと思うと、突然大声で威嚇する。


「オマエラ、どこから来た!」


「ええっ!妖精が喋ったァァァ!」


 そう、その妖精は喋った。能力のある誰かにではなく、みんなが理解出来る言葉で。

 その妖精は森で見た妖精よりは大きく、全長は1m程。腕白小僧と言った雰囲気で、大きい目とちらりと見える八重歯がが可愛らしい。後、顔の特徴はエルフ並の伸びた耳が目立つ。服装はオーバーオールで活発さをPRしていた。


4人の誰もが、この目の前に姿を表した妖精が今世間を騒がしているいたずら妖精だとひと目で理解する。

 その上でいきなり目的を達成してしまったと言うのもあって、この妖精相手にどういう態度を取ればいいのものか分からず、全員が困惑していた。

 そんな彼女達の態度を目にした妖精は何かが気に障ったらしく、また声を荒げる。


「オレサマを他のバカ妖精共と一緒にするんじゃねぇ!」


「あ、あなたが今街を賑わせている悪戯妖精?」


 ずっと口を利かないのもアレなので、マールは恐る恐る彼に声をかける。その言い方が悪かったのか、妖精の怒りは収まらない。


「イタズラなんかじゃねぇ!研究だ!その為に色々と借りているだけだ!」


「一体何をしようとしているんですか?」


 今度は怒らせないようにと口調の丁寧ななおが質問する。彼女の質問を気に入ったのか、彼は胸を張って得意げに自身の目的を説明する。


「ハンターに捕まった同族を助けるんだぜ!これはオレサマにしか出来ねぇ!」


 この言葉を聞いたファルアが感想を漏らした。


「それでハンターのいないこの街でやらかしていたんだ」


「オマエ鋭いな!その通りだ!本島だと下手したら刈られちまう!」


 妖精からこの街で活動していた理由を聞いてみんなはそれぞれ納得する。どうやら本島には妖精を狩るハンターが当の妖精が恐れる程に多くいるらしい。

 そんなハンターに反撃する為に、この外れの島に渡って何かをしていたと言うのがこの事件の真相のようだった。真実が分かった所で調子に乗ったファルアは更に言葉を続ける。


「で、その研究は完成したの?」


「オマエラには関係ないだろ!帰れ!」


 この言葉に妖精は激高する。どうやらこの作業に人間の手は借りないと決めているようだった。ただし、拒絶されて素直に引き下がる4人ではない訳で。

 中でも彼の言葉を聞いて一番感情を揺り動かされたマールが強い声で懇願する。


「ここまで聞いて帰れないよ!何か手伝わせて!」


「オマエ……周りから変人とか言われないか?」


「どう言う意味よ!」


 妖精にとって無関係な人間がここまで積極的に絡んでくると言う事自体が信じられないのだろう。彼の言葉を聞いたマールは当然のように気を悪くする。

 そんな彼女の反応を無視するように妖精は自分の誇りを口にした。


「妖精の事情に首を突っ込むな。オレタチの事はオレタチで何とかする!」


「私達、こう見えて魔法使いなんだから!きっと何かの役に立つよ!」


 望みをあっさりと断られたマールは、次に自分達がどれだけ使えるかを胸に手を当てて積極的ににPRする。その言葉を聞いたゆんは、ついいつものノリで彼女の言葉にツッコミを入れた。


「魔法使いなら住人みんなそうなんだけどね」


「ちょ、ゆん、話の腰を折らないでよ!」


 どれだけ断ってもどうしても引かない4人を前にして、妖精はこんな事は初めてだと言わんばかりに驚き、そうして腕を組んで何か考え始める。


「まぁ、このエリアに進んで入ってきたのはオマエラが初めてだからな。何か特別な役目を持っているのかも知れねぇ」


 この言葉を聞いて態度が軟化しているのを感じたマールは、目をキラキラと輝かせながら彼の言葉に同意した。


「だよだよ!」


「分かった、着いてきな!」


 こうして4人はついに妖精の説得に成功し、彼のアジトに同行する事になった。歩きながらマールはこの謎の世界について質問する。


「この世界ってどうなってるの?街の景色みたいだけど人はいないし」


「ここはちょうど境界線なんだよ。街であって街でなし、妖精界のようで妖精界でなし、ちょうど上手く重なっている部分だ」


「それって何か意味があるの?」


「妖精界から直接こっちの世界に来ようとしたら、思い通りの場所に出るのは難しいんだ。こう言うどちらでもない世界を経由する事で、狙った場所に出られるって寸法さ」


 妖精は今自分達のいる世界をそう説明する。簡単に言うと、彼にとってここは都合のいい世界だと言う事らしい。この説明に納得したファルアが口を開く。


「つまり、この街の景色は幻と。人もいないし建物にもさわれないし」


「ずっとこの世界にいたら感覚がおかしくなりそう」


 続いてゆんがこの異質な世界の感想を口にする。この謎空間についてはその説明で納得出来たものの、もっと大きな謎がまだ解明されていない。

 次はこの話題だとマールがボソリとつぶやいた。


「何で私達その世界に入り込めたんだろ……」


「オマエラの中に契約者がいるじゃないか。一度妖精と契約するとその一族の血が続く限り契約は生き続けるんだぞ。まさか知らなかったのか?」


「それって……まさかマール?」


 勘のいいファルアがすぐのその契約者を探り出した。コンロンの森でマールが妖精界に迷い込んだのも、きっとそれが理由だったのだろう。彼女に名指しされたマールは、まんざらでもない表情を浮かべて頭を掻いた。


「えへへ。知らなかったよ」


「マールの一族なら有り得るなあ」


 マールの一族はこの島でもかなりの実力者であり、その歴史は島に魔法使いが生まれた頃にまで遡る。何でもご先祖様は、始まりの魔法使いと言う異名があったとかなかったとか。

 実はマールってそんな伝説の一族の末裔なんだよね。今のところその才能は特に開花していないみたいだけど。

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