第32話 空から降るもの その4

 そうでなくても転校生と言う事で注目される要素が高かったのに、容姿を含む彼女のポテンシャルのせいでクラス全員がなおと仲良くなりたがってしまったのだ。


 彼女の様子をずっと観察していたファルアが口を開く。


「彼女、文武両道だから秀才グループとスポーツグループにも声かけられてるんだよね。若干迷惑そうにしているような感じもするけど」


「私もちょっと観察してたけど、ちゃんとなおちゃん自身を見ている子って少ない気はするね」


 ファルアの言葉の後にゆんも続く。2人共よくなおの事を観察していた。この2人の言葉を受けてマールが今後の方針を思いつく。


「あ、そこが狙い目かも。私達はちゃんとなおちゃんの事を見ているってアピールすれば……」


「よし!それで行こう!」


 マールの作戦に2人もすぐに同意した。それからは事あるごとになおの事を考えた対応をする。自分達の要求みたいなものは一切口に出さずに、同じ目線でクラスメイト同士対等な立場を崩さずに気を使いながら、それでも積極的になおとコミュニケーションを取ろうと奔走する。

 タイミングが合えば何かと話しかけるし、困っていたら手を差し伸べる。淋しそうにしていたら声をかける。なおを気にかける生徒は多かったけどみんな彼女を利用したい人ばかりで、マール達程まで積極的に彼女と関わろうとする生徒は他にはいなかった。

 やがてその事を気にし始めたなおの方からマールに声をかけて来た。


「あの、何でそんなに私に関わろうとするんですか?」


 この質問を待っていたマールは高まる高揚感を押さえながらニッコリと笑顔を浮かべて答える。


「それはさ、なおちゃんと友達になりたいからだよ!」


 この答えが想定外だったようで、彼女はびっくりした顔になって言葉を漏らした。


「私と?」


「そう!」


 聞き返されたマールは念を押すようになおにそう返す。これでようやくマールの真意を飲み込んだなおは、すぐに表情を曇らせて自虐的に答えた。


「私なんかと友達になっても……」


「そこは考えなくていいよ!私達が友達になりたいんだから」


「えぇと……」


 マールに自信たっぷりにそう返されて、なおは次に告げる言葉を見失ってしまう。沈黙する彼女を前にマールは畳み掛けるように言葉を続ける。


「でね!次の休みの日なんだけど一緒に遊びに行かない?メンバーはこの3人となおちゃんで」


「えっ?」


 そう、この時もマールは3人で行動していた。マールに紹介されてゆんとファルアが次々になおに語りかける。


「なおちゃんってこの島の事も全然知らないでしょう?学校の案内はもう終わったと思うけど、今度は私達がこの島を案内してあげる」


「この島はいいところなんだよ~。多分気に入ると思うんだ」


 このファルアのちょっと自信なさげな言い方にマールが突っ込みを入れる。


「そこは絶対って言わなくちゃ」


「えー、この世に絶対はないって昔おじいちゃんが言ってたよ」


 マールの突っ込みにすぐにファルアが反撃する。その様子を見たなおは思わず笑っていた。


「あはは」


 これで場の雰囲気がいい感じになったと判断したマールは改めてなおを遊びに誘う。


「ねぇ、ダメかな?もし気分が乗らなかったら断っていいから」


「あの、本当に私でいいんですか?」


 なおはなおで念を押すようにマールに確認を取る。これを了承の合図と受け取ったマールは満面の笑みを浮かべて答えた。


「いいよいいいよ!いいに決まってるよ!良かった。これで決定だね!」


「楽しい休日にしようね」


 その日の夜、楽しそうに報告するマールを見て僕は後ろ足で顔を掻きながら口を開いた。


「へぇ、彼女、誘いに乗ってくれたんだ。良かったじゃん」


「だからさ、明日は彼女にいい思い出を作ってあげないとね」


 そう、この日は金曜日、明日がその休日なんだ。前日に遊ぶ約束をするなんて流石マールだよね。何が流石かよく分かんないけど。折角約束したんだからちゃんと楽しめるようにしっかり計画は立てられたんだろうか?途中で眠ちゃった僕はその計画がその後でどうなったか知らない。だから聞いてみた。


「そっちのプランは大丈夫なの?」


「島の観光プラン?まっかしといてよ!こんな小さな島も把握出来なようじゃ島っ子の名折れだよ!」


「ふーん、頑張ってね」


 その口ぶりから見てどうやら心配するほどの事もなさそうだった。何だ、マールもやる時はやるんだ。僕はちょっとだけ彼女を見直していた。いつもこうだったらいいんだけど……まぁ高望みはしない方がいいよね。


 そうしてその日は終わり、次の日の、みんなと遊ぶ朝がやって来た。朝日の挨拶に僕はゆっくりとまぶたを開けて背伸びをする。


「ふぁ~あ、今日もいい天気だにゃあ……」


 いつもの休みならぐっすりと寝坊を決め込むマールだけど、今日は同じように過ごす訳にはいかない。大事な日だからね。そこで僕はすぐにベッドで丸くなっている彼女の確認をする。


「マール、ちゃんと起きてる?今日は寝坊しちゃダメだよ」


「モーニングコールありがと……。大丈夫、ちゃんと起きてるよ」


 おお、珍しい。休日の朝から用事のある時に起きている事は今までにもあったけど、お礼を言われたのは初めてだ。よっぽど気分が落ち着いているんだなあ。これなら今日は二度寝する事はなさそうだ。たまに早く起き過ぎて二度寝して大変な事になるからなぁ。感心感心。

 程なくして起き上がったマールは早速今日の予定のために身だしなみを整えると、出かける服を選び始めた。


「えーと、今日はどんな服にしようかなぁ……」


「恋人とデートする訳じゃないんだからそんなに悩まなくても……」


 僕が思わずそう口にするくらい、今日のマールは何を着て出かけるかその服の選定に時間をかけていた。何着かの服を選ぶまではすぐだったけど、そこから先が長い、長過ぎる。うーんうーんと唸り始めて時間はどんどん過ぎ去っていった。急かす僕に対して彼女はその理由を口にする。


「でも、初めての休日に会うなおちゃんに悪いイメージを植え付けたくないんだよね」


「素のままのマールでいいじゃない。最初にあんまり作っちゃうと後が大変だよ」


 自分を着飾るのもいいけど、あんまり作っちゃうと今後もそのイメージが付いて回る。友達なんだからそんな肩の凝った事をするのは違うんじゃないかと僕は力説した。そこまで言ってやっとマールは気付いたようだった。ふう、世話が焼けるなあ。


「あー、それもそうか。いつもの私でいいよね」


「そうだよ、それにもう時間がなくなっちゃうよ。待ち合わせの時間は何時?」


 僕に言われてやっと時間の概念に気付いたのか、マールは部屋の置き時計で時間を確認する。


「えーとね……、ああ――っ!やばいっ!」


「全く、寝坊しなかったのにこれだから……」


 そこから先はてんてこ舞いだった。急いで服を選んで着替えて持ち物のチェックをして必要なものを詰め込んでご飯を食べてそうして出かけていった。

 僕もその都度声をかけたし、忘れ物は多分ないはずだけど、これで何か忘れていたら本当に大変な事になるだろうな。こうなる事が分かっていたなら前日に全ての準備を済ませて寝る様に声をかけたんだけど……。

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